20年後の約束

瑞多美音

20年後の約束


 4年に1度といえばオリンピックだ。忘れがちなうるう年もオリンピックと同じ年だと思えば忘れない……結婚など4年に1度の日を記念日に選ぶ人も多いだろう。


 僕はそんな日が嫌いだった。母さんが僕を生んで死んだ日など……

 


ー8歳ー


 友だちにからかわれた。お前まだ2歳なんだなって……友だちは母さんが僕の誕生日に死んだことを知らない。悪気はない。ただ、からかっただけだろう。


 近所の神社で母さんがいない寂しさと母さんの命日が4年に1度しかないことが不公平だそんな思いを抱え日が暮れるまで膝を抱えていた。この神社はほとんど人が来ないから隠れて泣くにはちょうどいい。


 「ねえ、あなた……かなしいの?」


 顔を上げると同い年くらいの少女がいた。格好は少し変だけど、それが気にならないくらいきれいで不思議な子だった。


 「そうだっ!母さんの命日が四年に一度だなんてあんまりだろ!」

 「そう……今日はあなたのお母さんの命日なの」

 「ああ……僕を生んだせいで死んだんだって」

 「あなたが4年に1度、ここにきて私と遊んでくれるならあなたのお母さんに1度だけ会わせてあげる」

 「ほんとに?」

 「ええ……そうね20年後に」

 「そんなっ」


 少女は悲しそうに笑った。


 「だって、あなた今日あったらもう遊びに来てくれないでしょう?」


 確かにそうかもしれない。

 

 「わかった……そのかわり絶対に母さんに会わせてくれよな!」

 「ええ」

 「僕は龍彦。君は?」

 「わたしは……さよ。そうだ龍彦……お誕生日おめでとう」

 「……ありがと」


 その日は約束だけで暗い中、家に帰ると父さんに叱られた。だけどいくら聞かれてもあの約束のことは言わなかった。



ー12歳ー


 4年前、誕生日をからかった友達は次の日母さんのことを知り慌てて謝ってきた。相当両親に怒られたそうだ。そんな敦も今では親友だ。


 「な、なぁ……今日うち来るか?」


 敦は毎年、僕の誕生日……といっても2月28日だけど。必ず家に誘う。きっとこれでも気を使ってくれているんだろう。

 うるう年以外は2月28日に誕生日を祝って、3月1日に母さんの法事。家族がそうしてくれているのだ。


 今日は本当の僕の誕生日で母さんの命日だ。そして、あの守られるかわからない約束の日。


 「ごめん……今日はやめとく」

 「そうか。じゃ、また明日」

 「うん」


 夕方……神社へ向かう。


 「たしか前はこの辺で……」

 「ちゃんと来てくれたんだね?」


 振り向くと僕と同い年くらいの女の子が笑っていた。


 「えっと……さよちゃん?」

 「そうよ。久しぶり」


 相変わらずぶかぶかな花柄ワンピースという変な格好だ。


 「元気だった?」

 「うん、さよちゃんは?」

 「……元気、かな?」


 4年間にあったことをたくさん話した。さよちゃんは嬉しそうに聞いてくれるからペラペラと余計なことまで話してしまった気がする。あっという間に時間が過ぎて……


 「あ、もう帰らなきゃ」

 「そう」

 「うん、家族が心配するから」

 「みんな元気?」

 「うん。父さんも兄ちゃんも姉ちゃんもじーちゃんばーちゃんもみんな元気だよ」

 「そっか。よかった」


 さよちゃんはなぜかホッとしたような少し寂しそうな顔をしていた。


 「ん?」

 「ううん、なんでもないよ。龍彦、誕生日おめでとう」

 「ありがとう。じゃ、行くね?」

 「うん……また来てね?待ってるから」

 「わかってる。4年後に」



ー16歳ー


 「ごめんっ!部活で遅くなった」

 「久しぶり……もう忘れられちゃったかと思った」


 綺麗な花柄のワンピースを見にまとったさよちゃん。


 「大きくなったね」

 「そうかな?さよちゃんも大きくなった」

 「うん、ワンピースもピッタリよ?……そうだっ、部活って何してるの?」

 「サッカー……今でも走り込みがきつくて吐きそう」

 「ふふ、そうなんだ?」

 「うん……父さんはドロドロのユニフォームにうんざりしてる」

 「へぇ……」


 そうだ……


 「ねぇ、本当に母さんに会わせてくれるわけ?それともあれは……」


 もし、あれが慰めるためなら……別に4年に1度じゃなくてたまには会ったっていいんじゃないかって思ったんだ。


 「安心して。ちゃんと会わせてあげる」

 「そう、か……」

 「今日、誕生日だよね?おめでとう」

 「覚えててくれたんだ。ありがとう」

 「うん」


 部活のこと勉強のこと家族のことを話しているとすっかり暗くなってしまった。


 「もう暗いし、送って行くよ」

 「……ありがとう。でも大丈夫」

 「でも……」

 「ふふ、安心して。すぐに迎えが来るから」 

 「そっか……じゃあまた4年後に」

 「ええ、忘れないでね」

 


ー20歳ー


 敦に成人し、ようやく飲めるようになった酒を飲まされたせいで鈍くなった頭で神社へ向かう。


 「はぁ……敦め。明日は覚えてろよ」


 あれ、まだ来てないのかな……流石に約束なんて忘れられたかな……

 うつらうつらして、ふと目がさめると花柄のワンピースが目に入った。


 「さよちゃん……」

 「うん」 

 「もう来ないかと思った」

 「遅くなってごめんね。でも、もう時間なの……」

 「ごめんっ。僕が寝たから……」

 「ううん、顔だけでも見れてよかった。みんな元気なんだよね?」

 「うん」

 「じゃあ、またね。誕生日おめでとう」

 

 何も話してないと引き止めようと顔を上げたが……


 「あれ、もう行っちゃたのか……」


 はぁ、悪いことしたな……次は早く来よう。

 



ー24歳ー


 今日は休みだ。昼過ぎから約束の神社へ向かう。


 「なんか、変な縁だよなぁ。かれこれ何年だ?」

 「ふふ、そうだね」

 「え……さよちゃん」

 「久しぶり、龍彦」


 さよちゃんを見た瞬間、あの時なんでさよちゃんが20年後だって言ったのかわかった。でもこれはまだ口には出せないな。


 「今度姉さんが、結婚するんだ」

 「そっか、おめでとう」

 「相手の人もすごくいい人なんだ」

 「うん」

 「兄さんはまだそんな人がいないみたいだけど……」

 「そう。龍彦はどうなの?」

 「この前、振られた……」

 「そ、そうなんだ」


 日時が変わる寸前まで話せなかったことをたくさん話した。きっと次が最後になるから。


 「次が最後だね……」

 「うん……そうだね」

 「次はお母さんに会わせてあげるね」

 「そのことだけど……」

 「ん?」

 「いや……なんでもない」

 「龍彦、誕生日おめでとう」

 「ありがとう」



ー28歳ー


 ……どうかまだいてくれっ!暗い夜道を走り続けた。


 「はぁっ、はぁっ……遅くなってごめん……母さん」


 会うたびに僕と同じように歳をとっていった小夜ちゃんは今年で母さんが死んだ歳と同じ年齢だ。そして母さんの写真と全く同じ姿だ。


 「ねえ、龍彦……ほんとは4年前にわたしが誰かわかってたんでしょう?」

 「うん……写真より少し若いだけだったから。でもそれを言ったらもう会えないかと思って……」

 「そっか……あなたの成長を見守ってこれて嬉しいわ。でもね、さすがにこれ以上はダメみたい」

 「そう、なんだ」


 母さんは僕にとって母さんで小夜子って名前があったことを忘れていた。ずっとさよちゃんて呼んでたっていうのに……


 「僕さ、もうすぐ父親になるんだ」

 「そうなの。おめでとう」

 「うん、母さんもおばあちゃんだよ」

 「そっか……」

 「母さん……僕を生んでくれてありがとう」

 「うん」

 「大好きよ、龍彦。誕生日おめでとう……幸せにね」

 「母さんっ……」


 母さんの姿がだんだんと薄くなり……ついには消え去ってしまった。

 4年後にまたここにきたとしても、もう母さんには会えないのだろう……たった6回しか会えなかったし、このことを誰に言っても信じてくれないと思う。でも、この奇跡の日を僕は一生忘れないだろう。母さんからの誕生日プレゼントの日々を……

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20年後の約束 瑞多美音 @mizuta_mion

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