4:「モンスターとの遭遇」

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~吟遊詩人は語る~





 冒険者の街『エアリス』。


 王国『ヴァルターオルデン』の首都『アーデル』の近郊に位置する、モンスター狩りが活発な街である。


 エアリスから馬車で二日ほど行った場所にあるオーガの大森林を挟んで向こうには、商業街『ラッセル』が変わらないにぎわいを見せている。


 この二つの街は、たがいに需要と供給の関係を果たしている。


 というのは、商人が冒険者たちから買い取った物品をラッセルにて加工し、売却する事で成り立っているからだ。


 だが、その二つの街を隔てるオーガの大森林には多くのモンスターが生息しており、そこにおもむき生還した冒険者はごくわずかともいわれている。


 よって、商人たちは皆その場所を大きく迂回をするように馬車を走らせ、財産を築くのだ。





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「……ふぅ。気合いを入れ直してっと」



 街を出てしばらく。

 俺はまだ、一度もモンスターを目にしていない。

 ただ歩いているだけだが、少しだけぼうっとしてしまった気がする。

 ので、一度立ち止まって気合いを入れ直したというわけだ。



「でも、街の周りはモンスターが出ずらいんだっけ?」



 たしかそう、街にいた吟遊詩人がいっていた。

 なんでも、街の側にいるようなモンスターは弱く、通りすがった冒険者たちにすぐ狩られてしまうんだとか。



「どうしようかな。あんまり街から離れると、大森林から出てきたモンスターにあうかもしれないし」



 うーん。

 一度立ち止まり、辺りを見渡す。


 前方、左右には見わたしのいい草原が。

 遥か後方には、エアリスの街を代表する大きな門が綺麗なアーチを描いている。


 モンスターの姿は、まったく見当たらない。



「さすがに、もうすこし遠くまで行くか」



 俺はさらに街から離れることにした。

 モンスターが現れても、かなりの広範囲が見渡せる草原だ。

 大丈夫、なんとかなるさ。



「……少し走るか」



 実をいうと、俺はすこし緊張していた。

 いくら父さんと稽古けいこをしてみがいてきた剣の腕とはいえ、冒険職は呪術師だ。

 剣を振る事に特化していない冒険職の攻撃が、果たしてどれほど通用するのか。


 他の誰も、呪術師が武器を持って戦う事を不可能だとはいっていなかった。

 あまり戦う事が無いってだけだ。

 以外になんとかなるかもしれない。


 だけど、俺はそれと同じくらい、なんとかならなかったの時に不安を抱えていた。



「たぶん、いけるはずだ」



 確信はない。

 だけど父さんは、俺にこうすることの可能性を示した。

 あるいは諦めてほしかっただけかもしれない。


 けれど、こうしてチャンスはつかめた。

 無駄にはできない。






 それから、もうしばらくして。

 俺はようやくモンスターを見つけた。



 そして絶望した。



「ワゥゥオオオオオォォォォォンッ!!!!!」



 鈍く光沢を放つ銀色の体毛をまとい、唸る巨大な狼。

 その体躯は、俺を見下ろす姿勢でありながら無視するように、あらぬ方向を向きながら牙を抜き出しにしていた。



「死ぬ……のか?」



 俺の周りは、モンスターの四肢がしっかりと地面を踏みしめる形になっており、いうなれば――そうだな。

 天然の監獄のようになっていた。


 ごつごつと。

 無骨にも、しかししなやかに身体の動きを補助するモンスターの筋肉は、それなりの重さを誇っている。

 地面に埋まっている爪は、鋭く地面にぶッ刺さり、その威力を示していた。


 そして、俺の目線の先にある一番の問題であるモンスターの武器。



「なんでこんな危ないものが身体に生えてるんだよ」



 そう口に出して突っ込むのも無理のない牙は、口の中におさまる事を知らずに大きくはみ出ている。

 一度かまれたとしたら、恐らく視認するまもなく身体は真っ二つだろう。


 それでも俺に目を向けないモンスター。

 その隙を縫い、俺は一か八かモンスターの腹の下から離脱する。



「俺を見ないで、誰を見てるってんだよ?」



 周りには人はいない。

 いたとすれば、その気配、姿で即座にわかるだろう。


 しかし、モンスターの視線は相変わらず謎の方向にくぎづけとなっている。


 じゃあモンスターはなにを?



「いいや、無理やりにでもこっちを見てもらうぞ!」



 考えるより身体を動かし、ぱっと意識した次の動作へと運ばせる。

 俺は落とした剣をひろい、最大限の注意を払いつつ走り出す。



「はあああぁぁっ!」



 背後から、勢いを付けて足に剣を叩きこむ。

 並みのモンスターなら、確実に身動きが取れなくなってしまうだろう一撃だ。

 足は綺麗な断面を見せて切断され、見事に目の前の巨大は崩れ落ちる……はずだった。



「ぐあっ!?」



 またか……。

 俺は剣を伝いかえってきた感触で察しつつ、やはり後ろに吹っ飛んだ。



「ガルウウウゥゥッ!!」



 それによりモンスターは俺に威嚇をする。

 態勢を変え、こちらを見て。


 とはいっても、今の攻撃で俺は理解してしまった。



「俺の攻撃は通じないらしいな」



 一度ならず、二度も俺の攻撃は弾かれた。

 肉質はかなり硬質に思えたが、俺の剣できれないレベルだとは考えにくい。


 剣を支えにして俺は立ち上がる。

 そして、モンスターの爛々と光り輝く血に飢えた赤い両眼を、キッとにらみ返す。


 だがそれでも、純粋な恐怖は俺の心の主導権を握りに来る。

 目の前の存在こそがモンスターであり、脅威なのだと。

 そう知らしめるように。



「馬鹿かよ俺。三度目の正直がありうるかもしれないだろっ!」



 地を蹴り、俺は駆けだす。

 そこでふと思う。


 ――勇敢か、無謀か。


 その違いはなんだろうか。


 俺はそれを、地力の差だと思っている。

 どれだけ正義感が強かろうと、モンスターに一撃でやられてしまっては意味が無いのだ。

 逆に、どれだけ実力があろうと、心が貧弱ならば負けてしまうこともあるだろう。


 つまりだ。

 俺は、無謀でありながら勝利にすがっている。


 わかってる。

 理解はしてるけど……でも!



「才能が無い……それだけの理由で、夢を諦められるかよおおぉッ!!」



 俺は雄叫びを上げ、歯を食いしばる。

 狙いは首。

 首の周りを逆立つ毛がくるりと一周しているため、狙いはつけやすい。


 しかし、もう相手も無抵抗とはいかない。



「ワゥゥオオオオオォォォォォンンッ!!!!!」



 モンスターも咆哮を上げ、俺に迫る。

 耳朶じだを揺らすその咆哮に、足がすくみかける。



「あ……、くそ……ッ!」



 いや、すくんでしまった。

 俺は、目の前の恐怖に打ち負けた。



「フウウゥゥゥゥッ……」



 モンスターは、荒くにおう鼻息を地面に吹きつけ、急に立ち止った俺を見下ろす。


 この距離だ。

 鋭利な爪を軽く振るえば、俺はすぐに八つ裂きになるだろう。

 間違いなく死ねる。

 死ねるが、死にたくない。



「こうなったら、仕方が無いか」



 なるべくなら使いたくなかった手段だが、使わざるを得ないだろう。

 呪術師という冒険職の持つ本来の役割。

 呪いを。



「呪われやがれ、狼やろうッ――!!」



 言うと、俺の指の一つ一つを黒い光が包みこむ。

 俺はその手でモンスターの足に触れ、呟く。


 ――身動きを封じろ、と。

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