コロナウイルスとオレの就職口

@nanashi_0715

第1話

今、世間の話題をかっさらっている生命体。いや生命かどうかは疑わしいものがいる。


コロナウイルス。


この冬、中国の武漢を感染源として始まったウイルスは、まもなく地球全土に広がっていった。

集団感染が確認されたクルーズ船では死者も数名出ており、問題の武漢では既に数千人の死者が出ているそうだ。

そして我が国日本もとうとう東京にウイルスが上陸し、最早何処にいても安全な場所は無い。

京都の観光地はがら空き。各地のイベントは中止。ドラッグストア、スーパー、コンビニなどにあるマスクは入荷するや否や店頭から消えた。


まあ、オレみたいな家から出ないニートが最強という状況になっているわけだ。


オレはT田T男、22歳。

同期は既に就職が決まってこの春働き始める年だが、オレは就職口難民と化し就職浪人になりそうな危うい状況にいた。


まあ、就職しようと頑張っている内はニートじゃないかもしれない。だけどもうオレはニートさ。

就職なんて諦めた。


就職なんて諦めて、今需要が急に上がっているマスクの転売で稼ぐことに決めた。


いやそれは冗談だが、しかしそれで荒稼ぎした奴が中国にいるってニュースを見た時はやってみようかなと思ったのは内心の自由......。


クソ、就職を諦めた今このままではオレは実家寄生のニートになってしまう。


やっぱり就職を諦めるのは......と思うも放心状態で自宅警備中。


何のやる気も起きないまま、オレは自宅のテレビを点ける。


『相模湾市は24日、22日に新型コロナウイルスの感染確認を発表した市内の家族4人の内、父親の50代男性はJR東日本の社員と発表...』


ニュースの話題もコロナウイルスで持ちきりのようだ。


JR東日本の社員?

接客業務はしていないらしいが、接客業務担当に伝染ることも充分有り得る。

そうなればもうやばい。

駅だろ。

網の目状に感染が拡大して行きやがる。


不謹慎だが、このままコロナウイルスが猛威を振るい、オレが就職しなくても良くならないだろうか。


マジて今の情勢に頼っている、オレは。

コロナウイルスは大したことないとか勘繰ってた著名人もいたけど、結局収束する気配を見せないしな。

コロナウイルス頼みなんだよオレの人生。


オレはポテトチップスの袋を広げて床に置くと、缶ビールを開け、薬局から貰った薬を流し込む。


外はコロナウイルスの脅威だけじゃねえ。花粉まで舞ってやがる。さらに中国からは、黄砂も飛来するらしい。


このまま終わってくれねえかな、日本。


花粉で鼻水が出る。ティッシュで鼻を噛む。

目の痒みが厄介な為オレは目薬をテーブルから取ってきて差す。

そしてポテチを齧る。


はあ〜......どうするかな、オレ。


缶ビールの快楽に浸っていると、インターホンが鳴った。


ああ、妹か。今日は昼くらいに帰ってくるって言ってたな。


応答して扉を開けると、制服姿の妹がいた。


「ただいま」


「おかえり」


この世で最も基本的な受け答えをし、妹はそのまま洗面所に行った。


妹は高校1年。頭が良く運動神経も良く、加えて兄が贔屓目で見なくてもめちゃくちゃ可愛い。パーフェクトガールだった。

そして高校生になった彼女は今、凄く幸せそうである。

どうやら実に楽しい高校生活を送っているらしい。

でも彼氏だけはいないみたいだが。

彼女のステータスだけを見れば考えられないくらいだ。

裏で数多くの男を振っていそうだ。

そんなわけで彼女は今、輝いている。

人生が輝いている。


一方、オレ。


ネットサーフィンと調べ物が趣味であることが功を奏しているものの、怠惰でもあるオレの成績は可もなく不可もなく。

運動能力は平均以下。身体能力テストでいくつかの科目が平均に達していて後は平均未満というような感じだ。

そして現在、同期がとっくに決めている就職先を未だに決めていない就職浪人直行コース。

花粉と就活をしたくない気怠さに苛まれながら、陰気なオーラを周りに放ち毎日を自宅で過ごしている。


なんだこの差は......


実に楽しい高校生活を送る彼女の人生の輝かしさ、就職浪人の俺の人生の陰鬱さ。


あー......エスポワールとか来ねえかな。


オレは溜息を吐いた。妹が洗面所から自分の部屋に入っていくのが見えた。


「お兄ちゃん」


「何?」


妹から声を掛けられたので、返事をする。


「大丈夫?就職......」


「あ、ああ!え、えーとね......それはね.......うーん、......上手くやってるよ!」


あまりにピンポイントにオレの惨状を突いてきたので、オレはたじろぎつつ結局誤魔化してしまった。


妹は前述のような対比があるにも関わらず、兄思いだった。

もしかして彼氏を作らないのも......流石にそれは邪推が過ぎるな。

冗談はさておき、待っていてもコロナウイルスの脅威は広がるだろうが、オレが就職しなくてもいいようには......あるいは就職できるようにはならない。


現実的な道はただ一つ......今からでも就職口を探すことだ。


しかし、ダルい。ダルすぎる。


明日から......


いや、その思考は破滅への誘い。

無限に続く螺旋階段を降下するに等しい。

降り切った先には終末が待っている。


幸い、今も尚募集をしているところは存在する。

オレはスマホを操作し仕事と企業情報を開く。


ふむ......とりあえず就職が出来れば親も妹も安心させられるってことだ。


オレは説明会の申し込みボタンを押した。

途端に脱力感に襲われる。


「はー......これから説明会とESと面接だよなー......」


思わず声に出る。

勿論すぐ行くわけじゃないが、近いうちに案内が来るであろうことも確かだ。


オレはここのところ家に篭りすぎていたのもあって、冷風に当たろうと外に出ることに決めた。

それとお菓子と飲み物を買いに行く。

不要不急の外出かもしれないが、これくらいないとやってられない。


妹はリビングで勉強道具を広げ、イヤホンを耳に嵌めようとしているところだった。

耳にイヤホンが完全に嵌まる前にオレは声をかける。


「ちょっとお菓子と飲み物買いに行ってくるから」


「あ、行ってらっしゃいー」


妹の声を背にオレは玄関から出た。外へと。

あー.......何だか外気が懐かしく感じる。やばいな、もうちょっと外出てもいいな。


歩いて5分以内のスーパーに向かう。コンビニよりもスーパーが近くにある。


コロナウイルスは今後どうなるのか。

オレの就職口は。


1ヶ月くらいの短い旅が今始まる。

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