四年に一度の日に起こすこと

橘花やよい

四年に一度の日に起こすこと

 彼女はいかにも退屈そうに頬杖をついて僕を見つめた。


「閏年というものが一体なんなのか、ご存知ですか」

「二月が一日増える年でしょう。本当迷惑だわ」

「迷惑?」


 ええ、と彼女は眉をひそめた。


「二月っていつもは二八日まででしょう。他の月は三〇日とかまであるけど、二月は短いじゃない。そのせいで会社の公休日数も、二月だけは少なめなのよね」


 なのに、今年は二九日まである。


「例年より一日多いくせに、なぜか公休日数はいつもと変わらないのよ。分かる? うち、土日休みだから今年は九日間休みになると思っていたら、八日しか休みがなかったのよ。前年まではたしかに土日は八日間だったし、それでもよかったかもしれないけど、今年は閏年で一日多いわけよ。みて、カレンダー。土日、九日、あるじゃない?」


 彼女はスマホのカレンダーアプリを開いて、僕の目の前につきつけた。


「ほら、土日が九日。なのに私の休みは八日。よって土曜に一回出勤する羽目になったわけよ。なんで? 馬鹿なの?」

「それを僕に言われても」


 彼女は僕を睨み付けたが、彼女の会社事情を言われたところで僕にはどうしようもない。


「もう、ほんと信じられない」


 彼女は雑にグラスを握ると、リンゴジュースを一気飲みした。店に入ってきたときは寒いと不機嫌そうにしていたくせに、注文するのは冷たいリンゴジュース。彼女は年中リンゴジュースを飲む。

 そんな彼女を眺めていた僕だが、話がずれてしまったことに気づいて、こほんと咳払いをした。


「それで、その閏年ですが。どうして閏年が存在するのかご存知ですか」

「知らないわよ、興味ないし」


 先程まで会社への暴言を吐いていた熱は冷たいリンゴジュースにより冷めたのか、彼女はまた平坦な調子で答えた。


「現在ほとんどの国で一年を三六五日とする太陽暦が採用されています。太陽暦は太陽の動きに基づいた暦です。地球が太陽の周りを一周するのにかかるのがほぼ三六五日、つまり一年というわけですね」

「ほぼ?」

「ええ、実際には一年ごとに六時間ほど時間が不足しています。この六時間が積もり積もっていくと、暦にズレが生じてしまうでしょう」

「そうねー」


 彼女は自身の髪をくるくると指に巻き付けた。


「一年ごとに六時間。これが四年続くとズレは何時間になるでしょうか」

「六時間が四年だから、二四時間」

「そうです。二四時間、つまり一日ぶんの誤差が四年の間に生じるのです。だからここで必要となるのが閏年なんですね。四年に一度、一日増やす。そうすると、このズレた二四時間が修正されて、暦と季節がズレずに済むのです」

「はー、よくできてるのね」


 テーブルに置かれた焼き菓子を一口で頬張った彼女は片手でスマホをいじる。


「つまりですね、今日、閏年の二月二九日はズレを修正する日なのですよ」

「そうなんだー」

「はい。いかがですか」

「いかがって――、何がよ。脈絡なさすぎ」


 彼女は訝しげな視線をよこした。


「いえ、ですから、その、今日という日はズレを修正する日でしてね」

「さっきも聞いた。だから何?」

「だからですね、えっと、その――」


 睨みつけられて、僕はたじろいだ。

 しかし、ここまできたら腹をくくるしかない。


「僕たちのズレも、今日ならば修正できるのではないかと、その、思った次第なわけで」

「はっきり言いなさいよ」

「ですから――、僕と仲直りしてください! 先日はすみませんでした!」


 彼女は深い溜息をついた。


「その一言を言うためだけに、私はあんたのつまらない話を聞かされたわけ?」

「すみません」

「最初からそう言いなさいよね。ちゃんと反省したの?」

「はい」

「もう『研究書が恋人のようなものですので』とかなんとか、変なこと言わない?」

「言いません」

「研究ばっかりじゃなくて、私にも構ってくれる?」

「もちろんです」

「ちゃんと研究書じゃなくて、私を恋人って言いなさいよ」

「はい、必ず」

「私を家に呼ぶときはリンゴジュースを用意しておくこと」


 頷くと、彼女は一つ溜息をついてから、ニッと笑った。


「まあ、今回だけ許してあげるわよ。四年に一度とかいう閏年に免じて」


 そうと決まったらショッピングデートするわよ、と彼女は颯爽と店を出ていく。


「ちょっと、待ってくださいよ」

「ほらほら早く!」


 僕は彼女の後ろ姿を慌てて追いかけた。

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四年に一度の日に起こすこと 橘花やよい @yayoi326

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