四年に一度の日がいないぞ! どこいった!

海原くらら

2020年2月28日 23時頃

「臨時ニュースをお知らせします。2月29日が行方不明になりました」


 テレビに映ったアナウンサーの3月22日(放送記念日)が読み上げたニュースを聞いて、真っ先に反応したのは10月1日(法の日)だった。


「馬鹿な!」

「すげえな! まさか本当に逃げ出したのかよ!」


 近くにいた2月13日(銀行強盗の日)が大笑いしている。その顔を6月17日(おまわりさんの日)がにらみつけた。

 

「まさか、お前の手引きか?」

「そんなことしねえよ。ちょいと相談を受けたくらいさ」

「なんの相談をですか?」


 9月11日(警察相談の日)が冷めた声で問いかける。


「どうやったら追っ手から逃げられるか、さ。なあ、26日?」


 隣の2月26日(脱出の日)が無言でうなずいた。


「なんてことを。頭痛い……」


 後ろで2月2日(頭痛の日)が頭を抱えている。


「こっちには来てないよ」

「俺も見てないな」


 11月10日(エレベーターの日)と3月8日(エスカレーターの日)が首を横に振った。


「逃げ出したってことは、どこか遠くに行っちゃったんじゃないかな」

「そんな気分になるときもあるよねー」


 5月16日(旅の日)と5月17日(パック旅行の日)が肩を並べて笑っている。


「といっても、こっちには来なかったと思うぞ。お前たちはどうだ?」

「いや、見てない」

「使ってないね」

「こちらにも来ていないはずです」


 6月10日(路面電車の日)と8月22日(チンチン電車の日)、12月15日(観光バス記念日)に12月30日(地下鉄記念日)も心当たりはないようだ。


「もしかして、外国まで行っちゃったんじゃないの?」

「あー、それならお土産とか持ってきてほしいね」

「いや、国外には出てないはずだ」


 6月18日(海外移住の日)と10月19日(海外旅行の日)が笑い合っていたところに、12月17日(飛行機の日)が割り込んだ。


「もし国外に出たなら、こいつが見逃すはずがない。そうだろ?」

「うむ。海外には行っていない。俺の目をごまかせるとは思えん」


 11月28日(税関記念日)が腕を組んで重々しく言う。


「いったい、どこに行ったんだろう。もうすぐ日が変わるよ? 明日は四年に一度の、あの子が主役の日だってのに」


 12月3日(カレンダーの日)が寂しそうに目を伏せた。

 その疑問に答えられるものは誰もいない。


「あれ? みんな、どうしたの?」


 のんびりした声が聞こえてきて、その場にいた全員が振り返る。

 そこには、小さな包みを持った2月29日がいた。


「お前、どこに行ってたんだ! 明日はお前の日だろう? 返答によっては承知しないぞ!」


 4月25日(ギロチンの日)に詰め寄られても、2月29日は笑顔のままだ。


「これを探してたんだ。四年ぶりなんだし、みんなで楽しく過ごそうと思ってさ」


 そう言って、2月29日は手に持った包みを開けた。

 それは、新鮮な大粒のニンニク。


「それにこれが加われば!」

「この四年に一度の日は!」

「最高の日になる!」

「みんな、好きなだけ食っていいぞ!」


 2月29日の背後から、四人の人影が姿を現す。

 両手にあふれんばかりの山盛り生肉を持った2月9日(肉の日)、4月29日(羊肉の日)、11月29日(いい肉の日)。

 そして、巨大な鉄板とガスボンベが積まれた台車を嬉しそうに運ぶ、8月29日(焼き肉の日)。

 2月29日(ニンニクの日)が、その隣に並んで、手にしたニンニクを頭上にかかげた。


 皆が笑顔になる中で、一人だけ渋い顔のままの10月1日(法の日)に2月29日が近づく。


「ねえ、10月1日。僕らには君の力も必要なんだ。協力、してくれないかな?」


 10月1日は無言のまま2月29日を見つめた。その厳しい表情を見て、2月29日は視線を下に落とす。


「怒ってる?」

「ああ。黙っていなくなるから、心配したんだぞ」

「ごめんね。みんなを驚かせたかったんだ。次からはちゃんと話すよ。約束する」

「……わかった」


 諦めたように微笑んだ10月1日(法の日、しょうゆの日)は、背後から大ビンを取り出した。

 

「俺が用意できる最高のしょうゆだ。好きなだけ使うといい。今日だけだぞ」


 ビンの中の黒く輝く液体が、固い握手を交わすふたりを映す。

 そして宴が始まった。


 熱せられた鉄板に、油が、肉が、ニンニクが、しょうゆが投入される。

 それらは鉄板の上で弾けるように跳ね、火が通り、混ざりあい、ひとつになる。

 肉としょうゆの焼ける音。香り。目に映る生の赤色と焼けた褐色のグラデーション。口に入れれば熱くも柔らかい感触が、美味とともに舌の上で踊る。

 周囲にいるすべてのものは、五感すべてを襲う刺激に酔いしれた。

 つまり、焼き肉である。


 あちこちで歓声が上がり、焼けた肉が宙を舞い、満面の笑顔が広がる。

 2月29日は、自分も肉をほおばりながら、その光景を嬉しそうに眺めていた。

 いつしか日は変わり、今日は2月29日。四年に一度のその日は、笑顔にあふれていた。


「ところで、追っ手から逃げる相談をしていたと聞いたが、追っ手とは誰のことだ?」

「ああ、それはね」


 10月1日(しょうゆの日)の問いかけに2月29日が答えようとした、その時。


「アタシの冷蔵庫から肉とニンニクを持ってったのは誰っ!」


 1月21日(料理番組の日)が包丁を片手にパーティー会場へ飛び込んできた。

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四年に一度の日がいないぞ! どこいった! 海原くらら @unabara2020

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