本物の愛

伊崎夢玖

第1話

うちのじぃちゃんは権三郎。

名前の通り、三男坊である。

三男だからこそ、自由きままな人生を謳歌した。

一代で築き上げた会社は、今や全国に名を轟かせ、知らぬ者はいない程の大企業となった。


そんなじぃちゃんは、二十も年下のばぁちゃんを嫁に貰った。

じぃちゃん四十三歳、ばぁちゃん二十三歳の時に二人は結婚した。

どうしてこんなに歳の離れた人と結婚したのかと、不思議に思い、ばぁちゃんに尋ねた。

しかし、返ってくる返事はいつも一緒。


「内緒」


どうしてこの人だったのだろう?

じぃちゃんはそこまで紳士的でも、格好いいわけでも、ワイルドでもない。

典型的な日本人らしい日本人である。

胴長短足で、勤勉で、真面目。

家庭を顧みず、仕事ばかりしていたと聞く。

そんな人にばぁちゃんはなぜ半世紀以上も寄り添ったのか、私には理解できなかった。



二月二十九日。

四年に一度の閏年。

この日はじぃちゃんの誕生日。

今日でじぃちゃんは百歳になった。


「「「じぃちゃん、百歳おめでとう」」」


じぃちゃんの家に親戚一同が集まり、じぃちゃんを祝った。

いつもは照れたりしないじぃちゃんがこの日は珍しく照れていた。


「よせやい。今更誕生日を祝ってもらう歳じゃねぇ」


恥ずかしいのを誤魔化してか、じぃちゃんは顔の前で右手をひらひらと振った。

そんなじぃちゃんをかわいいと思った。


「百歳なんて、人生の大台だよ」

「今の世の中じゃ、百まで生きるのなんかそこまで珍しくもねぇ」

「そんなことないよ。元気でなきゃ百まで生きられないもん」

「医学だって進歩してるんだ。昔じゃ死んでた病気でも、今はいくらでも治せる」

「そういうもんなの?」

「おうよ」


じぃちゃんはニカッと笑った。

私はそのじぃちゃんの笑顔が好きだった。

しかし、その笑顔も束の間。

突然目を見開いたかと思ったら、叫び出した。


「というか、じぃちゃんの歳は百じゃねぇ!」

「百でしょ?」

「二十五だ!」

「「「はぁ!?」」」


親戚一同、まさかのじぃちゃんの発言に唖然とした。

二月二十九日生まれの人は、二月二十八日が誕生日になると聞いたことがある。

じぃちゃんも例外なく、閏年ではない年は毎年二月二十八日に誕生日を祝っていた。

だから、百歳で間違いはないのだ。


「じぃちゃん、とうとうボケた?」

「ボケとらんわ!」

「じゃぁ、何でいきなり『百歳じゃない』とか言い出したの?」

「儂の誕生日は本来二月二十九日だから、四年に一度だろ?」

「そうだね」

「だから、百を四で割れば、答えは見えてくるだろうが」

「そうだけど……ばぁちゃん!おかしなこと言い出したじぃちゃんに何とか言ってやってよ!」

「こらこら、おじいさん。皆を困らせてはいけませんよ」

「なんじゃい、ばぁさん!儂は間違ったことは言っとらん!」

「はいはい」


じぃちゃんとばぁちゃんの会話は、長年連れ添った夫婦だからこそなんだろう。

どことなく安心感があった。

ばぁちゃんもそれ以上じぃちゃんに何も言わず、ただ「はいはい」と相槌を打つだけだった。


そろそろじぃちゃんの誕生日会もお開きになろうかとしていた時だった。

足腰の弱っているはずのじぃちゃんが突然立ち上がり、ばぁちゃんの前に跪いた。

じぃちゃんはばぁちゃんにプロポーズを始めた。


「ばぁさん、儂は二十五じゃ」

「はいはい」

「こんな若造じゃが、結婚してくれんか?」

「えぇ、もちろんですよ」


まさかの公開プロポーズ。

親戚一同再び唖然とした。

なぜこのタイミングでプロポーズをしたのか。

誰もじぃちゃんに聞こうとする者はいなかった。

それくらい皆の思考回路が止まってしまったのだった。

そんな皆を置いてけぼりに、じぃちゃんとばぁちゃんは二人だけの世界に浸っていた。



翌朝、私はいつものようにじぃちゃんを起こしに向かった。


「じぃちゃん、朝だよ」

「………」


いつもなら「おう」と、すぐに返事がある。

しかし、じぃちゃんの部屋からは物音ひとつ聞こえてこない。


「じぃちゃん、開けるよ?」


静かに障子を開ける。

じぃちゃんはまだ布団に寝たままだった。


「じぃちゃん、朝だよ」

「………」

「ねぇってば!」


じぃちゃんの体を揺らすと、首が力なく横に揺れた。

恐る恐るじぃちゃんの頬に触れると、まるで氷のように冷たくなっていた。

私はあまりの冷たさに恐怖を覚え、悲鳴をあげた。

その後のことはあまり覚えていない。

悲鳴を聞きつけた両親やじぃちゃんの家に泊っていた親戚達が駆けつけてきて、いろいろ段取りをしていた。

何を話しているのかすら、理解できない程にショックだった。

一人でいるのも辛くて一緒にいられる人はいないかと周りを見渡すと、ばぁちゃんが部屋の隅で座っていた。

そっと近寄って様子を窺い見ると、ばぁちゃんはショックを微塵も感じさせることなく、毅然とした態度のままだった。


「ばぁちゃん、じぃちゃんがいきなり死んで辛くないの?」

「辛いよ」

「泣かないの?」

「泣かないよ」

「どうして?」

「それが約束だから」

「約束?」


この時初めてじぃちゃんとばぁちゃんの秘密を知った。


ばぁちゃんは親の借金のためにじぃちゃんに売られたそうだ。

普通の娘は泣いたり喚いたりして逃げようとするが、ばぁちゃんは毅然として前を向いていた。

その姿にじぃちゃんが一目惚れしたらしい。

なかなか交際の承諾しないばぁちゃんを、あの手この手を使って、やっとの思いで手に入れたらしく、ばぁちゃんへの溺愛っぷりは皆知るところだった。

そして、昨日の夜、じぃちゃんとばぁちゃんは約束をした。

『もし、どちらかが先に逝った時はお互いが好きだった自分で見送ろう』と。


「だから、じぃちゃんが好きだった私で最後まで見届けてあげたいの」


好きな人が好きになってくれた自分で最後まで見送りたい。

ばぁちゃんのじぃちゃんへの真摯な思いを感じた。

その思いを聞いて、いつまでも泣いてちゃいけないと自分を奮い立たせて泣くのを止めた。

じぃちゃんの告別式は粛々と終わった。

骨壺に入ったじぃちゃん。

ばぁちゃんはそっと抱えてじぃちゃんの部屋に入った。

そして静かに嗚咽を漏らした。



人を愛するとはどういうことなのか。

ここまで人を愛せるのか。

正直自分には自信がない。

でも、いつかじぃちゃんとばぁちゃんのように心から愛せる人に出会ったら、全身全霊でその人を愛し抜くと、天国のじぃちゃんにそっと誓いを立てた。

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本物の愛 伊崎夢玖 @mkmk_69

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