四年に一度の誕生日、たった1日、私の扉は彼の部屋につながっている。

小笠原 雪兎(ゆきと)

たった四年に一度だけ開く扉




 4年に一度、たった一度きり、私の元に奇跡が訪れる。

 閏年の…ここまで言えば分かると思う。そう、2月29日だ。


 七夕の織り姫と彦星が7月7日を待ち遠しく感じるように、いやそれ以上に2月29日は私にとって待ち遠しい。

 七夕は彼らは毎年会えるけど、私はたった4年に一度だけ。

 2月29日、その扉は開く。





 その日は2月29日だった。

 ——学校に行きたくない。

 八歳ながら、私は結構なものぐさ太郎で学校に行くのが面倒だと感じていた。

 別に学校が楽しくない訳じゃない。誕生日はクラス会で祝ってもらえる。

 でもコレと言った変わり映えもなく、毎年同じように『へ~誕生日2月29日なんだ、大変だね~』と言われるだけ。

 何が大変なんだ。

 少々ませガキだった私はよく、そう呟いていた。


「あ~会いたいな〜……」


 自分一人の部屋でつぶやく。


 2月29日は私にとって本当の誕生日。毎年言われ続けた言葉。

 前回の私の本当の誕生日は四歳の頃。

 誕生日を祝ってもらえて、もう大人だから一人でトイレに行ける! と言い張った頃が懐かしい。

 ませガキな私は八歳のくせに昔を思い返していた。


 扉を開くと、私と同じ四歳ぐらいの男の子がいたっていう、妙に現実味を帯びつつも若干ファンタジーな夢を見たのをよく覚えている。

 そんな非現実的な、少しだけロマンチックな物に憧れて、現実で会えたらいいな~と思いっていた私。眠い目をこすって私は扉を開いた……ら?


「え……?」


 目の前に、私と同年代ぐらい——つまり八歳ぐらいの男の子がいた。まるで夢に出てきたあの男の子が八歳に育ったかのように。

 目をゴシゴシ擦る。鏡ではないけれど、彼も私と同じような動きをした。けど彼は消えない、どころか余計にハッキリと見えるようになった。

 彼が先に、少し眠そうな声を発した。


「誰?」

「え……私は」


 そう、四年前の夢は夢じゃなかった。これは、四年に一度、たった一度だけ扉が開く、私達の物語。





「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1……っ!」


 相変わらずゆっくりとしか進まない時計を見てカウントダウンを始めた。明日、つまり数秒後、私は十二歳になる。カウントダウンにはその意味もあったが、それは副次的なもの。

 秒針が、長針が、短針が、全てが十二の所で重なった瞬間に扉を思いっきり開く。

 と、やっぱりいた。

 彼に会うためのカウントダウン、といった方が正しい。

 私と彼の声がハモる。


「「誕生日おめでとう!」」


 少しだけ不安だった。けど間違ってなかった。

 彼が目の前にいた。いてくれた。

 四年前の八歳の誕生日の出来事は夢じゃなかった。そして…彼は四年後に会おうって約束を覚えてくれていた。


「やった! 久しぶり!」

「えっ、あっ……ひ、久しぶり」


 嬉しくて思わず彼に飛びつくと、彼がたじろぐ。そして緊張しているのか、震える手を私の背中に置いた。


「えと、あの……近い……」

「ん? 聞こえないな~。ね、来てよ。中学の合格祝いにゲーム買ってもらったの! ——あ、ごめん」


 いろいろと捲し立ててながら彼を私の部屋に引っ張る…その途中で気付いた。

 この時期に中学受験の合否の話はモラルがない。特に、合格した身であれば余計に。

 彼が中学受験したのかどうかは知らないが……。


 無反応の彼を下から見上げる……と、彼はどんよりした空気を漂わせた。その雰囲気で彼が受験をして、不合格だったのだと悟る。


 あぁ、どうやって話を変えよう……謝らなきゃ……。

 そう思って焦ったら、彼がニヤリ、と口角を上げた。


「な~んてな。俺も受かったよ。第一志望校に」

「ホント!? やった! ってなんで落ちました~みたいな雰囲気出すの!」

「ごめんごめん。女子の部屋初めてだからちょっとフリーズしてた」

「……ぅ」


 その瞬間、私の胸がゴムまりのように跳ね始める。

 受験が終わってから少女漫画にハマったせいで乙女回路が作成されてしまったのだ。

 彼にそんなつもりはないんだろうけど、『初めて入る女子の部屋は私の部屋って決めててくれたのか』と、訳の分からない妄想を乙女回路は練り上げる。

 そしてそのせいで鼓動が速くなる。


 変態的? メンヘラ? これが乙女回路なのだ、仕方が無い。


「いや、まぁ……なんか四年前に、さ。四年後、だから今年はそっちの部屋で遊ぼうって約束したから……。

 他の女子の部屋に入るのはマズいかな、と……」


 彼の照れたような物言いに気を取られ、言葉を理解するまでに時間が掛かる。

 そして理解した瞬間、どっどっどっどっ……と心臓の音が大きく聞こえてきた。

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。


「うおっ! なんでそんなに顔が赤いんだ!?」

「……ちょっとドキドキしただけ! それより遊ぼ!」


 どうしてだろうか。たった四年に一度、たった二十四時間しか会えないのに、彼以外に恋愛対象として興味が無い。

 そんなことを話すと、彼は顔を真っ赤にさせて、短く『俺も同じだ』と言った。

 まるで運命……などと再び乙女回路が起動する。そのせいで顔がまた真っ赤になってしまった。





「あ……」


 あれから4年が経って、私は高校一年生になった。今年は4の倍数の年。

 彼に渡す誕生日プレゼントも買った。彼とお喋りしたい内容もこの4年間、ずっと溜め続けてきた。

 携帯ももようやく買ってもらえて、今年は絶対にメールアドレスを交換しようってワクワクしてた。けど……。


「百年に一度……」


 なんとなく分かる。"四年に一度"じゃなくて、"2月29日"に彼の部屋との扉が開くのだと。

 そう、今年は百年に一度の年だ。100の倍数の年。つまり…。

 だから今年は閏年じゃない。2月29日がない年だ。


 会えない…。

 たった10秒彼と会えて、携帯のアドレスを交換することができれば、ここから遠い場所に住んでいる彼と、別に2月29日じゃなくてもお喋りが出来る。

 ただアドレスを交換するだけ。それだけでいいのに、今年は100の倍数の年なだけで、あと更に4年、待たなきゃ行けないんだ…。


 涙がこぼれる。胸に穴が空いたかのように悲しくて苦しかった。

 彼のために買ってきたプレゼントを机に投げて、布団に潜る。

 時計の針は11時50分をさしていた。飄々と、いつも通り動く時計が恨めしい。何故かこんな時だけ、秒針が進むのは速い。


 涙が溢れてくる。なんで今年は"2000年"なんだろうか。

 もう…ヤダ…。


 気がつけば半分寝ていた。カチャリ、と扉が開く音がする。きっと幻聴だ。彼には会えないのだから。

 "2月29日"にしか。


「…なんで今年は29日がないの…?」


 小さく呟く。その瞬間、部屋の電気が付いた。そして、弟の声でも、お父さんの声でもない、聞き慣れない声がした。


「バーカ」

「…っ…!?えっ!?」

「あぁ…声変わりしたんだ。で…もう一度言う。バーカ」

「はぁ!?」


 そこには…いるはずのない彼がいた。


「なんで!?」

「閏年、何年に一回?」


 叫んだ私を無視して、彼は勝手知ったるように私の勉強机の椅子を引き、その上に座る。

 そして軽く肩をすくめて、クイズするように私に聞いた。


「四年に決まってるでしょ」

「正解! じゃあそのうちで何年に一回、閏年じゃない?」

「百年に一回…」

「正解! じゃあ最後! いや、答え言っちゃうか。それでも、四百年に一回は閏年で~す」

「あ…」


 ニヤリ、と彼は笑って立ち上がり、私の横に移動する。

 そしてさっきから手に提げていたキラリと光るソレを持ったまま、私の首に腕を回した。

 彼の指が首裏をなぞり、くすぐったいけど、嬉しかった。

 そして彼が離れる。私の首に残ったのは——。


「ペンダント?」

「おう。四百年に一度しか見つからないことで有名な宝石で作られたペンダント」

「え!?」

「——の、レプリカ。まぁでも結構奮発したから大事にしてくれよ? それにしても……くっくっくっく」


 四年前とは全く違った笑い方を彼はして、でも4年前と変わらない、無邪気な私に笑顔を向けた。


「また四百年後が楽しみだな~」

「その頃には死んでるでしょ!」

「あははっ……まぁ」


 真剣な表情に改め、彼は私の目をしっかりと見て、口を開いた。


「誕生日、四年に一度の本当の誕生日、おめでとう」





「ふぅ……さむ……」


 2004年、成人した私は早速上京した。今は2月28日、11時55分。

 私は悩んでいた。悩みのタネは、ちゃんと彼と会えるかって事じゃない。私はなんとなく、どの扉でも彼とつながることができるとわかっていた。


 彼と会えるかどうかじゃない。私はくだらないことで先ほどまで悩んでいた。


 というのも、この家は引き戸ばっかりでドアと呼べる物がトイレか玄関しかない。

 夜の冷気に冷やされて寒い玄関はイヤだが、流石にトイレの扉で彼の部屋の扉も繋がる方がイヤだ、と結局、私は玄関前で"その時"を待つことにする。

 

 腕時計を見て、昔のようにカウントダウンを始めた。


「3,2,1……」


 冷たい玄関のドアノブを握って捻る。

 ぎゅっとつむっていた目を開ける、が、目の前には東京の夜空が広がっているだけだった。

 どう見ても、彼の部屋ではなかった。というか、彼はホームレスではない。


「「え……?」」


 私の声が誰かとハモる。声の聞こえた方向、つまり横を見ると——。


「……え?」


 彼が、口を半開きにしたまま、私を見てマヌケな声を出した。

 彼より一瞬、状況の理解が早かった私は、大きく笑って口を開く。


「誕生日、ホントの誕生日、おめでとう!」


 これはたった四年に一度、彼の部屋へと繋がる扉が、毎日つながるようになる。そんな少しファンタジックな、私たちのお話だ。

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四年に一度の誕生日、たった1日、私の扉は彼の部屋につながっている。 小笠原 雪兎(ゆきと) @ogarin0914

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