四年に一度の特別な日に
ktr
大阪市中央区日本橋のラーメン
四年に一度の閏年。その年には、二月二十九日があるのは周知の通りだ。
その日に生まれた人間が、年齢を四分の一にしたりするのも、一種のお約束だろう。
今年もその日がやってきたが、どうにも世間は暗い。
新種のウィルスの蔓延。
目に見えない脅威との闘いに、人は弱い。
しかし、見えない脅威を恐れつつも油断する。
ついつい外の様子を見に行ってゾンビになって帰ってくるなんて、パニックホラーじゃ定番の展開だろう。
そういう展開が成立するのは、一定数の人間がそういう行動をするということに納得感があるからに他ならない。
ウィルスは、正しく恐れ、正しく戦うべきだ。
さて、今日は二月二十九日であるわけだが、数字を抜き出せば二二九。少しもじればニンニクの日と言えよう。
ニンニクは、殺菌作用が強くウィルスにも効果がある食品である。
つまり。
この四年に一度の特別な日には、ニンニクを喰うべきなのだ。
そういう訳で、私は大阪日本橋の地を訪れていた。
堺筋から一つ西側に入った道に、目的の店がある。
一般に『二郎系』とか言われるタイプのラーメン屋だ。
ここにも『二』があるのは、何かの符号か?
今日、私は来るべくしてこの店に来たという確信が高まってくる。
店内に入り食券を購入して席について店員に出し、麺量は並と告げれば。
「ニンニク入れますか?」
勿論、そのために来たのだが、この手の店の作法にのっとる呪文を唱えることでより効果的にウィルス対策ができるというものだ。
「ヤサイマシマシニンニクマシマシアブラマシマシカラメで」
これが、ウィルスを退ける呪文だ。
ニンニクをマシマシするなら、他もマシマシしてバランスを取る。実に健康的な呪文であろう。
そうしてしばし待てば、注文の品がやってくる。
「ああ、もう、見ているだけで健康になりそうだ」
丼の上に積み上がった野菜。雪のように積もるアブラ。麓に鎮座する豚の肉塊。
そして、大量に広がる刻みニンニクの裾野。
「いただきます」
まずは、野菜を崩していかねば喰い辛い。
慎重に、且つ、大胆に。
脂に塗れた野菜を掴み、口へと運ぶ。
「ほぅ」
思わず、息が漏れる。ヌルリとした食感で頂く野菜には、背徳的な旨さがある。
気持ちが満たされる。
続いて、野菜の裾野にしみ出すスープをレンゲで掬い、啜る。
「命のスープだ……」
油分が多く、デロデロの豚骨醤油味。ガッツンガッツンくる味だからこそ、これだけ大量の野菜を受け止められると言えよう。
続いて、豚を囓る。チャーシューというか、煮豚。形は肉塊だ。
それだけでもしっかりした旨味があるが、スープを纏わせて食うと、強さが増す。
スープと野菜、脂、豚。一通りいただき、気持ちが上がってくる。
病は気から。
実際、旨いものを喰って心を満たすだけでも人間の免疫力は上がるのだ。
だが、そこをブーストするためのニンニクの日だ。
満を持して裾野のニンニクをレンゲで少し掬い取り、野菜に振り掛ける。
そうして口に運べば、口内に広がる刺激的な辛味。
アリシンだ。アリシンの刺激だ。
これだ。
これこそが特別な日に相応しい味わいだ。
豚にも野菜にも脂にも、ニンニクは相性抜群だ。
ここからは、ニンニクのターン。スープへと溶かし込みながら、野菜を腹に沈めて山を崩す。
そうして、ようやく待望の麺への導線が生まれたのだ。
引っ張り出せば、黄色に近い色合いで、太く、固い姿が。
辿り着くのに時間が掛かっても伸びず、代わりにしっかりスープの旨味を纏ってくれる、このラーメンにバッチリな麺である。
啜る。
旨い。
当然だ。
ここからは、麺のターン。
天地を返して姿を見せた麺を、思うさま啜る。
ここに来ての炭水化物は、もう、尊い。
心も体も満たされる。
スープの中から野菜と豚を引っ張り出して囓れば、スープはニンニクと脂でブーストされた次のステージに達していることを実感する。
ニンニクがガツンと効いたオイリーでオイシー次世代スープに、改めて麺を潜らせて啜り野菜を食み豚を囓り貪るように食を楽しむ。
並で220gの麺は一般のラーメン屋の特盛りレベル。楽しみはそれなりに持続する。
だが、永遠ではない。
「もう、終わりか」
一味と黒胡椒を入れるのを忘れるほど、目の前の健康食品の虜になっていたようだ。
腹は、満たされた。
心も、満たされた。
ウィルス対策も万全だ。
ならば、帰ろう。
「ごちそうさまでした」
狭い店内を身体を横にして通り抜け、店を出る。
暗くなりがちだった心に、光が灯ったようだ。
怯えてばかりじゃいけない。
打てる対策をしっかり打つのだ。
その対策が美味しいとなれば、打たない手はない。
今日は二月二十九日、ニンニクの日。
ウイルス騒動は四年に一度もいらないが。
四年に一度、ニンニクマシマシを貪って健康を祈る日があっても、いいじゃないか。
四年に一度の特別な日に ktr @ktr
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