挑め、龍神様!

さぐさぐ2020

バトル大好きな神様、4年に一度の大試練!

「コジロー、ミヨコ、左右に展開! 俺が正面を引き付ける!」

「「了解!」」


 二人の声がかぶる。俺はスティックを左右に素早く傾け、機体DSを滑らせながら距離を詰める。

 スラスターの残量がもう少ない。もって後1分。だが、向こうも同様のはずだ。お互い最後の勝負どころだ。

 乾いた大地に砂塵が舞う。


 俺のチーム『くろがねのつるぎ』。そして愛機『鉄鋼丸二式改』。この4年、改良に改良を重ねた機体だ。前大会ではまさかの準決勝敗退。その相手が今目の前にいるチーム『黙示録の宴』。

 大会初参加にして初優勝の快挙を成し遂げた気鋭のチームだ。

 だが、俺たちもこの4年、血のにじむような努力を続けた。その結果がこの決勝でのリベンジマッチだ。

 決して負けられない。俺たちは大会参加3回目。優勝してもしなくても、おそらく次はない。俺もコジローもミヨコも4年後は30を超える。

 反射神経も、体力も、限界年齢だ。

 俺たちが大会代表に選ばれることはもうない。

 だからこそ、今年の大会にすべてを掛けた。10代の若い強化選手たちとのハードなトレーニング。強豪団体、企業ワークスチームとの幾多のバトル。

 熾烈な代表戦に勝ち残り、4年に一度の『龍神杯』に今回もとうとう出場出来た。


 だが、俺たちは優勝経験がない。

 この大会は、優勝してこそ価値がある。

 優勝の先にあるモノ。それを掴むために、俺たちは、いや、全バトルプレイヤーは戦い続けているのだ。


 そして、あとわずか。

 あと数十秒。


 掴めるのか。それともついに掴めないまま夢で終わるのか。


 いや、俺は、俺たちは、絶対に掴む。掴んでみせる!


 コジローの機体『風神王マーク2』が左から大きく回り込んでいた。マーク2は人型を大きく外れた、航空機に近い形状をしている。地対効果でわずかに浮かんで、まさに飛ぶように大地を滑る高機動に特化した機体だ。その分、装甲が紙なので戦術の基本はヒットアンドアウェイ。両手にハンマーを持ち、速度と質量の掛け算で物理で殴り離脱する高機動近接タイプ。

 高機動型は遠距離型というセオリーをあえて外したのはコジロー自身だ。


「高機動遠距離型って、狙いをつけてるとこっちも捕捉されやすい。武装だって、エネルギー砲だと動力をそっちに回すから速度が落ちるし、かといって実体弾だと射撃の反動を打ち消すため機動性が犠牲になる。なら、すばやく懐に飛び込んで殴るほうが結局いいんじゃねえかと思うんだ」

「なるほど。一理ある」


 コジローは中学からの腐れ縁だ。一時大ゲンカして音信不通だったが、9年前にチームメンバーとして再会した時は、ああやっぱりと思った。

 方向は違えど、こいつのDS愛は本物だったからな。


 ミヨコの『きゅんきゅん48』は右を走っている。48は、48番目の機体という意味ではない。メカニックのダイサクと入籍したのが去年の4月8日だからだ。

 ミヨコは29歳。俺たちの中では最年長だ。だが、背が低く、童顔で見た目は巨乳ロ……、いや、トランジスタグラマーだ。


 かつてワークスで鳴らしたおやっさんの娘で、幼い時から格闘術を仕込まれた生まれついてのDS乗りだ。おやっさんがケガで引退した後は、ワークスチームから相当スカウトされたらしいが、結局おやっさんが立ち上げたプライベートチーム、つまり『くろがねのつるぎ』を一人で支えていた。

 おやっさんの顔でそこそこスポンサーはついていたが、プライベートチームへの予算は少ない。数ある貧乏チームの一つに過ぎなかった。

 俺たちが加入する前のことはミヨコはあまり語りたがらないが、相当苦労したようだ。

 ダイサクはその当時からメカニックとして働いていた。二人が付き合っているのを知ったのは俺たちも前の大会が終わってからだ。

 交際宣言のあった夜はコジローが荒れた。コジロー、ちっちゃい子が好きだからな。俺はお姉さんタイプが好みで良かった。


 それはともかく、2回前の大会の出場権を俺たちが得たことで風向きが変わった。今や、俺たちの機体には国際的な大企業のロゴが所狭しと貼られている。

 応援してくれている人たちへの期待に応えるためにも、俺たちは負けられない!


 まあ、そんな事情は向こうも同じだが。ワークスチームである『黙示録の宴』だが、パーツメーカーやエネルギー、オイルなどいくつか同じ企業ロゴが貼られている。トップチーム同士のスポンサーがかぶるのは当たり前といえば当たり前だ。

 お互い背負うものは多い。


 仕掛けたのは『黙示録の宴』だった。

 データリンク。

 純白の機体、アポカリプス、ホースメン、ペイルライダーの3機が位相を揃えてエネルギー弾を撃った。

 干渉により、扇形にビームが拡がる。面攻撃だ。


 させるかよ!

 そのために俺が先行しているんだ!


 二式改のコマンドは既に入力済みだ。ビームを目視して、俺の指先が最後の実行トリガーを押す。

 センサーよりもわずかに先読み出来る俺の反射神経が二式改のフィールドシールドを飛ばした。

 産学複合で開発した最新の盾だ。開発コストは莫大だったらしいが、3回連続大会出場の名声のおかげで二式改に実装出来た。そしてついに実戦投入。


 ラボの連中も中継見て喜んでいることだろう。土壇場で切り札登場。最高の舞台だ。


 フィールドシールドが扇形ビームを消滅させるとともに、コジローのマーク2がペイルライダーに殴りかかった。


 ごん!


 轟音とともにペイルライダーの上半身が吹き飛ぶ。本来なら、エネルギー幕装甲で零距離物理でも破壊が難しい『黙示録の宴』のDSだが、フィールドシールドのエネルギー無効化により幕装甲も消滅させた。


 だが、ペイルライダーも腰からチェーンアンカーを射出しマーク2に巻き付かせる。マーク2の圧倒的な出力でペイルライダーが引きずられ、宙を飛んだ。ピンとチェーンが伸びる。壊れたパーツが衝撃で外れ、完全に下半身だけになるが、コクピットが腰にあるのか。

 いや、違う、データリンクだ。DS乗りは三人ともアポカリプスに乗っているんだ。

 早く振りほどけ! それはヤバい、コジロー!


 コジローがペイルライダーに一撃を与えたと同時に、きゅんきゅん48がホースメンに華麗にサマーソルトキックを決めた。

 きゅんきゅん48は八頭身のすらりとした女性型DS。胸のふくらみはコクピットの装甲で、俺やコジローの操作系とはまったく違う、モーショントレースシステムを採用した機体だ。

 つまり、胸から腹部にかけ大きな卵型の空間が設けられ、その中でミヨコが実際に闘いの動作をしている。パイロットの強さがそのままDSの戦闘力になる。格闘を極めたミヨコ専用のインターフェースだ。

 俺も試してみたことがあるが、五感は双方向につながり、視覚、聴覚はじめ掴んだ感覚や当てられた感覚もフィードバックされるから、生身で戦っているようだ。

 その分、機体に大きなダメージを喰らうとかなり痛い。機体の腕が捥がれれば、自分の腕がちぎれたように感じる。胸や頭などの急所を潰された場合ショックで死んでしまう可能性すらある。


 ひるんだホースメンに掌底、そして中段蹴り、浮かせて膝蹴り、からのハンマー落とし。流れるような攻撃でホースメンが凹み、壊れていく。幕装甲を失ったDSなどミヨコの敵じゃない。

 ミヨコを捉えようと腰をかがめ手を伸ばしてきたところを回し蹴り。

 ホースメンが吹っ飛ぶ。


 横倒しになったホースメンに、とどめのハイジャンプからのトルネードキック!

 ホースメンの胴体が砕け散る。

 決まった。


 と思った瞬間、残った手足からチェーンアンカーが4本飛び、きゅんきゅん48の四肢に絡みついた。同時にホースメンの半ば壊れた動力部が赤熱する。


 いかん、ミヨコ!


 コジローの危機とミヨコの危機は同時だった。

 エンジンを暴走爆発させる相打ち。


 俺は新たなコマンドを入力し、実行トリガーを押し込んだ。


 大爆発が起きた。

 ペイルライダーとホースメンのエンジンが爆発し、巨大な黒煙が上がった。


 俺の二式改は長大な剛剣を構え突進する。

 ダマスカス・ディメンションブレード。

 次元を切り裂く必殺の剣だ。

 愛用のダマスカスブレードに、あらたに組み込んだ時空干渉機能。

 アポカリプスの装甲はエネルギー幕装甲ではない。

 空間の位相をずらし、物理的干渉を逸らすディメンションバリア。


 次元を切り裂くこの刃でなければ、奴には届かない。


 アポカリプスがディメンションバリアをダブルピーク化する。

 位相差干渉!


 これは盾ではない。鉾だ。

 奴も同じことを考えていたのか!

 次元鉾対次元剣。


 二体の機体が交差した。


 勝敗は一瞬。


 二式改の肩がずれ、血のようにオイルが噴き出し、ダマスカスブレードを構えたままの腕が落ちた。

 油圧ダンパーが陰圧になり、がくりと膝をつく。


 アポカリプスはゆっくりとターンして俺を向いた。

 ふっ、と奴が笑ったような気がした。


 そして、アポカリプスは斜め十字に裂け,ばらばらと大地に落ちた。

 ガラクタと化したアポカリプスにコクピットブロックはもうない。

 継戦不能になると同時に自動的に転送脱出となる。

 安全面には配慮された大会なのだ。

 ミヨコのようにダメージで死ぬ可能性がある機体は、ペインアブソーバーが義務だが、パイロット自身の申告で外すことが出来る。

 レスポンスが悪いため、ミヨコはアブソーバーを外している。

 見た目ロ……、幼いのに一番の戦闘狂がミヨコだ。

 だから、さっきはかなり焦った。


勝者ウイナー! ”くろがねのつるぎ!”』


 アナウンスが響き渡った。


 黒煙から、マーク2ときゅんきゅん48が現れた。機体はかなりのダメージを受けているが、二人とも無事のようだ。

 よかった、フィールドシールドを飛ばしたのは間に合った。


 歓声が沸いた。

 俺たちはついに優勝した!

 とうとう『挑戦権』を掴んだんだ!


 さあ、いよいよだ。

 DS。ドラゴンスレイヤー。


 この世界を統べるとの対戦だ!



◇◇◇◇



 それから二月後、4年に一度の2月29日に龍神様と『くろがねのつるぎ』の対戦が行われた。


 龍神様は大層喜ばれたのだろう。

 その後、1年にわたり雨が降り続いた。

 人々は狂喜した。


 一介のプライベーターから救世主メシアへとのし上がった『くろがねのつるぎ』の名は、長く語り続けるだろう。


 そう、あの伝説的なワークスチームのように。


 4年に一度の龍神杯。

 それは、戦い好きな龍神様を満足させ、この干からびた世界に恵みの雨をもたらすための人類の知恵。


 乾燥した世界を生き抜くため、人類は今日もDSに磨きをかける。


 うるう年。


 それは潤いの年。


 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

挑め、龍神様! さぐさぐ2020 @sagusagu2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ