先ゆく君に、贈ることは

杜侍音

先ゆく君に、贈ることは


「今日は何の日でしょうかっ!!」

「……は?」


 放課後、元気よく私に話しかけてきたのはクラスメイトの四々戸一花ししど いちか

 西日が差し込む教室で一人図書館から借りた本を読み進めていたときだった。穏やかな読書時間が一瞬で壊された。


「ねぇねぇ何だと思う菊ちゃーん」


 私の名前をしつこく呼んで、机を揺らす。

 菊ちゃんとは私が彼女に勝手に呼ばれているあだ名。本名、四方菊乃しかた きくの。同じ漢数字の四が入ってることと、五十音順で席が近い理由で四々戸さんに毎日話しかけられるようになったのだ。


「今日が何の日かってこと?」

「うん!」

「なんだろ……」


 携帯しているもので調べようと思ったが、彼女に止められる。


「調べものはなしっ! 自分の頭で考えてみて。菊ちゃんは私と違って賢いんだからさ〜」


 なんかちょっとウザい。

 といっても、今日は記念日かなんかだったかな。自分の記憶をフルに使い、思い出してみる。


「ああ分かった。豚の日だ。凄く昔にアメリカのある姉妹が最も賢く役に立つ動物で豚の日と制定したんだ」

「違う! 全然違うし何その日!? よく知ってるね!? それに可愛くなーい!」

「マヨネーズの日? マヨネーズ好きだっけ?」

「私はどちらかと言えばケチャップ派。違うよっ!」

「じゃあボスニア・ヘル──」

「違う。もう最初の文字で違うもん」


 他にも色々答えたが、どれも違うようだ。


「ヒント! 誰かの誕生日だよ」

「誕生日……? そういや芥川龍之介の誕生日だったか」

「誰それ」


 えぇ、知らないの? この人の作品は今でも残ってるのに。


「そんな哀れんだ目で私を見ないでっ!!」


 四々戸さんに引いていたのが、表情からバレたようだ。


「てか、私最近の俳優とか知らないけど……」

「俳優とかじゃないから。もっと簡単!」


 凄い純粋な瞳で見つめてくる。私が当てるのは当然だと思っているのかもしれないが、本当に何一つとして私は分かっていない。


「もう大ヒント! このクラスメイトにいます!」


 いや、知らんし他人の誕生日。

 でも、こういう時って大体、


「四々戸さんの誕生日とか?」

「……はっ! あれ、そうだっけ?」

「違うか」

「違うね〜」

「9月7日だもんね」

「覚えててくれてたの〜!」


 腰を横に振り、嬉しさをダンスで表現する。尻尾があったらまんま犬だ。

 それに覚えてたわけじゃない。彼女がその日クラスメイトからお祝いされて、私にも祝ってもらいたいのかしつこく迫られた日だから。染み付いてしまっただけだから。


「もう、全然当たらないな〜。答えはそう! 菊ちゃんの誕生日でしたー!」

「違うけど」

「えぇっ!? いや、だって今日って2月29日だよね!? 菊ちゃんの17回目の誕生日なんだよね!?」

「3月1日だけど。今日は」

「うそん」

「本当だよ。2100年の3月1日。百年に一回の閏日がない年だよ」

「じゃあ、菊ちゃんはまだ16才……?」

「そう、17歳になるのは四年後」


 私には生まれたときから、誰にも解明出来ない特異体質があった。


 2032年の閏日に生まれた私は、閏日でないと歳が取らない不思議な病気──呪いとでもいえるのか。もしくはただ成長が遅いだけなのかは分からないが、とにかく老けるのが人よりも四倍遅かった。


 親は私の四倍早く寿命を迎えるから、私が14の時にどちらも亡くなった。政府の支援があってこそ今の生活が出来るが、みんな私を置いて先に逝くから、いつだって一人を選んできた。



「誕生日プレゼント……買ったのに……」


 それなのに四々戸さんはしつこく絡んでくる。


「別にいいよ。誕生日なんて。来月末には四々戸さんは進級して離れ離れになるんだし。私はまだ17になるまでに、これから四年かかるわけなんだから。クラスのみんなみたいに私に関わる必要はないよ」

「え、やだ」

「軽っ」

「だって私は菊ちゃんにプレゼント渡したいもん。閏日の人って2月28日が終わりかける時に誕生日を迎えたことになるんだって、どっかで聞いたっ! てことは、1日遅れだけどハッピーバースデー!」


 プレゼントを無理やり渡され、「開けて」と促されたから箱から中身を出す。

 それは昔ながらのデジタルカメラだった。


「高かったんじゃ……」

「中古だったから安かったよ〜。古いのでも綺麗で高性能だからねー」


 もう何年前のモデルだろう。それでも高校生にしては中々手を出せるものじゃない。


「私は菊ちゃんと一緒に卒業出来ないし、これから私が先にどんどん老けて、寿命通りなら私が先に死んじゃうと思うけどさ。それでも菊ちゃんとこれからも友達でいたいんだ」

「四々戸さんの気持ちは嬉しい。でも私はこんな意味不明な体質のせいで、私だけを置いて一人にする。それだったら最初から一人でいいんだよ」

「よくない!」

「え?」

「確かに菊ちゃんの言うとおり色んな人とお別れをするかもしれない。でもそれって、きっと新しい出会いもたくさんあるってことなんだよ。だって、菊ちゃんが4年に1度しか年取らないから私たち出会えたんだよ。だからね、待っててくれてありがとね!」


 四々戸さんはそう笑ってみせた。


 そうか……出会いがあれば別れがあるように、別れたらまた新しい出会いがあるのか。


「思い出はそのカメラでどんどん撮ってこー! 菊ちゃんは色んな人との思い出や記憶を持つことが出来るんだよね。それって、とっても楽しいことだよっ!」


 私はまた笑顔を見せた彼女をカメラで撮った。


「え、私だけ!? ずるーい、一緒に撮ろうよ!」

「……私の写真はそんなにいらないからね。一花」

「はーい。……あれ今名前で呼んだ!?」

「呼んでない」

「呼んだよ〜。もう一回“いっちゃん”って呼んでよ」

「いや、そうは呼んでないし」

「へへ、そう呼んでもらえるまでは、私は菊ちゃんとずっと一緒だからね」



 これから先もどうやら付きまとわれるようだ。私がいっちゃんと呼ぶのは、一花の最期を看取る時まで呼ばないことにする。

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