第3話 これが僕の今の日常(裏)

「ん……フフフ。小堺く〜ん♡。小堺く〜ん」

「はい。そんなに呼ばなくてもココにいますよ会長」


 生徒会室の奥の部屋、パーテーションによって仕切られた場所に大人四人が楽に座れるほどの大きな漆黒のソファーベッドが置かれている。肌に触れるその質感で僕みたいな素人でも高価と分かる本革(?)が使用されている。

 今、僕と会長はそのソファーの上で抱き合っている。失礼。言い方を間違えた。僕が、会長に、後ろからが適当だろう。もっと正確に言えば、恥じらいを一切感じさせないほど無防備に横たわった会長の腕の中に、小柄な僕の体がすっぽりと収まり、前を向く僕の腹部に会長の細くしなやかな指が絡まり、程よい弾力と僕より少し高い体温と真っ黒なレギンスを纏った太ももが僕のふくらはぎをホールドしている。うーん、ここまで説明しておいて何だけど正直、どこの恋愛小説の濡れ場だよ! って感じだよな……でも事実なのだからしょうがない。


「ハァ〜……やっと“充電”が始められる。正直、皆が解散する十分前には限界が来てたからどうしようかと思ったよ」

「でしょうね。あの時の会長はひどく冷静さを欠いてましたからね」

「まさか、あのタイミングで茜屋書記が残ると言い出すとは思いもしなかった」

「今日の議題は記録帳に残すものばかりでしたからね。さすがの鈴も板書と記録を平行して行うのは無理があったんでしょう」

「んん〜? やけに茜屋書記の肩を持つじゃないか。小堺くん」


 会長はそう言うと、甘い芳香を漂わせながらグリグリと僕の背に頭を押し付けながら首筋に顔を持っていき、柔らかな唇を肩のラインに這わしてきた。


「くっ……くすぐったいですよ会長! そういうのはやめてくださいと何度も……」


 僕の言葉は会長の耳には届いておらず、彼女はお構いなしに僕の体をまさぐる。


「はぅ〜〜♡、小堺くんはぅ〜〜♡」

「……聞いてないな、この人」


 夕暮れ時から段々と夜の色に変わりゆく空を見ながら僕は、のことを思い出していた。あの時の会長との出会いが今のこの状況につながっているだなんて誰が想像できただろう。


「いや、誰も予想なんてできないだろ……」

「……? 何がだい? 小堺くん」

「何でもないです。それより会長、もう“充電”はいいんじゃないですか?」

「なっ……何を言い出すんだい! まだ足りない。全然足りない! 君も知ってるだろう? この後私たちは十四時間三十二分二十七秒間会えないんだぞ!」

「正確な数値を出さないでください。狂気的な何かを感じてしまいます」

「その間を埋めるために今、こうして、必死に、溜めているんじゃないか」

「ぐっ……グフッ! 分かりましたからお腹をめいいっぱい抱きしめるのをやめてください!」

「分かればいいんだ。分かれば。フフ〜ン♫ 小堺く〜ん♡」


 会長は何事もなかったかのようにまさぐりを再開した。


「ハァ〜少しは辛抱を覚えないとさっきみたいに窮地に陥ることになりますよ?」

「……確かに先ほどは焦りを覚えた。もう頭の中は小堺くんとのペッティ——充電で一杯だと言うのによもやあの二人まで……」

「今、ペッティングって言おうとしました?」

「気のせいだ」

 

 完全に気のせいではないと思ったが、これ以上追求しても仕方ないので僕は話を戻す。


「蒼崎先輩も紅先輩も会長のことを思っての行動だと思いますよ? ほら、何かとあの二人って会長のこと気にかけるじゃないですか」

「うむ。それは嬉しいし心強いのだが……」

「“だが”……?」

「私の充電相手は君だけなんだ! 小堺くん! はぅぅぅ〜〜!♡」

ほひょをほほをフリフリスリスリしにゃいでくだしゃいしないでくださいかいひょう会長


 我慢をしていた反動だろうか、今日の会長はいつにも増してかなりアグレッシブだ。


「……こんな様子じゃいつかボロを出して、瞬く間に皆に知られてしまいますよ? 会長の秘密」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の体を縦横無尽に這っていた会長の手がピタリと止まり、はんなりとしていた表情に真剣味が宿る。


「それは困る。まがいなりにも私は雨真宮財閥の名を背負うものであり、この学園の生徒会長を任されている身だからな……」

「だったら——」

「だが! いかに強靭な精神を持つ私でもこの“充電”という魅力には勝てんのだぁぁ〜〜♡」


 本日二度目の背中グリグリをされながら僕は思った。うん。ダメだこの人。全く反省してない。


「はう、はう、はうぅぅぅ〜〜♡」


 まるでマタタビを嗅いだ猫のように一心不乱に僕のワイシャツに顔を擦り付ける会長に僕から言えることは一つ。とりあえず『強靭な精神』という言葉を一回ググってくれません? 以上。


 ——夕焼け色の太陽の代わりに白色の月が見え始めた頃、僕たち二人はようやく学び舎を背に帰路に着く準備を始めていた。


「すっかり遅くなってしまった。私としたことが時間を忘れついつい夢中になってしまうとは。済まない小堺くん。よければ私の送迎用の車で送って行こうか?」

「いえ。大丈夫です。それより、本当に反省してます? 会長?」


 僕がジト目で会長を見遣ると、さすがの彼女もバツが悪くなったのだろうか。普段見れないような慌てぶりを露呈した。


「し……してるとも。あぁしてるともさ。えっと……なんというか、この度は? いやそうではなくて、その……」

「……プフッ!」


 顔を紅潮させ、指を空中で回しながら必死に次の言葉を考えている会長のその姿に思わず吹き出してしまう僕。


「こっ……コラ! 笑うんじゃない! 私は真剣にだな……」

「冗談ですよ。会長。少しからかってみただけです」

「なっ……! 小堺くん!」

「さっき会長も鈴に同じ事してたでしょ?」

「いや、それとこれとは……」

「同じです! さて……帰りましょうか? 会長」

「うぅ……最後に一矢報いるとはやるな小堺くん。この借りは必ず返させてもらおう」

「そのセリフ会長が言うと怖いのでやめてください。マジで」


 そして昇降口から一歩踏み出し歩き始めた僕に、未だその場から動こうとしない会長が少し不安げな声で問いかけてきた。


「……さっきの話だがな……」

「……? はい? 」

「もし、私のこの秘密がバレそうになった時は、今日の時みたいにまたフォローしてくれるかい? 小堺くん」


 振り向いた僕の目に、胸の前で手を組み帰ってくる返事の内容に期待と不安を抱く会長の姿が飛び込んできた。

 ズルイです。会長。そんな顔をされたらこの後僕の言うセリフなんか決まったものになっちゃうじゃないですか。


「もちろんですよ会長。まぁ……僕のやれる範囲に限りますが」


 その言葉を聞いた瞬間会長は顔を跳ね上げると、一目散に僕のいる位置まで跳んできた。


「やはりっ……私の充電相手は君しかいない! 小崎くん!」

「ちょっ……! 会長! ここで抱きつくのはマズイです。まだ誰か残っているかも……」

「少しくらいなら平気さ」

「いやダメでしょ! ちょっ……聞いてますか? 会長?」

 

 ——その後、帰宅した僕のワイシャツからはほんのりと会長と同じ匂いが漂っていた。

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