第52話:レイチェルの種族

 そこで俺がレイチェルを詳しく鑑定してみた結果、種族としては暗黒竜ダークネスドラゴンだということが分かった。

 ギルマスに聞くと、暗黒竜はドラゴンの中でも上位種だということで、大人となれば都市一つとは言わず国一つを滅ぼすほどの力を有しているのだとか。

 ……レイチェル、めっちゃ強いじゃん。


「だが、レイチェルちゃんはまだ幼竜なのだろう」

「むっ、私は子供じゃないわ」


 ギルマスの言葉にレイチェルが頬を膨らませて怒っていた。……おい、ギルマスがそんな顔をするのはお門違いじゃないか?


「……はああああぁぁっ! か、かわいいわああああぁぁっ!」


 いや、まあ確かにかわいいけど。


「……おほん! ドラゴンは成長するにつれて、自身の強化をしていなくても勝手に強くなると聞いているわ」

「勝手にって、それはすごいなぁ」

「私は強い、毒にも負けていないわ」

「でも、周りを守れていないでしょ?」

「――! そ、それは」

「……ギルマス、あまりレイチェルをいじめないでください」

「私は事実を伝えているだけよ。でも、確かに言い過ぎだったわね、ごめんなさい」


 ギルマスはそう言っているが、本心はその言葉通りなのだろう。

 レイチェルは強い。それは個体としての力であり、周りを守る力までは有していないのだ。


「……いえ、あなたの言う通りだわ」


 そして、そのことをレイチェルは自覚している。

 だからこそ怒った顔はしているがその言葉は素直なものになっていた。


「まあ、ということだから、私たちはレイチェルちゃんのことを全面的に信用するし、助けに対しては相応の対価と引き換えに助けたいと思います」

「……対価、ですか?」


 俺としては無償で助けてもいいと思っていたのだが、ギルマスとしてはそうはいかないよな。


「私たちは冒険者です。きちんとした依頼として受けさせていただきます。アマカワやリリアーナは勝手に受けようとか思っていたと思うけど、そこを許してしまうと冒険者が便利屋扱いされてしまって地位が一気に落ちてしまう可能性が出てくるからね」


 ……まあ、間違いではない。

 そもそも冒険者は職業であってボランティアではないのだ。今回だけは無償で、と受けてしまえば他からも似たような声があがらないとも限らない。

 そして、受ける冒険者と受けない冒険者が出てきてしまえば冒険者ギルドでも管理ができなくなるかもしれないのだ。


「でも、私から差し出せるものなんて何も……」

「いいえ、あなたは私たちに差し出せるものを持っているわ」

「えっ?」


 ギルマスは何を根拠にそんなことを言っているんだろう。

 俺はその視線の先に目を向けると……レイチェルの、右腕?


「ドラゴンの鱗は素材価値としては超一級品。たった一枚の鱗でも最低100リラの価値があると言われているわ」


 100リラってことは……ひ、100万円!?


「そうなの?」

「えぇ。これも最低の価値だから、暗黒竜の鱗ともなれば数倍の価値になるんじゃないかしら」

「……えっと、すみません、師匠。それだと、逆に私たちがそれ相応の働きをするのに大変になっちゃうんですけど?」


 恐る恐る口を開いたのはリリアーナだ。

 確かに、100リラ以上の働きってのがどの程度のものになるのか、俺も全く想像がつかない。


「そこはレイチェルが納得する働きをしてくれれば問題はないだろう。森の動物たちを救うという依頼の価値が、100リラ以上の価値と同等だと考えれば問題はない」

「私はそれで大丈夫です。むしろ、私の鱗程度なら何枚でも渡して構わない」

「そ、それは止めておこうな、レイチェル。市場が大荒れになるから」


 俺はレイチェルを説得して鱗一枚に止めてもらった。

 ギルマスは不満顔を浮かべていたが、これ以上は絶対に貰えない。というか、レイチェルが納得しても俺たちが仕事に納得できるかどうかの問題でもあった。


「さて、それじゃあ報酬はレイチェルの鱗一枚で決まったが、二人はこの依頼を受けるか否かだが……まあ、これは聞くだけ無駄だよな」

「当然です。俺たちは受けます」

「っていうか、もう受けるってレイチェルに言ってるしね!」

「……本当に、いいの?」


 全く、森の中でも確認したというのに、レイチェルは心配性なんだな。


「何度も言わせるなよ」

「私たちはもう友達なんだから当然よ!」

「……ありがとう、アマカワさん、リリアーナさん!」


 この後、必要な道具の確認をしていると解毒剤が完成したと報告も入った。

 事は一刻を争う事態だ。無駄に時間を使うよりも、さっさと出発した方がいいだろう。


「レイチェル。ドラゴンの姿になって一気に移動することはできるのか?」

「……今は無理かも。一日休めば飛べるようにはなるけど、それでも私が暮らしていた森には一気には飛べない」

「あー、俺たちが攻撃し過ぎたからな、すまん」

「ううん、二人のせいじゃないもの。これは私が犯してしまった罰だから」

「そうなると、少しでも徒歩で進んでおいて、レイチェルの状態が回復したら空からってのが一番早いかもね」

「リリアーナの言う通りだな。馬の調達はできるか?」

「できるけど……アマカワの場合は走った方が速いんじゃないの?」


 ……いや、俺だって少しは楽をしたいんだが。


「じょ、冗談よ、じょーだん!」

「冗談に聞こえなかったんだが?」

「あは、あははー」

「……あの」


 俺とリリアーナがちょっとした掛け合いをしていると、レイチェルが申し訳なさそうに口を開いた。


「私、初対面の馬には乗れないの」


 ……初対面の馬って、えっ? どういうこと?

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