疫病神をやっつけろ!

「じゃ、それで頼むわ」


 目の前の一見好青年に見えるスーツの男性から銃を渡される。当然ながら、私はこんな物を渡されるような人間ではない。見た目は普通の拳銃のようだけど、本物なのだろうか。


「えっと、これ……」

「さ、行くぞ、話はそこでする」


 そんな流れで、私はこの彼と行動を供にする事に。一体何でこうなったの――?



 時間は少し前に遡る。以前勤めていた会社が夜逃げ倒産で一瞬で無職になってしまい、私はその日から再就職に向けて頑張っていた。

 けれど、この御時世だ。そんなに簡単に仕事先が見つかるはずもなく、連敗記録を作り続けるばかり。そんな日々に嫌気が差した私はバーでお酒を飲みまくって、そこから先の記憶がなかった。


「え?」


 次に気付いた時、目に飛び込んできたのは知らない天井。多分道端で泥酔して誰かに拾われたのだろう。はぁ……これが私の人生か……。せめてイケメンに拾われていて欲しい。


「う、頭が痛い……」

「お、起きたか」


 私が頭痛に苦しめられていると、想像とは違うものの、ワイルド系の男性が私を覗き込んできた。多分細マッチョな感じだ。良かった、これならまだ――。


「薬、飲め」

「あ、どうも……」


 私は言われるままに渡された錠剤を水で流し込む。うん、何だか効いてきたような気がするよ。


「あの……」

「よし、もう大丈夫だな? 行くぞ」

「えっ?」


 まだちょっと朦朧とする中、彼に外出するように促され、何故か私はその言葉に逆らえなかった。簡単に身支度を済まし、部屋を出てパンを渡されて、食べながら彼の後ろについていく。


「仕事欲しかったんだろ? 雇ってやるよ」

「は?」

「早く来い、紹介してやっから」


 どうして彼が私の事情を知っているのか。どうして彼が仕事先まで斡旋してくれるのか。その答えからお水な想像をした私は、頭の中でいざとなった時のシミュレーションばかりを繰り返していた。


 彼に連れられて来たのは組の事務所――ではなく、会社のオフィスっぽい部屋。従業員は男性の方が多いけど女性も割といる感じ。ただ、机の数の割に人数は少なかった。外回りの人が多い職場なのかな?

 私はその部屋の偉い人の前に通される。課長だか部長だか分からないけど、そんな感じの中年太りの人の良さそうな人は私の顔を見てニコリと笑う。


「うん、採用。頑張ってね」


 顔パスとでも言うのだろうか。まだ履歴書すら渡してないのに一発合格だなんて。訳が分からなくなった私は、その人の顔をじっと見つめた。


「あの、ここは何を?」

「ここはね、簡単に言うと悪霊退治とかそう言うアレ専門の会社」


 中々のトンデモ展開に私は全く理解が追いつかない。きっと誰かと勘違いしているんだ。人違いで訳の分からない仕事を任されてはたまらないと、私はその仕事に向いていない理由を訴える。


「私、霊感ないですよ」

「いやあるだろ、ほら」


 突然会話に入り込んできたのはさっきの彼。彼はおもむろに髪の毛を掻き上げ、普通の人間にはないふたつの小さな突起を私に見せる。


「そ、それ……まさか」

「そ、俺は鬼。理解した? この会社の社員、ほとんどそう言うのだから」

「いやーっ!」


 私は次々に襲いかかるこの不可思議な状況に頭を抱えてしゃがみ込む。何で? 何で私がこんな目に遭わないといけないの? 

 現実逃避してすべての外部情報をシャットダウンしていると、彼がじいっと覗き込んできた。


「もしかして自覚なかった?」

「私、お酒飲むとたまに幻覚が見える時はあるけど……」

「ああ、そう言う体質か。でももう大丈夫だぜ。さっきの薬で固定化されたから」

「えっ?」

「これでいつでもどこでも俺達が見えるぞ。じゃないと仕事にならんしな」


 さっきの薬って、アレ二日酔いの薬じゃなかったの? 真相が分かった瞬間、親切だと思っていた彼のイメージが音を立てて崩れ去る。霊感とか目覚めちゃったら普通の暮らしとか多分無理じゃん、ハメられた!


「じゃあ早速仕事だ、ほれ」


 鬼の彼はそう言うと私を強引に立たせ、拳銃をポンと軽く手渡す。初めて触る鉄の殺傷武器に私が驚くのは、ワンテンポ間を開けてからだった。


「こ、これ銃じゃない、私……」

「大丈夫、実弾は出ない。出るのは精神エネルギー。霊的なものにしか効かん」

「そ、そうなんだ」


 どうやら本物の銃ではなかったようで、私は取り敢えずほっと胸をなでおろす。とは言え、渡されたところで私がこの銃を使いこなせるかどうかは別問題だ。それに、そもそも銃を使わなけいけない状況になんて遭遇したくない。

 渡された霊用の武器をじっと見つめていると、彼が話を続ける。


「もうそれはお前の物だ。ちなみに弾は使用者の精神力だから撃ち過ぎんなよ」

「撃ち過ぎると死んじゃう?」

「ま、気絶くらいはするだろうな」

「ひえぇ……」



 その後、偉い人から鬼の彼とコンビを組むように言われて、なし崩し的に私は彼の運転する車に乗っている。拒否する事はいつでも出来たはずなのに、何故かそれが出来なかった。精神操作的なものをされているのかも知れない。


 移動中に私達はここで初めて自己紹介をする。鬼の彼、名前を善鬼と言うらしい。それっぽいねと言うと、先代から受け継いだものなのだとか。その話にあんまり興味がなかった私は、それ以上聞かなかった。きっと伝統的な何かがあるのだろう。


「今回の俺達のターゲットは疫病神だ」

「疫病神……あ、もしかして今世間で流行ってる……」

「ああ、あの病気は疫病神が流行らせてる。野放しにしていると花の種が拡散するように被害は拡大するばかりだ」

「まさか、あれが霊的な原因だったなんて……」


 彼の語る衝撃の事実に、私は開いた口が塞がらなかった。普通の人が同じ事を言ってもただの眉唾だけど、鬼が言うと信憑性のレベルが上がる。

 善鬼は私の反応を見て、情報の補足を始めた。


「いや、複合的なものだ。見えない世界で道が出来て、現実がそれに従う。だから疫病神を倒せばやがてこの病気の流行も収まる。俺達の仕事の重要性が分かったか」

「でも……私に出来るかな」

「その銃が使えるなら十分だ」


 彼はそう言うと、私に向かってサムズアップをした。どうやらかなり期待されているっぽい。私はそんな期待に押し潰されそうになってうつむく。


「でも私、銃なんて撃った事ない……」

「実践で慣れりゃいい。いたぞ」


 善鬼は車をかっこよくドリフトさせて止めると、そのままスタイリッシュに外に出た。釣られるように私もすぐに後を追う。

 やっと追いついたところで目に映ったのは、ズリズリとゆっくり動くヘドロの塊のような何か。


「キンモーッ!」

「馬鹿、気付かれる!」


 彼の忠告は手遅れだった。私の叫び声に反応した疫病神は、その腐った体から無数の手を伸ばす。触手系モンスターだあれーっ!

 私がパニックになって顔を青ざめさせながら何も出来ないでいると、善鬼が叫ぶ。


「触られるなよ、感染するぞ!」

「ひいっ!」


 怖くなった私は、少しでも距離を取ろうと一目散に逃げ出した。疫病神から伸びた手は手当たりしだいにあちこち触り始め、触った所が黒く変色して溶けていく。それを目にした私は、死にものぐるいで足を動かした。


「ひいい!」

「こっちだ!」


 物陰に退避した彼に呼ばれて、すぐに私はそこに向かう。疫病神の手は長さに限界があるようだ。物陰は死角にもなっていて、取り敢えずの安全地帯だった。


「俺が囮になるからお前が撃て!」

「え?」

「俺はそれが使えねんだよ。アイツはその銃でしか倒せねぇ」

「え?」


 善鬼は銃を使えない? 今知ったよそんな設定。じゃあ私責任重大じゃん。失敗出来ないじゃん。私に出来るの? 私にそんな事……。

 緊張で固くなる中、彼は疫病神に向かって飛び出した。


「とにかく、任せたからな!」

「ちょ……っ」


 銃なんてゲームでも撃った事ないのに、ぶっつけ本番でいけるのだろうか? そんな私の葛藤をよそに、善鬼は本来の鬼の姿に戻るとそのまま疫病神を抑え込んだ。


「早く撃て、そんなには持たん!」

「はいいいー!」


 私はもうヤケになって疫病神に銃口を向けるとトリガーを引きまくった。本当に実弾は出ずに、半透明の弾のようなものが撃ち出されていく。反動とかもなく、撃っている実感はほぼなかったものの、私の精神が使われているため、撃つ度にしんどさは感じていた。

 しかも、経験が足りないせいなのか、どれだけ撃っても疫病神に弾が当たらない。


「なんで~」

「ポンコツかよ。ちゃんと狙えよ」


 あまりに不甲斐ないので、善鬼からのきついツッコミが入った。初仕事で初挑戦の作業だよ。最初からうまくいく訳がない。

 私は手を震わせながら、何とか疫病神に狙いを定めようとする。


「くっ……」

「俺が絶対にコイツに攻撃させないから、ちゃんと落ち着いて狙え!」

「わ、分かった!」


 よく見ると、抑え込んでいる彼の体は疫病神に侵食されてじわじわと体が黒く染まっていた。このまま行くと、いくら鬼でも命の危険があるのかも知れない。

 そんな善鬼の覚悟を肌で感じとった私は、一旦銃を下ろして深呼吸、それから改めて構え直した。


「行っけぇ~っ!」


 この覚悟の一発が疫病神の身体を貫通。その瞬間、疫病神は断末魔の叫び声を上げる間もなく消滅していく。私達の勝利だ。


「やった……」

「やったな」


 最後の一撃で私は力を使い果たし、その場に前のめりで倒れる。心地良い疲労感が私を深い眠りへと導いていった――。



「あ……」

「お……」


 気が付くと、私達は隣り合ったベッドに2人並んで寝かされていた。私が倒れた後に善鬼も倒れてしまったらしい。ここは会社の医務室。私達が意識を取り戻すと、白衣の女医さんが近付いてきた。


「全く、無茶するんだからもー。でも無事で何より」

「あはは……」

「みちる、これからもよろしくな」

「こっちこそよろしくね、善鬼」


 こうして私はこの一風変わった会社に籍を置き、悪霊退治に明け暮れる事となったのだった。

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