フクロウ祭りの思い出

 僕の街には四年に一度開催される特別なお祭りがある。春に行われるそのお祭りの正式な名前を僕は知らない。みんなはフクロウ祭りって言ってたかな。


 今から八年前、僕は友達同士でそのお祭りに遊びに行った。いくつもの屋台があって、そのどれもが魅力的で、お小遣いをどれに使うかで悩んでいたっけ。人の数も多くて、ちょっと油断するとすぐに友達を見失いそうになって、結構緊張して屋台を巡っていたんだ。やっぱりはぐれてしまうと不安になってしまうし。


 その日の僕は友達の団体に必死についていきながら、くじを引いたり型抜きをしたりとお祭りを存分に楽しんでいた。

 僕はどっちかと言うとみんなが楽しんでいるのを見るのが好きだったから、そのままお祭りで賑やかな様子も楽しんでいたんだけど、この時に不思議なものを見てしまう。

 それは、ぬいぐるみのようなまるまると太った不思議なフクロウのような生き物。


「アレは一体なんだろう?」


 その生き物が気になった僕はすぐに追いかけた。謎の生き物は頑張って空を飛んでいて、その必死さもあって気になったのかも知れない。


「あっ」


 追いかけていた僕はその生き物が僕と同い年くらいの女の子の胸の中にすっぽりと収まるのを目撃する。その光景を目にした僕の好奇心が踊りだした。


「そのトリ、君が飼ってるの?」

「えっ?」


 流行りの女児アニメのお面をしていた彼女は、僕がいきなり声をかけたので驚いたみたいだ。可愛らしい声を発した後に、まるで僕の存在を確認するみたいにお面をずらす。そこで現れた女の子の顔は、僕が初めて目にするとても可愛いキラキラとしたものだった。

 素顔を見せた彼女は僕に向かって微笑みかける。僕はそのまるで芸能人のような可愛さに、かける言葉を失ってしまった。


「この子、トリって言うの。見つかったのは初めてかな」

「え……っ?」

「ふふ、何でもない」


 僕は女の子の言ってる事がよく分からなかった。ただ、あのぬいぐるみみたいな鳥がトリと言う名前だと言う事が分かっただけ。ただ、これで会話のきっかけが掴めたから、僕はそれがとても嬉しかったんだ。


「君はこの近くの子?」

「ううん。このお祭りが好きなだけ。ずっと遠くに住んでるんだ」

「そ、そうなんだ……」


 僕が見覚えのないのも当然だった。だって彼女は僕の知らないところの人だったのだから。多分、僕はその女の子の透き通る雰囲気に魅力を感じていたんだと思う。近所の子にはないその不思議な存在感を僕は何故かすごく心地よく感じていた。

 だから、僕は今日初めて会ったこの子に対して自然に声をかけられたのだろう。


「じゃあ普段は会えないんだ?」

「うん」

「あ、あのさ、折角だし一緒に遊ばない?」

「いいよ」


 こうして僕らは許された時間いっぱい2人でお祭りを楽しんだ。色んな屋台を巡ったり、屋台を離れて神社の方に行ってみたり、そこからの景色を眺めたり。神社に遊びに来ていた猫と一緒に戯れたりもした。

 その頃には、もう一緒に来ていた友達の事なんてすっかり忘れていたんだ。


 夕日が海に沈む頃、僕らの時間は終わりを告げる。人の数が減り始めてきた頃、前を歩いていた女の子はくるりと振り返った。


「今日は楽しかった。有難う」

「あ、あのさ、また会えるかな」

「うん、またお祭りの日にね」


 さよならの挨拶をした後、彼女は人混みの中に紛れていく。名残惜しくなった僕はすぐに女の子を探したけど、もう見つける事は出来なかった。それはまるで夢の後のような淋しさだった。


 翌日から僕は彼女を探しまくる。お祭りの時に色々と情報交換したはずなのに全然覚えていなくて、かなり遠くまで足を伸ばしたのにあの女の子の手がかりは全然掴めない。子供の頃の冒険なんて、本当は大した事ないんだけど。


 それでも次の4年後のお祭りには不思議と彼女に会う事が出来た。やっぱりきっかけは空を飛ぶトリだった。アイツさえ見つかれば後を追うだけであの子に辿り着く。彼女も僕の事を覚えてくれていて、だからこの日のお祭りもとても楽しかった。

 この時にはもう1人で遊びに来るようになっていたから、もう誰にも気兼ねする事なく彼女と2人でお祭りを楽しめたんだ。


 けど、1人で行動すると言う事はリスクもある。普段は友達と行動しているのにフクロウ祭りの日に限ってその付き合いを断ってしまったせいで、きっと誰かに会ってるんだろうって噂になってしまっていた。

 そんな噂が広がって、友達の弘樹が僕の机の前までやって来る。


「なぁ、正直に話してくれよ。一体誰と会ってるんだ? 女子だって噂もあるけど」

「え? いや1人で遊んでるよ」

「本当に? 俺の目を見て話せる?」

「と、当然だろ?」


 この時の僕の目は泳いでいたかも知れない。顔をそらしてしまったかも知れない。けど、弘樹は僕の言葉を信じてくれた。それからしばらくして、噂は自然に消滅していく。きっと弘樹が動いてくれたんだと思う。僕は次にお祭りに行く時は彼も誘っていいかなとか考え始めていた。


 だけど、その計画が実行に移される事はなかった。当時、フクロウ祭りを行っていた神社に移転の話が出て、あっさりとそれが実行される。場所が変わってしまった神社は、それをきっかけにフクロウ祭りを止めてしまったんだ。それが今から4年前の出来事。

 こうして、僕はあの子と会う手段を呆気なくなくしてしまう。


 長年続いていたお祭りが終わってしまうなんて全く考えた事もなかったから、僕は彼女の連絡先を全然知らなかった。お祭りが終わった事で一番ショックだったのはその事だ。フクロウ祭りでしか会えなかったあの子とは、これでもう二度と会う事が出来ない……。この残酷な事実を前に、僕は自分で自分を責めた。


「なんで連絡先を交換しなかったんだよ……」


 それからしばらくは塞ぎ込んでばかりだった。性格も暗くなって友達も減ってしまう。人付き合いも悪くなってしまったかも知れない。早く吹っ切らなくちゃいけないのに。


 4年の時間の間に僕は進学し、新たな出会いに新たな自分を演出する。いつまでも昔を引きずってはいられない。とは言え、進学してすぐはこの学校に彼女がいないか探し回ったりもしたんだけど。


 気がつけば前のお祭りからちょうど4年目の春がやってきていた。本当ならフクロウ祭りが行われるはずだったその日、休日で暇を持て余していた僕は何気なく窓の外に目をやる。すると、そこはあのぬいぐるみのようなフクロウが。

 見間違いじゃないかと何度も確認した。間違いない、アレはトリだ。僕があのヘンテコな生き物を見間違えるはずがない。


 そう確信した途端に、体が勝手に駆け出していた。アイツを追いかければ、きっと――。

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