第24話 トサミズキと外道の菖蒲

 今までに見たことないほど、ゾフィアの視線は敵対心を含んでいた。

「僕たちの正体……? な、何言ってるのさ。僕たちはフォーチュンの……」

「私が訊きたいのはだ。それとも、お前に訊いた方が良かったか? 

 

 ?」


 誰ひとり、身動きすら取れない張り詰めた空気の中、

 アイリスが、二人の背後で静かに立ち上がった。


「急に何言ってんだよ! そ、そんなの、アニメの見すぎじゃないのか?」

 小馬鹿にしたようにシオンが言うが、他の両者は微妙な距離を保ったまま何の反応も示さない」

「そんなことより、ゾフィアさんの言ってる計画、早く教えてよ!」

「シオン、ここを出ましょう」

 アイリスは強く言った。「彼女の言葉を聞かないで」

 足を引きずって踵を返そうとするアイリスと戸惑うシオンに、ゾフィアはせせら笑った。

「そんな状態でどこに行くんだ? ?」

 アイリスは振り返り、キッとゾフィアを睨んだ。シオンは割り入ることもできず、ただ二人を交互に見る事しかできなかった。

 部屋の外からモーター音が聞こえた。その音は徐々に近くなり、ドアを一枚挟んだ外側で止まった。

「来い」

 ゾフィアが呟くと同時に、ドアが外側に引き剥がされた。

 二本の白いアームが鉄屑と化した扉から指を引き抜き、不快な轟音と共に床に投げ捨てた。

「私だって暇を持て余していた訳ではない。この一週間で、お前たちの身辺について出来る限りの調査をした」

 ゾフィアは白衣の内側に手を入れた。その手に握られていたのは、細い腕に似合わない大型の拳銃。

「やはりこの二体はただの個体ではないな。さあ、教えろ。何のためにお前たちは地球で生きていた? これは取引だ。私に真実を教えれば人類を救う手助けをしてやる。……さあ!」

 アイリスは何も答えない。シオンも口を細かく震わせるだけで何も言葉が出て来ない。

「ここから逃げられると思うなよ? 私は、お前たちの『ワイズマン型』に細工を施した。

 ……現に、私の声がちゃんと聞こえただろう?」 

 シオンは、ゾフィアの声が頭の中で聞こえた不思議な現象を思い出した。

「……あのヘッドホンを、そのまま脳内に埋め込んだのですか?」

「それだけじゃない。もっと面白いことも出来るぞ」

 そう言って、ゾフィアはおもむろに拳銃の引き金を引いた。身を挺する時間も無い。シオンはきつく目を閉じた。

 発砲音が聞こえない。シオンはゆっくりと目を開けた。

 その瞬間、異常な視覚情報でシオンは平均感覚を崩し、地面に尻もちをついた。

「クソッ、何だこれ……!」

 目の前の視界がぐにゃぐにゃに歪んでいる。とてつもない吐き気と疲労感に襲われた。助けを求めようと手を伸ばすが、その指先は空を切った。遥か遠くにゾフィアの姿が見える、気がした。

「特殊な音波でワイズマン型の正常な働きを妨害する仕組みだ。

 もう一度言う。逃げようなどと思うなよ」

 ゾフィアは机に拳銃を置いた。シオンは経験したことのない不快感に、頭を抱えて地面に倒れ込んだ。アイリスは歯を食い縛ってシオンの元まで這い寄ろうとするが、手を伸ばす余力すら足りないようだ。

「私は人類の事など、どうなろうが構わん。だが『製作者』としてお前たちだけは見過ごすことはできない。いいんだぞ、このまま一週間拷問し続けてやっても。


 ……こいつらに少しでも希望を抱いた私が馬鹿だった」


 やっとの思いで姿勢を立て直したシオンに、ゾフィアは言い放った。続いてアイリスも頭を抑えながら起き上がり、ボロボロになったドレスの裾で口元を拭った。


「……分かりました。すべてをお話しします。

 私が生まれてきた意味と、私のこれまでの所業を」


 そして、アイリスは崩れるように椅子に腰を落とすと、息を整え、口を開いた。



「あなたの言う通りです。私は、二百四十万のフォーチュンを殺した、犯罪者だ」

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