第14話 捜索隊、山へ!

「お恥ずかしい話になりますが」


 主人がそう枕詞に話し出した内容はこういう事だった。

 この宿の長男であるミューリが、今朝から森にこの村の名産である『エリキ茸』を採取に出かけたまま帰らないらしい。

 エリキ茸は昔はこの村の近くでもたくさん採取出来ていて、町から商人が毎月のように買い付けにやってきていたという。

 しかし年を追うごとにその収穫量は落ちていき、ここ十年ほどは出荷出来る数が極端に減って、町では幻の茸とさえ呼ばれるようになっていた。


「それでも幻の茸を是非味わいたいと、それまで商人しか来たことが無かったこの村にたくさんの人たちが訪れるようになりました」


 そこで村人たちはそんな人たちを相手に商売出来ないかと考えた。

 といっても今では貴重なエリキ茸をそのまま売る訳にもいかない。

 そこで、エリキ茸を求めてやってきた人たちのためにこの宿を作り、ここでエリキ茸料理を出す事を思いついたという。


「そうやってこの村は今まで生計を立ててきたんですが……」


 数少なくなったエリキ茸を探し出すには熟練の技が必要で、村人といえども簡単に見つけることが出来ない。

 そして今この村でエリキ茸を探し出せるのはたった一人の老人だけ。


「本当は彼の息子とその友人が後を継ぐはずだったのですが、数年前事故で二人とも命を落としてしまって」


 すっかり意気消沈してしまった老人に、自分が後を継ぐと弟子入りを申し込んだのは主人の息子ミューリだった。

 ミューリはエリキ茸が採れなくなったらこの宿もこの村も終わりだと話す大人たちの姿を見て居ても立っても居られなかったらしい。


「親の欲目かもしれませんが、息子には才能があったようで、弟子になって半年でエリキ茸をある程度一人で見つけられるほどになりました」


 この村の近くには昔から何故か危険な魔獣が寄りつかない。

 そのために子供が一人森に入ってもそれほど危険では無いのだと主人は語る。


「もちろんこの村の子供だからですよ。町からやってきた子供が真似して森になんて入ったら生きて帰ってはこれないでしょう」

「しかしその息子さんも行方不明なんですよね」

「ええ、いつもは無断で森になんて行かないように言い聞かせていたのですが。もしかしたら私たちの話を聞いてしまったのかもしれません」

「ご主人の話を?」

「ええ、息子の師匠が先日怪我をしてしまって」

「エリキ茸採りの名人の方ですね」

「それでしばらくエリキ茸が手に入らないだろうから一時的に宿を閉めようかという話をしていたんです」


 幸い今までの蓄えもあるため、半年ほどは休業していても問題は無いらしい。

 そしてその間に人を募ってミューリと同じように老人からエリキ茸の探し方を教えてもらおうという話になっていたそうだ。


「いつもはこんな無茶をするような子じゃないのに。もしかしたら私たちの話を聞いて、エリキ茸が採れないとこの宿が潰れると勘違いしたのかもしれません」


 そう言って涙を拭う主人の肩にアシュリーが優しく手を置くとゆっくり頷く。


「自体は把握した。私たちも息子さんの捜索に加わらさせていただくよ」

『……だ』

「フォルは喋っちゃだめ! あ、もちろん私も賛成です」


 ディアナが開きかけたフォルディスの口をまた抱きかかえながら同意を示す。

 鬱陶しそうにディアナを振り払おうと顔を振っているフォルディスの足をアシュリーがぽんっと叩く。


「さぁ、息子さんを探しに行くぞ」

「お願いします」

「任せておけ。その代わり主人、私達が帰ってくるまでに自慢のエリキ茸料理を用意しておいてくれよ」

「はい、今村に残っているエリキ茸すべて集めて準備しておきます」


 そう言って頭を下げる主人にディアナは「フォルの鼻で探せばすぐだよ」と声をかけると玄関へ向けて小走りにかけていく。

 その後を『やれやれ』といった風情のフォルディス、そして苦笑いのアシュリーが続く。


 宿の外には中居が集めたのであろう村の男衆が数人、山登りの準備をしていた。

 既に辺りはかなり暗く、彼らの持つ松明の明かりが揺らめいている。


「お客様、どうなされましたか?」


 宿を出たディアナたちに村人を集め終えた中居が声をかける。


「私たちも捜索隊に加わることになったの」

「そういうことだ。この娘は役に立たないが、その使い魔と私は役に立てると思うぞ」

「お客様のお手を煩わせてしまってすみません」

「気にするな。それに私はこういうクエストには慣れている」

「冒険者の方でしたか」

「いや、元冒険者だ」


 アシュリーと中居が打ち合わせをしている間、フォルディスとディアナの元には村人たちが集まっていた。

 最初こそフォルディスに驚いていた彼らだったが、やはり花柄のファンシーなスカーフのおかげですぐにフォルディスは危険な存在ではないと理解出来たらしく、次々とその体を軽く叩いては「頼むぞ」「頼りにしてるぜ」と声をかけていた。


「みなさん。集まってください! これからの捜索手順を伝えます」


 いつの間にやら宿から出てアシュリーたちに加わっていた宿の主人が声を上げる。

 村人たちは三班に別れミューリがよくエリキ茸狩りに行く範囲をそれぞれ捜索すると決まった。


「それで私たちはどこを探すの?」

「我々は特にどこという決まりはなく、自由に捜索することにした。なんせこちらにはフォルがいるからな」

『うむ、任せておけ。むしろ我らだけで良いくらいだ』

「自信満々だね」

『当たり前だ。既にその子供の匂いを我は掴んでいるのだからな』

「なんだと。なぜそれを早く言わない!」

『お前たちが黙っていろと言っていたから黙っていたまでだが?』


 ふんっとそっぽを向くフォルディスに「だったらいちいち手分けなんてする必要がなかったじゃないか」と肩を落とすアシュリー。

 そしてただ一人フォルディスの言葉に「じゃあ早く迎えに行こう! 私お腹空いてきちゃったし」と脳天気な言葉を返すディアナ。


「どうしましたか?」


 離れた所で捜索隊の指揮をとっていた主人がアシュリーのそんな姿をみて心配したのか声をかけた。


「ああ、ちょっとな。どうやらフォルがお坊ちゃんの匂いを見つけたらしくてな」

「もうですか」

「ああ、今から迎えに行ってくる。そういうことだから先に捜索に行った村人たちが戻った待機するように伝えておいてくれないか?」

「エリキ茸料理作ってまっててね。私お腹いっぱい食べます」


 ディアナがフォルディスの背に飛び乗りながらそう告げる。

 続いてアシュリーも乗り込むとフォルディスは「息子を頼みます」と頭を下げる主人に背を向け、村を囲む壁を軽く飛び越えると森に飛び込んだのだった。

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