第13話 インガス村

「な、大丈夫だったろ?」


 先頭を村の中にある宿に向かっている途中、アシュリーが、まるで「言ったとおりだろ」と言いたげな風に歩みを進める。

 その後ろを奇妙な格好のままのフォルディス。

 そして流石に村の中でまでフォルディスの背に乗っているのは憚られたのか、その横を付きそうディアナ。


『たしかに我を門番の男は何も言わずに通したが、ディアナと同じような反応をしていたのが気になるな』


 村の門を今にも閉ざそうとしていた男は、先行したアシュリーの姿を認め手を止めてくれたのだ。

 そしてその背後をディアナを背に歩いてくるフォルディスに、一瞬だけ恐怖の表情を浮かべかけたが、背中のディアナと珍妙な魔獣のその格好を見てすぐに表情を崩し、三人を村の中に案内してから門を閉じた後、村に一軒んだけある宿の場所を教えて去っていった。


「でもこんな山奥の村でも宿屋なんてあるのね」

「そうだな。普通は街道沿いの村々くらいにしかきちんとした宿はない。だが」


 アシュリーが言葉の途中で足を止める。

 どうやら目的の宿に着いたらしい。


『ほぅ。こんな山奥だというのに立派な宿ではないか』


 目の前に建つ宿は、観光地や街道沿いの宿に比べれば小さいが、こんな山奥の小さな村には似つかわしくないほど立派なものだった。

 木造の大きめ一軒家なのだが、庭の木々も綺麗に剪定されていて、ただの民家ではない事を示していた。


「私、こんな宿に泊まるの始めて」

「ここまではずっと野宿だったからな。今まで普通のお嬢様だったディアナにはきつかったろ」

『そうでもない。こやつは初めて出会った時も普通に山の中で熟睡していたからな』

「あ、あれは婚約破棄されたり修道院送りにされそうになったり、山に登ったりして疲れ切ってたからしかたないじゃない」


 ぽかぽかとフォルディスを叩くディアナに、アシュリーが小さく笑いながらも「さっさと中に行くぞ」と告げると宿の扉に手をかけた。


「ミューリがまだ帰って来てないだと!!」


 今まさに扉を開こうとした時だった。

 扉の向こうから大きな声でそう怒鳴る男の声が聞こえてきた。


「はい旦那様、昼過ぎに山にエリキ茸を採りに向かったと、お嬢様から先ほど」

「もう日が暮れるぞ。まさか何かあったのでは……急いで村中の男衆を集めてくれ」

「わかりました」


 ガラッ。


 扉の前でどうしようかと立ち尽くしていたアシュリーの胸に、宿から慌てて飛び出してきた小柄な男がぶつかった。

 だが、元高ランク冒険者の体はその程度ではびくともせず、がっしりとその男を両手で掴む。


「ひいっ。す、すみません。慌てていたものですから」

「それはかまわないが、一体何があったんだ」

「あなた様はお客様でございましょうか?」

「ああ、つい先ほどこの村に着いたところだ。今日はこちらの宿で有名な茸飯をいただこうと思ってやってきたんだが」


 長身のアシュリーが小柄な男の目線まで少し腰をかがめその目をにらみつける。

 すると男はさらに萎縮したように震えだし「け、けっしてわざとお客様の胸に顔をぶつけたわけではございません。許してください」と目元に涙を浮かべ懇願しだした。







「アシュリー。その人怖がってるよ」

「ああ、すまない。別に私は怒ってないと言ったろ。それより何か問題が起こってるようだから我々が力になれるようなことなら手伝おうかとおもってな」

『お人好しだな』

「ヒッ……魔獣が喋っ……」

「お前は人前では喋るな。おびえるだろ」

『そやつがおびえてる相手は我では無くお主であろうが。まぁよい、黙っているから早く終わらせろ。我は腹が減ったのだ』

「た、食べないでくださいっ」

「大丈夫だ。こいつはそこの間抜け面した女の使い魔だ。人は襲わない」


 そんな話をしていると、今度は宿からもう一人恰幅の良い男が現れる。

 最初こそ宿の前で騒いでいる一行をいぶかしげな目で見ていたが、ディアナたちが客だとわかると一瞬で相好を崩す。


「お客様、お騒がせして申し訳ございません。わたくしはこの宿の主人でございます。ささ、どうぞ中へ」

「ご主人。この使い魔も一緒につれて入っても問題ないだろうか? 抜け毛は十分気をつける」

「はいかまいませんよ。ここには使い魔をお連れになるお客様も多くお泊まりになられますから専用の部屋がありますので」

「ありがたい」


 主人によればアシュリーにぶつかってきた小柄な男はこの宿の仲居らしく、主人に急かされ一同に一礼をするとどこかに走り去って行ってしまった。

 それを見送るようにしてから一同は玄関から中に入る。

 入り口の泥落としで履き物とフォルディスの足を拭いた後、部屋に案内される道すがらディアナが口を開いた。


「ご主人。さっき玄関で聞いちゃったんですけど、誰か茸を取りに行ったまま帰ってないって」

「……聞かれてしまいましたか……いえ、我々村の問題ですのでお客様は気になさらず」

「そう言われても聞いちゃったからには気になっちゃいますよ」

「ディアナ。お前、どんどん口調が軽くなってないか? まぁ、それはそれとして私も気になるな」

『……』

「……」

「私はこう見えても元冒険者だ。もし人手が必要なら遠慮せず頼ってもらってかまわない。それにこちらにはこのフォルディスが居る。人捜しならこいつに任せれば問題ないはずだ」

『……お』

「口開けちゃだめっ」


 何か文句を言いかけたフォルディスの口を、ディアナが両手で掴み閉じさせている間に部屋に着いたようだ。

 その部屋はフォルディスが悠々と横になっても十分余裕があるかなり広い部屋で、綺麗に掃除が行き届いている室内に、それなりに綺麗なベッドが四つも置かれている。

 大きめのテーブルに並ぶ椅子も四人分な所を見ると、この部屋は使い魔を別にして四人で泊まれる部屋なのだろう。


「今日は他にお客様もいらっしゃいませんのでこの一番大きな部屋をお使いください」

「ありがたい。このフォルディスは無駄に大きいからな」

「いえいえ。それと今夜の食事も無料にさせていただきます……その代わりと言っては何なのですが」

「ああ、話を聞かせてもらおうか」

「ふかふかですぅ」


 そしてディアナが部屋の奥にあるベッドに飛び込んで寝転がっている間に、アシュリーとフォルディスは宿の主人の話を聞くことにした。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る