第16話 2022年3月某日

「刑務所もパンパンだぜ…ったく」

 刑務官が軽く壁を蹴る。

『Covid-19』通称コロナと呼ばれたウィルスの感染拡大は1年を過ぎても止まっていなかった。

 新たなる生活様式、モラルに馴染めない人間が問題行動を起こし逮捕されている。

 検挙数は増える一方、収容する施設は許容量の限界を超えていた。

 数年前なら、厳重注意で済んでいたような行動も、もはや検挙案件に変わっている。

 その理由のひとつは、SNSなどによる情報の拡散、対象者の特定の速さは、もはや警察要らず。

 国民すべてが監視カメラを持って生活しているような有様である。

「ステイホーム」が叫ばれていた2年前には「自粛警察」なる用語が作られ、外出する者をネットで晒し、国民が叩くという図式が、ひとつのストレス発散になっていた。

 コロナ感染者などは、地元での生活を奪われ身元を隠して引っ越す、そんなことが当たり前の風潮だった。

 感染者が外出しようものなら、マスコミに追われる事態になる。

 休業要請も、利権が絡む風俗産業には強く言えないまま、感染の終息を阻害し、政治不信の矛先はコロナ感染者に向かっていく。

 性風俗への不用意な発言で消えた芸人もいた。

 パチンコ産業をスポンサーに持つマスコミ、政治家の偏った政策、外出を自粛という一方でホテル業界は休業対象外という矛盾、ホテルも一流ホテルからラブホテルまで対象外という、お粗末な有様。

 もはや、何が正しい行動なのか?

 誰も線引きが出来ないままに時が過ぎた。

 混乱の1年は、社会の秩序を急激に狭め、高くなっていった結果、感染者と犯罪者を増加させたのだ。


「どうするんだよ…」

 この日は異常だった。

 別の収容所、刑務所から続々と受刑者が、北海道へ移送されていた。

「なんなんだ…」

 もはや、留置所どころか、敷地内に拘束されたまま庭や廊下にまで受刑者が溢れている。

 元より、そういう人間が集まって来るのだ、そちらコチラで諍いが起き、もはや収集不可能な状態になっていた。


 そして…その夜、受刑者だけを残して、全職員は消えた。

 管内の消火用スプリンクラーが作動して、施設は水浸しになった。


「これで、この施設は閉鎖される…」

 政府職員が、翌日、見回りに来て呟いた。


 3か月間に渡り、この施設には受刑者が送り込まれ、同様の処置が取られ、半年たった今では、完全に埋め立てられた。


「囚人を食わせているのも税金なのよ…国民は、税金の無駄使いを許してくれないわ…」

 法務大臣がデスクでニコリと笑った。

「後は裁判を簡略化して…北海道は受刑者を送り込み、死ぬまで農作物でも育てさせればいいわ、あっ、それは私の管轄じゃないわね」


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