第11話 2050年7月某日

 グチャッ…ゴリッ…クチャッ…

「クカカカカ…カカ…グゴッ…ゲッ…」

 喉から奇妙な音を立てながら、自らの子供を貪り食う異形の母親。

 安いアパートの一室で、誰も気づかない惨劇、これが『SMP』の怖さでもある。


「がん…私が?」

「はい…乳がんです、今なら乳房を摘出すれば命に別状はないと思います」

「乳房を…ですか…」

「えぇ…まぁ女性には酷なのかもしれませんが、確か、まだ小さいお子様もいましたよね」

「…はい」

「その子の為にも…早期の手術を検討ください」


(なんで…こんなに運が無いんだろう…)

 進学を諦めたまま高校を卒業して、就職もせずに、デリヘルで日銭を稼いでいた。

 20代までは、面白いようにお金が貯まった、店のドライバーと関係を持って、子供が出来て…結婚した。

 だけど、風俗に身を置く男などロクな人間じゃない。

 ある日、口座の金が1000円単位まで下ろされていた。

 数百円しか残ってない口座…クレジットの支払い、それどころか水道料金すら引き落とせない。

 男は他の嬢と金を持って逃げた。

 30歳を過ぎて…明らかに客層が落ちた…系列の人妻店に席を移して、単価も落ちた。

 結局、風俗嬢など賞味期限がある商売なのだ。

 情けなくて涙が出た。


 毎日、10時間以上出勤しても、平日はお茶を引く日も少なくはない。

 客を掴むため、本番もする。

 病気を貰っても、休むこともできない…掲示板に病気持ちと書き込みされると、あっという間に指名が無くなった。


 抗生物質を飲み続けて、陰部に薬を塗って…挙句に癌だ。

「もう…死にたい…」

 アパートに帰ると、来年から小学生になる娘が、カップラーメンを食べていた。

 泣きたくなって…この現実…。

 私は、娘を蹴った。

 無言で何度も…何度も…

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 この子は何を誤ってるのだろう?

 勝手にカップラーメンを食べたこと?

 子供の嗚咽だけが暗い部屋の汚い壁に。こびり付くように滲む。

 電気が止まってるから、お湯も沸かせない。

 水を入れただけのカップラーメンが畳に零れていた。

「食えよ…」

 子供の頭を抑えつけて、固い麺に押し付ける。

「早く食えよ‼」


 ドクンッ…

 心臓の鼓動が乱れる。

「食えよ…食えよ…」

 ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…


「ク…くく…食え…クエ…食えよ…くえ…クカカ…」


「お母さん…お母さん?」


 ゴギンッ…


 2日後、アパートの隣の住人を食い殺した『SMP』

 通報されて駆除されるまでに5人を食い散らかした…。


「駆除したのは…あの嬢ちゃんか…」

 横関がアパートの前で煙草を吹かす。

 装甲車に乗り込む小柄なVAMPと目が合ったような気がした。

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