第13話 「上品な謎」と李老師、美しき中国茶の先生
けれど、先生の紅茶教室に参加するたび、説明のできない違和感、苦痛が積み重なっていたのは事実だった。
誰にでも、なんにでも、よいところと悪いところがある。ただ、その違和感や苦痛は少し我慢すれば気にならなくなったり、あとで、なるほどと納得できるものではなく、我慢すればするほど、積み重なっていった。
それでもその後、短くないつきあいを続けていたのは、今となってはよく分からない部分もあるのだけれど、自分の苦しみと被害を立証できなかったからと、月代先生が、私が行くと本当に幸せそうな顔をして、彼女なりに一生懸命に世話をやいていて、そのうちに悩みも一生懸命聞いてくれて、それが純粋に見えて、悲しませては悪いような気がしたからだ。ただ、正直をいえば、そこがかえってこういう件を複雑化させるように思う。
私と一緒にいる時、面識のある人――全員が見るからに経済的に余裕のありそうな、話し方もマダムという感じの人達だったが、知り合いなのか、近所の人なのか、友達なのか、仕事で関係のある人なのか、最後までほぼ知らされることはなかった――に会うと、月代先生はいつも、いきいきとしてこう言った。
「この子はね、新しいお友達!グルメライターさんでいらしてね、お若いのに、食のことならなんでもご存じなの。とってもいい子なのよ。〇〇(当時私が記事を書いていた中で、一番有名だったグルメ雑誌の名前)でも、記事を書いていらっしゃるのよ。……でもお紅茶やお茶のことにはうとくてね、ダージリンとアッサムの違いも、何も知らなかったの!だからうちのお生徒さんになったのよ。……けれど、いい子。お友達になれてよかったなって。ありがたいわ。おいしい店もたくさんご存じよ。二人でよく食べ歩いているわ。今度ご一緒しない?」
私の身元と、誰にでも確認できる雑誌、仕事でお世話になっているところをあかしているのに、「紅茶やお茶にうとい」「ダージリンとアッサムの違いも、何も知らなかった」と、知らない人に繰り返し言われるのは不安だった。厳しい審査の中、何度もチャレンジしてあそこで記事を書けたのに。
それに話が少し大げさになっている。ダージリンとアッサムの違いは私は知っていて、時々飲んでもいた。ただ、先生に、どちらの茶葉で入れたか知らされないまま出された紅茶の名前をあてられなかったことを、いわば、ずっと自分の都合のいいようにとらえて、他人に言っているのだ。そういうことは他にもあった。
「そう言うのはやめてほしい、やめて下さい」と何度も頼んだが、月代先生はいつものエレガントな、時に少女のような素晴らしい笑みを浮かべて、不思議そうな顔をして受け流した。
「おいしい店もたくさんご存じよ。二人でよく食べ歩いているわ。今度ご一緒しない?」
と呼びかけられると、そう言われた人達は、可愛らしいくらいに盛り上がった。
「素敵ーぃ。そういうの大好き!いいのーぉ?わーたーし、本当に行っちゃうわよォ!?」
と答えたマダムがいて、最初は上品に、とりすましたように話していたのが、その人の若い頃が透けて見えたようだった。
きれいな顔立ちの人で、服装や身だしなみも申し分ないし、こういう喜び方を男性はきっと好むことだろう。
こういう人がいいところの奥さんになるんだ、こういう人でも、普段はこういうしゃべり方をするんだな、と思った。
「いらっしゃいよ、お友達も連れて!あなたお顔が広いんだから。わいわいやるの、私、大好きだわ」
「そうそう、月子ちゃんは、実は昔から、わいわいが大好きーィ」
「やめてよォ。長いつきあいだからって。あなたは戦友よね。あなたみたいな友達がいて、嬉しい」
「そうそう戦友!月子ちゃんと会えると、あの頃が蘇って嬉しいな。じゃあ、絶対呼んでよ!」
こういうことはよくあったが、こんなにその場が盛り上がっても、この人との食事会も実現することはなかった。先生とこの人が一緒に食事をすることもなかったようである。
それに、「長いつきあい」「戦友」「友達」と言っているのに、月代先生の名前を「月子」と間違えている。
ある日、二人で食事をしたさいに、月代先生は悲愴感もなく、ただしみじみと、
「私ってば、本当にこういうことがない人なんだわ」
と言った。
こんな時、私は先生が本当に気の毒で、それに、あんなに盛り上がっていたのに、あれはなんだったんだ、とこれも正直いってうすら寒いものを感じていた。
「月代先生って気立てがいいのに、気がつかなくて損をしているのね。ちょっとわがままだけど憎めない感じ。不器用だけど、いい人なのよ」
と、帰宅するとよく話していたことを、今、思い出した。
そんな時、李老師は来日したのだ。美しすぎる中国茶の先生は、まるで絵に描いたように、豪華客船に乗って、横浜にやってきた――。(続く)
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