3章① リアル死に覚えゲー

 舞と出かけた翌々日、月曜の朝。

 朝食を食べた後、日課の笑顔トレーニングや、防音マスクをつけて二十分間朗読をする。

 続いて僕はブランドショップ『ヴィズマ』で買った服をまとう。

 頭頂部を引っ張って、姿勢のチェックをしてから陸奥大学へ向かった。

(おお)

 背筋が伸びているからか、景色が違って見える。それにお洒落して出かけるのって気分がいいな。新たな発見。

(まあ友達いないから、僕の変化に誰も気付かないんだけど)

 午前の講義が終わり、昼休みになった。

 僕はこの時間いつも、校舎と校舎の間にある、人気の無い場所で昼食をとる。

 静かな場所でYouTubeを見ながら、自分で作った豚の角煮入りの弁当をとる。なかなか幸せなものである。

 食べ終えて『満面の笑顔になって、無表情になる』メニューをこなしていると……

 向こう側から女性がやってきた。

 人気のない場所で満面の笑みをする僕と、目があう。

 女性はビクッとなり、駆け足で引き返していく。『刺される』とでも思ったのかもしれない。

 そして五時限目の『現代文学』の講義。

 階段教室に入る。

『友達を作るため、一日一人話しかける』が今のクエストだ。

 教室の隅に、この講義でいつも一人でいる男がいた。彼をターゲットとして、隣に腰を下ろす。

 ターゲットは怪訝そうな顔で、僕を見てくる。

 笑顔を返しながら『共通の話題』を探した。

『現代文学の講義受けてるってことは本が好き? どの作家が好き?』

 こう言おうとしたが……緊張のせいか声が出ない。

 結果ぼくは、いきなり隣に座って笑顔で見つめるという、かなり怖いヤツになった。

 ターゲットは不気味そうに、席を変える。

(つうかそもそも『共通の話題』以前に、挨拶だろ)

 反省しつつ、翌日――。

 階段教室で、一人でいた別のターゲットに「こんにちは」と話しかけた。

 だがよく見ると相手はイヤホンをしていた。音楽を聴いていたらしい。

 僕に気付いてイヤホンを外し「なに?」と聞いてきた。

 挨拶しなおすと、相手も挨拶を返してきて再びイヤホンをつけた。明確な拒絶のサインだった。

 ……その翌日も失敗し、三連敗。

 講義が終わったあと、学生服姿の舞と、大学の近くの公園で合流してベンチに座る。

 友達作り三連敗について話すと、舞は僕を見つめてきて、

「残念でしたね」

「そうだね」

「でも、一日一人の目標は達成してるじゃないですか。今だってセンパイ、背筋伸ばしてます。声の張りとかも、二人で出かけた時より更によくなっています。間違いなく成長してるんですよ」

 言葉を尽くし、一生懸命に慰めてくれる。

「相手に与える印象はよくなってます。間違いなく友達を作れる確率は上がってます。だから元気を――」

 僕は微笑した。

「ありがとう。でも別に落ちこんでないよ」

「へ?」

「失敗すると、改善点が見つかるだろ。それを直していくのが面白いんだ」

 一人目の反省……挨拶をしなかったこと

 二人目の反省……相手がイヤホンをしてるか確かめなかったこと

「改善して何度も挑戦できる。まるで死に覚えゲーみたいじゃないか」

 舞は呆れたように空を見上げた。栗色の髪が、夕日でキラキラ輝く。

「はぁ、センパイって、陰キャラなのに前向きですね。もっと落ちこんでると思ってました」

「ぼくは『ひとり至上主義』を掲げているんだよ。ひとりなのに後ろ向きだったら、どんどんドツボにハマっちゃうだろ」

 今日だって、舞のような可愛い子と一緒にいるのに、初対面の時ほど緊張していない。

 『女慣れ』というステータスがあるなら、間違いなく成長している。レベル上げみたいで楽しい。

「ただ、自分では気付かない改善点もあるかもしれない。それはひとりでいる弱点かもしれないね」

 舞は制服のポケットに両手をつっこみ、何かを考えている様子。

「センパイ、明日は何時限目に話しかけるんですか?」

「ん? 六時限目の『日本史』の講義にやるつもりだけど」

「その講義は、どの教室で?」

 なぜそんなことを聞くのか尋ねても、はぐらかされるばかりだった。


 

 翌日。五時限目が終わった。

 僕は六時限目の『日本史』が行われる階段教室に向かう。

 一度、いちばん後ろの席に陣取る。ターゲットがどこに座ろうとも捕捉できるようにするためだ。その間にも腕で口許を隠して、笑顔を作るトレーニングをする。

 学生達が次々に入ってきた。

 そして――今日のターゲットの男子が一人で入ってきて、前から三列目に腰を下ろした。熱心な様子で、赤いノートに書き込みをしている。

(行こう)

 立ち上がり、階段を降りて近づいていくと……聞き覚えがある声がした。

「がんばって」

(え?)

 僕は、それが気になって……

 段差で足がもつれた。

 視界が回転し、全身に痛みが次々と走る。気付くと階段教室の一番下まで落ちていた。

(いたた)

 すごい音がしたためか、教室中の学生が一瞥してくる。僕を笑う声もきこえる。

 高校時代の、イジメられる僕を遠巻きに笑っていた奴らを思い出す。

 立ち上がろうとした時――


「人が痛がっているのに、何がおかしいんだい?」


 突如響いたハスキーボイスで、笑いが止まった。

 その声の主は、ターゲットの男子。

 椅子から立ち上がり、笑った奴らに鋭い目を向けていた。非常に顔立ちが整っている。『イケメン』というより『可愛い』という感じ。

 身長は百六十センチくらいだろうか。だぼっとしたパーカーを着て、ジョガーパンツを穿いている。

 続いて気遣いに満ちた瞳で、僕を見下ろしてきて、

「大丈夫かい? 医務室へ連れていこうか?」

「そこまでひどくないよ」

「良かった……」

 心から、ホッとしたように笑う。

 続いて小さな手を伸ばしてきて、立ち上がらせてくれた。そして僕の全身を見て、怪我がないか確認してくる。

 ……彼のことが、一気に好きになってしまった。

(考えてみれば)

 僕の『ひとり至上主義』と、舞の『いっしょ至上主義』。

 そのどちらが楽しいのか知るため友達を作るなんて、傲慢な話だ。

 そんな事どうでもいいから、彼と話してみたくなった。

「あまり動いたら良くないかも。ボクの隣に座りなよ」

 まず彼が座り、僕は隣に着席。

 笑顔を作って、

「僕は月岡草一。文学科一年!」

 いかん。力んで声を張りすぎた。もっと絞らないと。

「ボクも文学科一年。みなづきあおい」

 彼はノートに綺麗な字で『水無月 葵』と書いた。動きの一つ一つに気品があるし、凄く良い匂いがする。陳腐な例えだけど『王子様』って感じだ。

「月岡君は、どこ出身? ボクは秋田なんだけど」

「宮城だよ」

「地元だね。じゃあ仙台のオススメスポットとか教えてくれない?」

 オススメの場所か。

 たまに一人でいく蕎麦屋? このまえ行った仙台エヴァース? 

(どこにしよう……ん?)

 ふと気付いた。水無月の前に、司馬遼太郎の文庫本が置いてある。しかも付箋が沢山ついていて、かなり読み込んだ様子。歴史好きかな?

 だったら舞に教わった『共通の話題』にできそうな場所を言おう。

「んー……仙台城とか」

「仙台城! 伊達政宗の居城だね!」

(よし、食いついてきた)

 歴史は『共通の話題』になりそうだ……なんかロープレでボスの弱点探ってるときみたいで、面白い。

 水無月はかなりの歴史好きらしく、目を輝かせて宮城史について語る。僕も詳しいので、うまくキャッチボールができている。

(好きなことを、誰かと話すのって楽しいんだな)

 このへんで『角度』をつけてみるか。

「でもさ。『伊達正宗のせいで、宮城県には美人が減ってしまった』っていう説もあるんだ」

 ええ? と水無月は興味深そうな顔をする。

 僕は理由を説明。

 伊達正宗は、たいへんな見栄っ張りだったらしい。ゆえに『俺の土地にはこんなに美人がいるんだぞ』とアピールするため、海外との貿易で、地元の美女を『輸出』してしまったのだとか。

 いま宮城にいるのは『輸出』しなかった人――美女ではない人の、子孫というわけだ。

「うーん。そうなのかなぁ。僕、宮城に来てきれいな子といっぱい合ったけど」

「その通り。完全な俗説、デタラメだよ」

 僕は、舞のことを思い出した。

「現に僕、宮城出身でメチャクチャ可愛い子と最近あったし」

 『げほっ』と、むせる声が後ろから聞こえた。振り返ると、女子が慌てた様子で顔をそらした。

(? なんだ?)

「うん。宮城は可愛い子多いよね。来て良かったよ」

 水無月がそう笑ったとき、教授が入ってきた。

 すると彼は僕に身体を寄せて、耳打ちしてきた。

「講義が終わったあと、どこかでもっと話さない?」

 反射的に頷き返す。

 生まれて初めて、友達ができたのかもしれない。

(――あれ)

 胸のあたりが、ホワホワする。

 すごく嬉しいぞ。

 『ひとり至上主義』を掲げる僕に、ふさわしくない感情のはずなんだけどな。



(……楽しそうですね、センパイ)

 わたしは今、センパイの少し後ろの席にいる。

 高校の授業が終わったあと、着替えて電車に乗り、ここ陸奥大学へ来たのだ。

 潜入は容易だった。少しメイクを濃いめにして、大人びた服を選べばバレることはない。

 さっきは思わず「がんばって」と声をかけてしまった。反応したセンパイが転んでしまったとき、駆け寄ろうかと思った。

 だけど、ターゲットの人が先に介抱してくれた。優しい人らしい。

 ……センパイが「宮城出身でメチャクチャ可愛い子と、最近あったし」と言った時は、むせてしまい、危うく気づかれかけたけど。

 授業が終わると、センパイは男性と談笑しながら出て行った。これからどこかで話すのだろうか。

(盛り上がって、もっと仲良くなれればいいな)

 センパイの『ひとり至上主義』か。私の『いっしょ至上主義』。

 どちらが楽しいかを証明するために、始めた勝負。

 結果は、私の勝ちかもしれないが……

(まぁ別に、それはどうでもいいや)

 大事なのは、勉強を教えてくれた恩人であるセンパイの生活に、彩りが生まれたことだ。

 ご機嫌で講内を歩いていると、持ち前の好奇心がうずいてくる。

(来たついでに、探検しようっと)

 学内は、非常に雑然としていた。

 酔っ払って寝ている学生がいるし、アニメキャラの胸像があるし(生徒が勝手に設置したらしい)、『大学当局は資本主義の豚! 授業料を我らへ返還せよ!』と手書きされた看板が立っている。

(カオス……)

 一番驚いたのは、艶やかなポニーテールの女性を見たときだ。あまりの綺麗さに見とれてしまった。数人の女学生に『写真一緒にお願いします!』と迫られていた。

 色々な人がいるものだ。

(にぎやかで楽しそうな大学。私もここに入れたら、センパイと楽しい時間を過ごせるかな――)

 そう思って、ハッと立ち止まる。

 センパイを追いかけて進学するみたいではないか。片思いか!

(いやいや、ないわ~。『ガウェイン』への恋心は、だっさいセンパイに対面した途端に消えたんだから)

 首を振って、否定する。

(……でも、いいところもあるんだよね)

 陰キャラなのに凄く前向きだし、わたしが教えたトレーニングで、着実に成長していく。

 それに先日の買い物は、結構楽しかった。間違いなく私は『月岡草一』さんの事が嫌いではない。

 私はいま、彼を男性としてどう思っているのだろう?

 兄の『サトにー』みたいで、放っておけないだけ?

「あ~……わっかんないな」

「何がわかんないの?」

 いきなり二人の大柄な男性に前をふさがれ、びっくりした。

 片方は短い顎髭をはやしている。パーカーを羽織り、だぼっとしたパンツを履いている。

 もう一人はシルバーの指輪をつけ、おそらくハイブランドのライダースジャケット。

 顎髭がわたしの全身――特に胸元をじろじろ観てきて、

「君、すっごくかわいいね~。一年生?」

 身を縮めながら、愛想笑いを浮かべる。

「そうです。あの、急いでるので」

 避けていこうとしたが、回り込まれる。

「いいじゃん少しくらい。どこのサークル入ってるの?」

「入ってないです」

「そりゃいい。俺たちのイベントサークルの部屋いかない? お茶やお菓子もあるよ」

 そう言って、近くにあるサークル棟を指さす。

 逃げようとしても、二人はたくみに通せんぼしてくる。しかも少しずつ、周りから死角になる場所に追いこまれている。

 そのしつこさと、好色な視線が怖くなってきた。

(ううっ……)

 チラチラこちらを見ている学生はいるが、厄介事に関わりたくないのか助けてくれる様子はない。

(こういうとき、WCOなら)

 パーティを組むガウェインがいつも助けてくれた。でも当然、現実にはいないのだ。自力でなんとかしなければ。

 でも脚がすくんで、立ちつくすしかない。


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