第21話 ちなみに従姉妹の特技は料理と書道です

 晴奈が帰ってきた途端、案の定かしゅみはもぞもぞと布団から這い出して、しゅみしゅみと鳴き声をあげながら晴奈の指先に巻き付いてきた。相当寂しかったらしい。非常に可愛い。晴奈とてかしゅみを突いたりして癒やされたかったのだ。柔らかいつきたての餅のような頬をくすぐってやるとすぐにご機嫌になった。この晩は晴奈と一緒に寝ると言って聞かず、かしゅみが寝床にしている弁当箱を極力晴奈の枕に近づけて寝ることになった。――そんな微笑ましい昨晩を経て、今。昼下がりの自室で晴奈は唐突に怪奇現象に見舞われていた。


――こつ、こつ。


 窓が、小さくノックされているのだ。何かがぶつかったというわけではなく、先ほどから意思を持って叩かれている。今ので三回目だ。確認だが、ここは二階である。足場になるようなものが窓の外にあるわけでもない。レースのカーテンの向こうで小さな何かが窓を叩いている。思わずお昼を食べて気持ちよさそうに寝ているかしゅみを突いて起こした。正直本当にかわいそうなのだけれど、かしゅみがいれば少しだけ勇気が出そうだと思ったのだ。


「んみ?」

「かしゅみくん、なんか窓の外にいるっぽいから今からカーテンを開けます。……怖いから一緒にいてくれる?」

「おっきくなろうか?」

「それはそれで怖いからとりあえずそのままでいて。」

「はぁい。……はい?」


 なんだか納得いってなさそうな声が聞こえたが今は窓の外を確認することが先だ。カーテンを掴み、息を吸ってから一拍おいて、一気に開く。


「…………。……!?」

「あっ。シンくん。」


 そこにいたのは頭のてっぺんが焦げ茶色な黄色い髪の、いわゆるプリン頭の妖精だった。Tシャツのようなグレーの服を着て、短い木の枝を持っている。それで窓を突いていたらしい。もちもちとしていそうな体をだるそうに窓枠に載せている。


「また……!また増えた……!」

「はるちゃん、このこね、かしゅみくんのおともだちなの!あけたげてー。」

「……うん。そうだね……。」


 窓を細く開けただけで湿り気を帯びた熱気が部屋の中へと侵入してくる。そしてその熱気と共に木の枝をその辺りに置いて小さな妖精ものそのそと入ってきた。そもそも妖精だと思ったが本当に妖精なのかは分からない。もしかしたらかしゅみと同じように――


「はじめまして。悪魔のシンです。」

「悪魔!正直に言えて偉いね!」


 なぜか褒めてしまったが大問題だ。妖精だけではなく悪魔まで遭遇率が上がっている。というか、今のところ妖精よりも悪魔の方が遭遇率が高い。これで実はあの見るからに善良でかわいらしかったイオリまで悪魔だったら悪魔にしか出会っていないことになる。流石にそれはないと信じたい。かしゅみがシンに親しげにくっついているのを見てひとまずはそのかわいさで心を落ち着かせた。


「シンくんがおそとにいるのめずらしいねぇ。どしたの。」

「かしゅみくんに会いに来たの。暑かった。暑いからくっつかないで。」


 ぐいっと引っ付いてくるかしゅみを自分から遠ざけようとしている。かしゅみのように人なつっこい訳ではないらしい。ローテーブルの上に載せてやると、シンは晴奈をぼんやりと見上げてため息を吐いた。失礼な話だ。


「仮契約のままなんだね。」

「えっ、見て分かるものなの?」

「あなたをというよりは、かしゅみくんの衰弱具合で。」

「し、シンくん!そういうこといわないでよ!はるちゃんなやんじゃう!」


 かしゅみは両腕を上げて抗議のポーズを取っている。


「だって、仮契約のままでいるのがどれだけしんどいか……今だって、すぐにでも成体に戻って――」

「しー!そうぞうだけではなさないでよね!」

「そうだけど……。まさかきみがここまで弱ってるなんて。やっぱり僕、人間と契約なんて反対だよ。」


 シンから恨めしそうな視線を感じる。よく見るとかしゅみに比べてツリ目だ。同じくツリ気味の眉をぎゅっと寄せて晴奈を見上げている。心臓を締めつける罪悪感。かしゅみが弱っていることは晴奈の目にも明らかだが、同族から見るとまた違った部分に衰弱具合が現れているのかもしれない。それもこれも晴奈が本契約を渋っているからなのかと思うと、急がなければ、と気持ちが逸る。晴奈は自然と背筋を正してシンを見た。


「仮契約状態ってやっぱり辛――」

「はーちゃーん!!」


 突如開かれた部屋のドア。飛び込んできた茶色いツインテール頭の従姉妹。かしゅみとシンは後ろにひっくり返っている。晴奈は心臓が一瞬止まった気がした。


「びっ……!びっくり、した……!亜里珠ちゃん!?」

「ん?ごめん。あーし、もしかしてノックしなかった?」

「しなかったよ!もー!……あ。」


 突如現れた一つ年下の従姉妹――亜里珠ありすの目は既に晴奈の方を向いていない。驚いてローテーブルの上でひっくり返っていたかしゅみとシンを見ている。ぬいぐるみだと偽ることももうできないこの状況に目眩がする。そもそも亜里珠が晴奈の思惑どおりに動くことなどまず無い。今だってそうだ。これはもう正直に話してしまった方がいいのだろう――晴奈がそんな思考を繰り広げ、口を開こうとしたとき、既に亜里珠はシンを摘まみ上げているのだから。


「えー!?なにこれ超カワイイんですけどー!」

「あわわ、かしゅみくん助けて……!」

「シンくんをはなせー!」

「しゃべったぁ!え、なになに?はーちゃんなにこれ!」

「今!今説明するから!ひとまず置いてあげて!」


 シンはテーブルに置かれた途端にかしゅみの後ろに隠れて丸まった。かしゅみはそれを庇うように仁王立ちのポーズで亜里珠を威嚇している。全く怖く無いが。かしゅみとシンを宥めつつ、晴奈はかしゅみのことを亜里珠に説明する。興味深そうに目を輝かせて聞いていた亜里珠は大きく頷いた。


「つまりこの超癒やし系激カワもちもち生物は……地球外生命体・妖精さん……!」

「だいたいそんな感じ……。」


 そもそも妖精ではなく悪魔だったのだが、そこは一応秘密だ。落ち着いたらしいシンを再び手の上に載せて亜里珠はジッと見つめる。


「かしゅみ君は飼い主はーちゃんだけど、シン君は?」

「いないよ。人間と暮らしたりしないもん。」

「ええー?里親募集とかしてないの?あーしもこの激カワ生物と共に暮らしたい……。」

「僕は飼い主なんていなくても大丈夫だもん。」

「っていうか亜里珠ちゃんは何しにきたの?」

「なんか夏休みの宿題多すぎてムカついたからストレス解消に筑前煮作ったんだけど、作りすぎたからお裾分けしに来た。冷蔵庫入れといたから食べて。」

「ありがたいけどチャイム鳴らしてね?あとノックもして?」

「それはマジごめん。」


 亜里珠はしきりにいいなぁ、と言ってシンを突いている。シンは抵抗するのも面倒なのか、されるがままである。


「マジでかわいい……。このツリ目とダルそうな感じがたまらん。うちにおいでよぅ。」


 この従姉妹はいつだって自分の欲求に忠実で、正直で活動的で外向的精神の塊だ。晴奈とは似ても似つかない。振り回されることも多かった。しかし、歳が近くて同性であるという理由で分かち合える悩みもあった。だから晴奈は亜里珠が嫌いじゃない。だが――亜里珠は、本当に突拍子もない人なのだ。


「かわいいねぇ……ちゅー。」

「あ。」

「あ!」

「あ……。」


 本能で、ソレを自分の手元に置くのなら口づけるのが一番手っ取り早いと悟ったとでも言うのだろうか――そう思ってしまうくらいに唐突に、なんの予備動作もなく、亜里珠は戯れにシンに口づけていた。亜里珠以外のその場の全員が声を上げたときには既にシンの小さな体は輝き、思わず目をぎゅっと瞑って次に開くとそこにはプリン頭の目つきの悪い青年がテーブルを挟んで亜里珠の手を握る体勢で座っていた。

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