第14話

オレはひたすら走った、持田に行き先を聞かずに。

けれど行き先は決まっていた。

学校。

彼らが拠点としている場所はオレが考える以外にそこしかない。

ただ足をひたすら動かす。

意識は早く学校に着くことだけを意識し鼓動だけが聞こえ、だんだんと外の世界の音が聞こえなくなっていく。

そのとき、オレの意識を呼び起こすようにポツリと声が聞こえた。

「止まって……」

ハッと我に返り、オレは走るのをやめる。

目の前には白石が立っていた。

黒くて薄いタクティカルベストを制服の上から着てハンドガンを手にしていた。

「白石」

「貴方が走るより、私とテレポートしたほうが早い……」

オレはうなずき、白石に近づく。

「つかまって……」

白石は手を差し伸べてきた。オレはその手をつかみ、目を閉じる。

すると以前、経験した立ったまま空中に浮くような感覚。

あの時は変な声を出したりしたが、今は変な声など出したりしない。

そしてそのまま落ちる感覚にとらわれる。

やっぱり目が回り気持ち悪く感じる。

ふっと手から白石の体温が消える。

オレは目を開ける。

ついた場所は学校の部室だった。

「やぁ、太一君、待っていたよ」

持田はいつものように椅子に腰かけ、コーラを飲んでいた。

「綾瀬川が裏切ったってどういうことだよ?」

「その言葉のままだよ。彼女は異世界人たちの勢力に加わったんだ」

ダグラの誘いに乗ったのか。何で?

「でも何でそれがわかったんだ?」

「さっき二十一時に組織から連絡が入った。彼女が裏切ったと。ただそれだけじゃない。彼女とダグラを含む異世界人、数名は組織が管理する研究所を占拠したとね」

持田は本当に厄介だといわんばかりの顔をする。

「厄介なことにそこの研究所にはまだ研究段階のワームホール発生装置がある」

「装置?」

「簡単にいうと何処でも異世界と簡単に往来ができる装置」

「それがなんの役に立つんだ?」

「以前、話したと思うんだけど異世界へ通じる、ワームホールはこちらからは行くことはできなかった」

そんなことを話していたなとオレは思い出す。

「けれど研究に研究を重ねた結果、ワームホールをつくりだし、こちらからあちらの世界へと繋がるワームホールを作ることに成功した」

「じゃあ、それを破壊すれば――」

「そうしたいんだけどね、問題がある」

「どうして?」

「科学者数名を人質に取られてる。迂闊に手を出せば多大な損害が出る」

「そんな…」

「しかも、彼らはワームホール発生装置を使って今夜、あちらの世界の全勢力で攻め込もうと実行しようとしている。明日の朝にはこの国が落とされる可能性も大いにある」

持田は鼻からフーとためていた空気を外へと出す。

「そこで組織の本部は異世界人数名とダグラを殺害することに決定した。それに加えて…」

「まさか…?」

オレは嫌な想像をしてしまった。それが嘘、オレの思い過ごしであって欲しい。

しかし、現実は変わることはない。

「太一君が想像しているのと同じだよ。組織は綾瀬川のぞみ、のぞみちゃんを殺害することに決定した」

「そ…、そんなあまりにも理不尽すぎる! 捕まえて話を聞いてからでも…」

「太一君、それは甘い話じゃないか?」

「そんなことは…!」

「ふざけたこと抜かすなよ」

持田の口調がいつもの雰囲気とはことなる冷たい感じの口調に変わり表情も一変した。

「彼女はこうなることを予測してまでも異世界人の側に寝返った、彼女の意思で! いいかい、綾瀬川のぞみは一番、向こうに渡してはならない人物なんだよ。彼女が向こうに行くことでこちらに危害を及ぼす可能性が大いにあるんだ。そこらへんの弱い超能力者とは異質なものなんだよ。それをキミは助けてあげてと。こちらの危険も考えずにね。君はそんな簡単に物事を考えるのか?」

「だからって今まで仲間だった奴を殺すのかよ!? ふざけんな! ちょっとは助けに行こうとか考えないのかよ?」

オレはつかみかかった。

「それができたらそうしてるさ、とっくにね」

「どういう意味だよ」

「すでに作戦の準備は整っている。あと一時間後には組織の部隊が彼らを襲撃する予定だ」

「なっ…!」

「だからキミが熱くなってもしょうがないんだ。彼女のことは諦めろ」

「そんなことで見捨てることはできない!」

「キミも聞き分けのない奴だ!」

持田がそういうのと同時にオレは宙を舞っていた。

「ぐあっ!」

一瞬で投げ飛ばされ、地面に叩きつけられていた。

持田はオレの胸倉を掴み、睨む。

「いいかい、綾瀬川のぞみは殺される覚悟で向こうに行ったんだ。太一君。キミを守るためにね」

「―――!?」

オレを守るため? 持田、アンタは何を言っているんだ?

「彼女はダグラに脅されてたんだ。キミを殺すとね。当然、彼女は迷っていたけどね。だから嘘をついたんだ」

「嘘?」

「……」

「転校するってことがか?」

持田はオレの質問に答えることなく、続ける。

「本来なら彼女の親から連絡があるはずなんだ。けど今回はそれがなかった。彼女の口から聞いた。そのときおかしいと思ったんだ。彼女は一週間近く学校へ来なかっただろう。それはダグラと接触していたからだ」

「じゃあ、組織は綾瀬川が裏切ることを知っていたんだな!」

「最初から彼女は監視対象だからね。けど彼女の心が変わることを祈って僕は彼女が戻ってくれることを祈った。けどこれがその結果だ。組織は彼女が何故、そんな行動に移った理由を調べた。その答えは簡単だった。いつもそばにいた存在。つまりキミだ。彼女にとって人とここまで関わったことがなかったんだろう。だからダグラにいつでもキミのことを殺せるといわれたとき、困ったんだろう。優しくしてくれた人を殺されたくないとね。でも彼女は今、自分から破滅を迎えに行こうとしている。君を救おうとしているのに本末転倒だ」

「……」

「彼女は自分から命を捨てに行こうとしてるんだよ」

オレはただ黙るしかなく、持田は掴んでいた手を離し、地面に這い蹲るオレを見る。

「もしキミがこれ以上、騒ぐんだったら―――」

持田はポケットからライターを取り出すと火をつける。

そして彼は自分の手を火に近づける。そしてその火を素手で掴む。

すると火は瞬く間に大きくなり彼の手を包む。

「―――僕だって容赦しないよ」

オレは離れている彼の手を包んでいる炎が発している熱さに顔をしかめる。

「…………」

「ものわかりがいいんだね」

持田は腕をふりあげ、下ろす、その勢いで火を消す。

「研究所はここから三十キロ以上離れた場所にある。ここからがんばって向かってもつく頃には作戦は終了しているよ。だからキミがどうのこうの言っても変わりはしないんだ。だからキミはここでおとなしくしていようか」

持田はドアの方へと歩いていく。

「優ちゃん。彼が変なことを起こさないようにそのまま見張ってて」

白石は短くうなずく。そして持田はそのままドアから出て行く。

オレは時計を見る。作戦開始まで後五十分を切っていた。作戦が開始されるのは十一時半ごろだ。

オレは立ち上がり、椅子に腰をかける。

全身から力が抜け、まともに立とうとする気力がない。

なんでこんなことになってしまったんだ?

それにしても綾瀬川は何を考えているのかわからない。あいつは何で死のうとしているんだ?

そんな理由が何処にある?

オレは記憶をたどる。

記憶をたどるなか、一つだけ引っかかることがあった。

綾瀬川が言っていた言葉だ。

『末原くんはこの場所にいて楽しい?』

一度、彼女がそういうことを言っていたのを思い出した。

綾瀬川は転校を繰り返して嫌気がさしていたんだろう。自分が素直になれる場所が欲しかったのかもしれない。だから彼女はあんな質問をしたのだろう。

けれど、今、オレにできることはない。

このまま綾瀬川を見殺しにしなければならないなんて……。

ん……。

ふと視界に影がさす。オレはうな垂れていた顔を上げる。

白石はオレの目の前に立っていた。

「白石…?」

「それが貴方の選択……?」

抑揚のない淡々とした声が静かな部室に落とされる。

「任務は実効される……。綾瀬川の命は確実にない……」

「わかっているよ、そんなこと」

「わかっていない……」

「何処がわかっていないって言うんだ!」

オレは怒鳴るように白石に感情という牙を向ける。

彼女の瞳をまっすぐに見るとそこには感情のない瞳が向けられていた。

しかし、明らかに彼女の今までの雰囲気とは違っていた。

「綾瀬川のぞみは貴方を助けようとした……。けれど貴方はただ落ち込むだけ……」

「だってどうすることもできないじゃないか! どうやって三十キロ以上、離れた場所まで行くんだ?」

「それがわかっていない……」

「だから――――!?」

白石はオレを制するように人差し指をこちらの唇にあてる。

彼女がオレを覗き込むその瞳には怒りというか、彼女の感情の片鱗が見えた気がした。

「考えて…。持田が私を残した理由……。そして彼が何で極秘事項を貴方に言ったのかを……」

「どういう意味――」そう口を開きかけたオレは口を結んだ。

………………?

持田が白石を残した理由?

極秘事項?

白石が言わんとしていることを必死で考える。

何故、持田があんなことを言ったのかを。

「…………。なぁ白石?」

白石はオレの口元から人差し指をどけ、話を聞く体勢になる。

「持田健人はオレに彼女を助けに行けって事か?」

白石は黙ったまま答えない。

ただ彼女はオレを静かに見つめる。

そう考えれば白石の言っていることがわかる。

持田はわざと秘密情報を漏らした。オレに怒ると見せかけて彼は全てを話してくれた。

オレはそれに気がつかずにただキレて彼に手をあげることしかしなかった。

それに白石をここに残した理由は彼女がテレポーターだからだ。

白石の力を借りればここから研究所へと向かうことができる。

「持田健人は貴方に綾瀬川のぞみを助けて欲しいと願っている……」

白石はただ感情の見えない瞳をこちらに向ける。

助けて欲しいと願っているか…。

あんなに突き放すようなことを言っておいてそんなことを願っているのかよ。

たいした嘘つきだな。

持田には悪いがオレはそういうキャラじゃない。

「白石…」

「…………」

「ありがとう」

「……。礼を言うのにはまだ早い…」

「そうだな」

持田や白石には感謝しないとな。

もう一度、オレに綾瀬川のぞみに合わせてくれるチャンスをくれたんだから。

白石は一度、頷くと手を差し出す。

オレは彼女の手を握り目をつぶる。

心が願うのはただ一つだ。

もう一度、彼女に会いたい。だから助けに行こう。

そう思い、体は中に浮く感覚を感じていた。

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