page.14 習慣

 朝だ。つる縁取ふちどられた窓から、太陽光がメイン・カメラに差し込む。アルバートから与えられた2階の一部屋で、ベッドから起き上がる。


 人形アンドロイドの私が、部屋を与えられ、ベッドで眠り、朝陽あさひで目覚めるその理由。彼女が、部屋へやって来た。


「おはよう。よく眠れたかしら?」

「エヴェリン」


 私は眠らない。はじめの一週間ほどはそう答え続けていたが、彼女には納得してもらうことはできなかった。いつの間にか、こう答えるようになっていた。


「おはよう」

「ええ、いいお返事ね」


 エヴェリンが笑うと、深いしわがよりいっそう深くなる。夜はベッドで横になるのも、朝陽あさひの時間に目覚めるようになったのも、彼女の教えを受け入れたためだ。


「下りましょう。今日はアルバートが朝ごはんを作ってくれてるのよ」

「ああ」


 エヴェリンは、私のマニピュレータをとって階段を下る。衰えた肉体で、ゆっくりと。


 彼女を抱き上げて運ぶことは、容易よういだ。しかし、それは何度もことわられた。自分の脚で歩くこと。それは大切なことらしい。


 ……まぁ、私もはじめて自分の脚で隊舎の床に立ったときは感動したものだ。エヴェリンにとっては、何十年も踏みしめているこの屋敷の階段でもそれが変わらないということだろう。


 キッチンでは、アルバートがスープとベーコン・エッグを作っていた。料理についても、私がやろうと提案したことがあった。オンライン・データベースにアクセスできない私には、ほとんど作れる料理はない。だから、アルバートとエヴェリンに教えを乞うたのだ。だが――


「さぁ皆席についてくれ、もうすぐできるよ」

「アルバート、やはり私が……」

「だが、君は食べられないだろう? 私たちが食べるものは、私たちが作る。自分のことは自分で。それが私たちのルールさ」


 こう、答えられてしまうと私には何も答えられない。私は家事人形ハウス・アンドロイドとしてここに来た。だが、それ以前に人形アンドロイドなのだ。要求されない家事を、勝手にすることはできない。


 席に着いたエヴェリンが、震える手でスープをすすりながら嬉しそうに言う。


「アルバート、今日はいよいよね」

「ああ、わかっているさ」


 そう言うと、アルバートがこちらを見る。


「ハルジオン、私たちは今日、となり街へ買い物へ行く。君もどうかな?」

「私は……」


 ついて行けば、できる仕事があるだろう。荷物持ちをしたり、買い物を手分けしてはやく終わらせてやることができる。


 だが、そう考えて一度彼らに同行したその結果は、悲惨なものだった。


「やめておく」

「君に選んでほしいものがあるんだ」

「……アルバート。強制されれば、私は命令に従う。だが、私を置いていくことを、強く推奨する」


 前に買い物へ同行したときのことだ。大都市ほどではないが人の集まるショッピングモールで、アルバートとエヴェリンには無数の非難の視線が向けられていたのだ。


 理由は他でもない、この私だ。


 あの事件以来、世論は人形アンドロイド排斥の主張を強めてきた。なんでも、地球の衛星軌道上に建設中の宇宙資源採掘中継衛星セカンド・ムーン人形アンドロイドたちの労働場所兼として運用する提案までされているらしい。


 今、この星から人形アンドロイド一掃いっそうしたいと考える者は多い。


 この老夫婦がなぜ私を迎え入れたのか、それが一番の謎だ。


「君がそこまで言うのなら、無理にとは言わない」


 席について朝食を食べ始める二人。エヴェリンがにこやかに話しかけ、アルバートがそれに応える。


 私も、用意された椅子に座る。食べられないと言っても、今日も席の前には料理が並んでいる。


 自分のことは自分で。それがこの家のルール。


 “私のこと”など、この家の何処どこにあるのだ。


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