第4話 坪野鉱泉

 俺の地元にも御多分に漏れず、心霊スポットというものがある。いくつかあるが、地元の人に心霊スポットってどこか? と聞くと大抵言われるのが『坪野鉱泉つぼのこうせん』だろう。この坪野鉱泉という場所は、名前の通り温泉施設だったんだが、プールなんかもあるレジャー施設だったという話もある。営業していた当時はテレビCMを流したりしていたらしく、そのためか近所にも坪野鉱泉の古びた看板を目にしたこともあった。だが、この坪野鉱泉が廃業したのはもう四十年近くも前の話で、俺の世代より上の人でもその詳細を詳しく知っている人はあまりいない。そのため、いろんな噂が飛び交っていて、結局この施設がなんなのか、正直なところ俺にもよくわからないというのが現状だ。


 この場所の有名な話として、営業当時プールで子供が溺死したという話があった。それがきっかけで客足が遠のき、廃業したという話がある。実際に事故はあったそうだが、廃業することになった直接的な理由としては立地条件だろう。坪野鉱泉は割と山の中のほうにあり、車でないとここへ来ることは難しい。加えて、バブル景気の影響もあり、市街地のほうに様々な施設が新設されたこともあって来客が減ったのではないかというのが理由とされている。


 ちなみにもう一つ有名な話として、ここに肝試しに行ったはずの女性二人組が行方不明になったという事件がある。これはオカルト好きな人なら一度は聞いたことがある事件だと思う。今から二十五年前の1996年に二人の女性が坪野鉱泉に行くと出かけてそこから行方不明になったという事件が起こった。警察もいろいろと情報を集めて捜索したが、結局二人は見つからなかった。以降も、情報はいろいろなところから集まり、二人が乗っていたという車も見つかったが、それでも二人の行方の手がかりにはならなかった。地元では拉致されただの、誘拐されただの、神隠しにあっただの、いろんな噂があり、様々な検証も行われた。


 それから二十年後の2015年に二人が乗った車が海に沈むのを見たという男性三人組の証言があったらしい。その証言を聞いて警察がどう動いたのか、それは知らないが、つい先日のこと、その二人が見つかったという話をネットニュースで見て俺は驚いた。二人は確かに男性たちの証言の通り、海の中に沈んでいた車の中にいたという。もちろん二十五年も経過しているため、二人は変わり果てた姿になっていたが、中にあった身分証明証で確かに本人だと確認出来たそうだ。


 しかし、おかしなことがある。というのも、二人が行ったという坪野鉱泉と二人が見つかった海というのが距離にして約四十キロほど。時間にして一時間半かかるくらいだろう。だが、おかしなというのは距離や時間じゃない。二人が住んでいた場所と海で見つかった場所は近く、ただ帰路につくのに回り道になるはずの場所へ行ったのだろう? という疑問が残る。考えられるとすれば海に行きたかったからと言われればそれまでだが、当時のその場所はそれほど周りになにかがあったわけでもなく、せいぜい堤防くらいなものだったと思う。ちなみに今現在のその場所はコンテナヤードとして使用されており、関係者以外立ち入ることが出来なかったため、発見が遅れたのだとも考えられる。


 さて、今回の話はいずれ書こうと思っていた話だったが、その坪野鉱泉の話を書こうと思う。この坪野鉱泉には前述した噂のほかにもう一つ噂がある。これは噂というより、注意事項と言ったほうがいいかもしれない。それは、


 1.白い車で行ってはいけない

 2.名前を言ってはいけない

 3.むやみに扉を開けてはいけない

 4.むやみに振り返ってはいけない

 5.むやみにモノに触ってはいけない

 6.一人になってはいけない


 他にもいくつかあったはずだが、俺が覚えているのはこの辺りだろうか。3~5までは不確かなものだから正しいかどうかは怪しいが、1、2、6はかなり有名な噂として出回っている。2と3はなんとなくわかるが、1の白い車で行ってはいけないというのは俺もよくは知らない。なんでもここはあまりガラのよろしくない方々の集まる場所だからということもあってか、それで白い車で行ってはいけないということを聞いたことがあるが、真相はわからない。


 前置きが長くなったが、本筋の話をしよう。これは俺が当時働いていた会社の上司から聞いた話。その上司は友達数人と坪野鉱泉に肝試しに行ったらしい。坪野鉱泉はまあまあ大きい建物らしく、その当時はまだ建物もしっかりしていたそうだ。もちろん落書きや窓ガラスなどは破壊されていたが、それでも歩き回るには十分なくらいだった。上司が目指していたのはオーナーが経営難を理由に首吊り自殺をしたとされる部屋だった。そこでは亡くなったはずのオーナーが現れるという話を聞いてやってきたという。


 荒れ果てたそこは確かに肝試しをするにはうってつけなところだった。夏だというのにひんやりとしてて、雰囲気もよく出ていた。オーナーの部屋のあった場所というのが三階の奥の部屋だということで、上司たちは二手に分かれてそこを目指すことにしたらしい。子供の霊が出るとされるプール跡を探索する班と、施設内を探索する班に分かれて上司はその施設内を探索する方にいたという。


 坪野鉱泉は鉄筋コンクリートでできた建物で、上司たちが行った時は廃業して十年ほど経っていたとか。誰も来なくなって十年経っていたとはいえ、少し修繕すればまた営業出来そうなくらいにはしっかりしてたという。


 一階から順番に部屋のドアを開けて見ていったが、面白そうなものはなかった。二階、三階と上がっていって、結局何も起きないままゴール地点のオーナーの部屋にたどり着いてしまった。部屋の前で待っていると、プールを探索していた班もやってきて、全員揃ったところで中に入った。中はもちろん他の部屋と同様、荒らされていて、オーナーがどこで自殺していたかなんてもちろん分かるわけもなかった。一通り探索した上司たちはじゃあ帰るかということでそこを後にしたらしい。


 坪野から出て帰り道、車の中では中であったことをやいのやいのと語りあっていた。上司自身、怖いという気持ちはあったものの、なにも起きなかったことにがっかりしていたそうだ。ちなみに、上司たちは車二台で来ていて、そのうち前を走る白い車に乗っていたのが上司だった。夜遅かったのと、なにも起きなかったとはいえ若干の緊張もあったのか、それが解けると少しうとうととしてしまった。瞼を閉じようとすると、急に目の前が眩しくなった。なんだ? と思って目を開けると、対向車のライトだった。車を運転していた友人が眩しいなと苛立っていた。対向車が通り過ぎるとまたうとうとしてきた。眠ろうとするとまた眩しくなった。再び瞼を開けるとやっぱり対向車のライトだった。それも二台連続でだ。なんなんだよ、と友人は明らかに不機嫌だった。また走ってると、今度は後ろからパッシングされた。後ろを走ってるのは友人の車だったからイタズラでもしてんのか、と笑っていたが、なにか様子がおかしい。すると、後ろでパッシングしていた車が、急に前に出てくると勢いよく止まった。友人も慌ててブレーキを踏んで車を止めた。


 危ねぇな。つーか、さっきからなんなんだよ、と思っていると、前の車から一人の男性が血相を抱えて飛び出してきた。そして運転席のドアを開けて俺たちに言ったのは、車の上に女の子乗せて何考えてんだ! と。


 は? 女の子? なんのことだよと思っていると、その男性は俺たちの車のずっと後ろを走ってて、車の上に女の子が腹ばいになって車にしがみついていたらしい。このままじゃ危ないと思って俺たちの前に割り込んで止めたという。しかし、後ろを走っていた友人たちはそんなの見てないと言うし、俺たちもそんなことをしていない。なにかの見間違えじゃないか、実際に乗っていた車の上には誰もいないし、男性もさっきまでいたはずの女の子がいなくなっていることを不思議がっていた。何もなかったんだったらそれでいいか、そう思って上司はまた車に乗り込もうとして、ふと車の天井を見た。すると、そこには明らかに人に手形がついていて、大きさからすると確かに女の子くらいの手の大きさだったという。上司は友人にそのことは言わずにいたが、特になにかが起こるわけでもなく、しばらくしてその車を手放してしまったから上司も忘れた頃にそのことを友人に話すと、ものすごく怒られたそうだ。ずいぶんと前の話だからその車はもうこの世にないと思うが、もし白い車に乗ることがあったら気をつけて欲しい。


 最後に、今回の話の中に出てきたお二方のご冥福をお祈り申し上げます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る