無音

「コーヒー、飲みたい」

歩美から放たれた言葉に戸惑いながらもカップを二つ用意する。

「あれからどう?お母さんとか、千紗ちゃんとか。」

「大丈夫だよ。なんとかなってる。」

「本当に?」

お湯を注ぎながら、聞き返す。

「本当に。」

「言いたくないなら別にいいけど。はい、お待たせしました。」

 いただきます、とカップを持ち、いつも店でしているように香りを嗅いで、一口を嗜むようにブレンドを飲む歩美を見つめる。何回か瞬きをして口許を手で隠す。

「思ってたより熱くてびっくりしちゃった。」

 泣くようなことがまたあったんだ、と勝手に心配しては口ごもってを繰り返した。

「ねえ、俺じゃだめかな。」


「私は一番になりたかった。一番だって言ってくれたのだってすごく嬉しかったのに。」

 子供のようにわんわんと泣く黒河を見て、修平は目の前が真っ暗になった。歩美なら自分の機嫌に身を任せ、泣き喚いたりすることもない。母だからと自負してるからだろう。いつもは可愛げが無いと思っているけれど、彼女ならこんな風に誰かを困らせることなどない。それは母になる前からのことだとは知らない振りをした。

 黒河のご機嫌取りにまたプレゼントでも買わなければいけないだろうか。こないだ旅行に行きたいと言っていたから、それをプレゼントしたら機嫌をなおしてくれるだろう。ただ宿泊となると歩美もいよいよ勘づいてしまう。ただそれで関係がフェードアウトできるなら願ったり叶ったりだ。過ちさえ犯さなければいい。

「そもそも過ちってなんだっけ、」

 気付いたら口からそんな言葉が漏れていたことに気がつく。

「えっ、」

「いや何でもない。」

「ねえ、なんで離婚してくれないの?なんで私じゃだめなの?」

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嘘つきとの上手な暮らし方 東雲みさき @out_in_out

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