タイムトラブルカップル

浮谷真之

タイムトラブルカップル

「リューちゃん! 借りてきたよー!」


 西暦2309年1月10日——日曜朝のまったりタイムが強制終了された瞬間だった。


「だからさ、ノックぐらいしてよ……」

「いいじゃん、付き合ってるんだし! もしかして、何か見られたくないことでもしてたのかな? ん?」

 そう言いながら覗き込んでくるツインテールの美少女は高崎峰瑠羽みねるば——通称ルバ。幼馴染であり、高校の同級生であり、なぜか今では彼女でもある。


「別にそういうわけじゃないけどさ、一応マナーってもんがあると思うんだ……。で、何? ほんとに借りてきちゃったの?」

「うん、ほら!」

 ルバはウエストポーチ型の元素圧縮バッグから銀色の機械を取り出した。


「ほんとだ、ハヤブサXだ。よく高校生に貸してくれたね」

 一見、手で持つタイプの体脂肪計にも見えるが、これは二人用のタイムマシン。使うにはライセンスが必要なはずだけど——。


「『星を見るだけならいいよー』だって!」

「いいのか、そんな激甘で……。で、しぶんぎ座流星群だっけ? それってここまでして見る価値あるの?」

「当たり前じゃん! っていうか、あたしは流星群も見たいけど、リューちゃんと一緒に流星群を見るっていうイベントをミッションコンプリートしたいの!」

「さいですか……」

「大体リューちゃん、高校生にもなってお腹壊すなんて、いつの時代だよ」

「すいませんね、どうせ僕は虚弱体質ですよ」

「うにゅー。まあいいや。ほら、着替え入れてー。他に必要なものは全部持ってきてるから」

 ルバはそう言いながら元素圧縮バッグの口をこちらに向ける。


「え、でもそのバッグって、ルバの着替えも入ってるんじゃ?」

「いいじゃん、別に下着が混ざっても。間違えっこないんだし」

「そういう問題じゃないんだけど……」

「気にしない、気にしない。ほら、入れたら行くよー」



 ——数分後、僕たちを乗せたドローンタクシーが離陸した。


「じゃあ、計画の詳細を説明しまーす」

「あい」

「まずはこのまま、景信山かげのぶやまの山頂まで移動しまーす」

「あい」

 僕がお腹を壊してなかったら、二日前の夜にいたはずの場所だ。


「山頂に着いたら、ハヤブサXで二日前の夜に飛びまーす」

「あい」

「そして当初の予定通り、明け方まで流星群を堪能しまーす」

「あい」

「夜が明けたら第二のお楽しみ! テントの中で夜までイチャイチャしまーす」

「へ?」

「うにゃ? 何かおかしかった?」

「えっと、当初の予定だとそこは家に帰って寝るはずじゃ?」

「ダメだよー。寝かせないよー」

 何そのセリフ……。


「だってさ、家には昨日のあたし達がいるから、家に帰るわけにはいかないんだよ。だから必然的に、山の上で丸一日イチャつき放題!」

「イチャつき放題って……。でもさ、タイムマシンがあるんだから、今日に戻って来ればいいじゃん」

「ざーんねん! ハヤブサXは一回使うと充電に二十四時間かかりまーす!」

「……予備の電池は?」

「ないよー。持って行くか聞かれたけど断った」

 うわー、確信犯だ……。


「それとも何? あたしと二人きりがそんなに嫌?」

「別に嫌じゃないんです……。体力が持つ自信がないだけです……」

「なに年寄りみたいなこと言ってんの。ほら、着いたよー」


 ルバは景信山の山頂に降り立つやいなや、ハヤブサXを取り出した。

「えっと、一昨日は一月八日だね。八時半頃から見え始めたらしいから、ちょっと早めの八時二十分っと。じゃ、行くよー。ハンドル握ってー」


 ハヤブサXの左右にあるハンドルを二人で一本ずつ握る。何の気なしに中央のパネルを見ると、「01082020」と表示されていた。……ん? あれ?


「しゅっぱーつ!」

「ちょーっと——」


 ミョーーーン!


「——待ったぁ!」


 遅かった——と思う間もなく、サウナのような猛烈な熱気が襲いかかってきた。


「ふおぉぉ! 一昨日ってこんなに暑かったっけ?」

「そんなわけないでしょ」

 地球寒冷化が問題になってる昨今、真夏でもこんな気温はありえない。僕もルバも慌てて上着を脱いだ。


「うにゅー、暑すぎでしょ。何これ?」

「それより、昼間だってことに気づこうよ」

「ほんとだ! あれ? あたし指定間違った?」

「それなんだけどさ、年を指定してなかったよね」

「あれ、そういえば……。でも八桁しか枠ないよ?」

「だったら年と月と日なんじゃない? あ、ほら! 『DDMMYYYY』って書いてるじゃん。Dは日、Mは月、Yは年だよ」

「ふみゅ。ってことは?」

「ここは西暦2020年8月1日ってことだね」

「マジかぁ。え、つまりこのタイムマシン、時間の指定ができないってこと? おかしくない?」

「いや、年を指定せずにタイムトラベルする方がおかしいから」

「うにゅー」

 まあ、電池は酸素さえあれば勝手に充電されるから、帰れなくなる心配は無いけど……。


「あ、タイムトラベルの話は控えた方が良さそうだね」

「うにゃ? なんで?」

「この時代の人たちがいるから」


 よく見ると山頂には登山客がちらほらいた。幸い、服装や見た目に大きな違いは無く、僕たちのことを怪しんでいる様子はない。江戸時代とか戦国時代とかじゃなくてよかった。


「このままおとなしくハヤブサXの充電を待とうか。テント張れそうな場所探すね」

 僕は携帯端末PDを取り出して、メモリーからこの時代の地図を呼び出した。


「えー、せっかく来たんだから観光しようよー」

「いや、でもこの時代のお金持ってないし」

「お金かぁ……。この時代のお金って、映画に出てくるメダルや紙切れみたいなやつ?」

「だね。電子化は始まったばかりみたい」

「うにゅー。タダで入れる観光スポットないの?」

「えっと……近場だと、高尾山たかおさんかな」

「隣の山じゃん! こことほぼ一緒じゃん! ってか二十四世紀にもあるし!」

「そんなこと言っても、交通費が無いんだから……あれ? 今ちょうどオリンピック——」

「ふぇ!? オリンピック!? どこ!?」

 ルバが目の色を変えて自分の携帯端末PDを操作し始めた。まずい、口が滑った……。


「おお、東京じゃん! 見に行けるじゃん! 行こ! 行こ行こ! 絶対行こ!」

 ああ、やっぱりこうなった……。


「だから無理だって。会場のチケットも交通費も無いじゃん」

「タダで入れるパブリックビューがあるみたいだよー。ってことは交通費さえあれば見れるじゃん! あたしに任せて!」

「どうすんの?」

「変態を見つけて、あたしの生脱ぎパンツを売っちゃうのだ! 恥ずかしいけど背に腹は変えられない!」

「え、それはやめた方が」

「なんで? あ、もしかして『俺以外の男にお前の下着を見せたくない』ってやつ? キャー♪」

「いや、そうじゃなくて——」

「違うんかい!」

「防音パンツなんて、この時代には無いわけじゃん? そんなものをこの時代に残していくのはまずいんじゃない? 歴史が変わっちゃうかも……」

「大丈夫、大丈夫! オナラしなきゃ、ただのパンツじゃん! 黙って渡せばわかんないよ!」

「まあ、それもそうか」


 ルバはトイレに飛び込んで爆速でスカートに履き替えると、男性登山客に片っ端から声をかけ始めた。相変わらず鬼のような行動力だな。よし、僕は何かあったらすぐ助けに行けるように——


「売れたよー!」

「はや!」


 こうして、交通費には十分すぎる金額があっという間に手に入ってしまった。生脱ぎパンツ、恐るべし……。というわけで、僕たちは山を降りてバスと電車で都心部に向かった。



「しかし、男の僕が言うのもなんだけど、生脱ぎパンツを買う変態って、いつの時代にもいるんだね」

「ほんとにねー。しかも、どう見ても男物のボクサーブリーフなのに、全然気づかずに匂い嗅いで鼻血出してたんだよー。あー、気持ち悪っ」

「へ? 男物?」

 それってまさか……。


「あ……てへっ♪」

「待てこらぁ!」

「ひいぃ、ごめん! やっぱりその、自分のを売るのは恥ずかしくなっちゃって……」

 ったく、何してくれてんの……。今度から絶対、着替えは自分で持とう……。



 数時間後——。


 パブリックビューがどういうものなのか実のところよく分かってなかったんだけど、行ってみると賑やかなお祭り会場って感じだった。僕たちは屋台で買った焼きそばを頬張りながら、大画面で陸上競技を観戦した。


「でもせっかくなら……ハムハム……生観戦してみたいねー。……モグモグ……そだ、マラソンなら……ウマウマ……直接見れるんじゃない? ……ゴクン……どこ走るんだろ?」

「食べるか喋るかどっちかにしてよ! えっと、マラソンは……札幌だって」

「え、なんで札幌!? 東京オリンピックなのに、おかしくない?」

「まあ、いろいろ事情があったんじゃない?」

「うにゅー、残念」

 よかった……。ルバのことだから「札幌まで行こー!」とか言い出すんじゃないかとヒヤヒヤした。


「それにしても、この時代の日本人の名前って、あたし達の時代と全然違うね。みねるばって日本人選手いるかなーって思ったけど、いないなー」

「まあ、ルバの名前は西洋系だからね。この時代だと西洋系の名前自体がまだ珍しいんじゃない?」

「そっかぁ……。でも、リューちゃんの名前だってこの時代じゃ珍しそうだよ? 小泉龍工雨りゅうぐう君?」

「いきなりフルネームで呼ぶなよ、気持ち悪い」

「うふふっ」


 こんな感じで、結局僕たちは閉会式まで毎日パブリックビューに入り浸って、三百年前のオリンピックを思う存分満喫したのだった。


 そして——。



「今度はちゃんと年も指定してね」

「分かってるよー。よし、入力OK! 今度こそ流星群を見に行くよー。ハンドル握ってー」


 ハヤブサXの左右にあるハンドルを二人で一本ずつ握る。中央のパネルを確認すると、「23090108」と表示されていた。今度は大丈夫そう……ん? あれ?


「しゅっぱーつ!」

「ちょーっと——」


 ミョーーーン!


「——待ったぁ!」

「リューちゃん、今度は何?」

「『DDMMYYYY』でしょ? 日から入力しないと」

「うにゅー、そうだった。ってことは?」

「ここは西暦108年9月23日だね……」

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