開戦

 アヴィータはかなりの大きさを誇る。上に行くにつれて徐々に細くなっているから、最上階から脱出するのは簡単だった。もちろん、ここは監獄なので見張りは定期的に巡回している────なぜか最上階の警備はそうでもなかったが。神の名の元に裁かれる罪人は逃げないとでも信じているのか、それともただの職務怠慢か。どちらでもこの国の将来が心配になる。


 しかし一階下の警備はかなり厳重なものだった。自然と歩みも遅くなる。そうこうしているうちにかなりの時間が経ってしまっているようだった。


「まずいね」


 またしても警備の兵が巡回していることを確認したウェルデンがぼやいた。


「そろそろ見つかっただろうな」


 いくらこの国の宗教狂いが凄まじかったとしても、流石にそろそろ俺たちが脱獄したことはバレるだろう。そうしたら一体どうなってしまうのだろう。ここの警備を担当しているのは近衛騎士団だから、軍よりは練度が低いだろう。しかし、数の暴力とは偉大なものだ。この塔がどんなに広かろうと、いつかは見つかるだろう。


「行けるところまで行こうよ。墜落死よりマシでしょ」


 らしくもなく、少し硬い声だった。アルフェの方を見ようとした瞬間、ウェルデンが止まるように合図した。


「……誰かいる」


 囁かれた言葉にぎょっとして通路の先を覗くと、そこには塔の大きさのわりには小さい螺旋階段が鎮座している。が、その前には十人ほどのケット・シーたちが剣を抜いたまま立っていた。


 一番前立つ、青髪の女ケット・シーの鋭い視線がこちらを射抜いた気がして、俺は慌てて首を引っ込めた。幸い、薄暗い塔の内部のおかげで気づかれはしなかったようだ。


「俺たちが塔から脱出するには絶対に階段を通らないといけない……階段の前で脱獄者を待つのは当たり前だな」


 溜息をつきたくなる。いや、ついたところでどうにかなると言うものでもない。敵の方針は当たり前かつ、非常に効果的だった。


「……ここでぐだぐだやってても仕方ないわ。やらなきゃ……」


「待って、殺しちゃダメだよ」


「……何を言ってるの?」


 アルフェが空を飛ぶ兎を見たかのような眼をした。ウェルデンはその視線に怯むことも無く静かに言う。


「君たちはあくまで『無実なのに』アヴィータに投獄されて処刑されそうになったから逃げる、っていう立場なんだよ?近衛騎士団を殺しちゃったら今度こそ国家反逆罪になっちゃう。そうなったら僕の仲間でも助けられないよ」


「そっか……でも厳しいんじゃない?あの数だと」


「努力する方向で行くしかないだろ、アルフェ。さもないと逃げた所で意味が無い」


 彼女は覚悟を決めたように頷いた。それを確認してから、ウェルデンは俺の方をちらりと見た。


「それで、どうする?」


「歌うと見つかるからアルフェは一回しか歌えない。あの重装備じゃ全員眠らせるのも無理だ。ウェルデンの魔法は戦闘向きじゃないんだろう?ということは……俺が一人で突っ込むしかない」


 悲しいが、それが現実だった。今回は三人もいるというのに、やっぱり俺が一人で前衛をやるしかないのだ。というか、そもそも特別隊には一点特化な魔法の持ち主が多く、完全な前衛を務められるのは俺とフェンくらいである。


「ごめんね、僕の魔法が使えないせいで……」


「ウェルデンは十分すぎるくらい俺たちを助けてくれたよ」


「……ありがとう」


 彼は力なく微笑んだ。アルフェが呼吸を整えながら俺に確認する。


「じゃあ、幻惑でいいのね?その後は?」


「加速で」


 俺は彼女に向かって頷きかけた。それから、気は進まないものの奴を呼ぶ。


『スカーレット』


『あーもう!!ようやく呼んでくれたぁ!!私もうすっごく暇だったんだよ!それで?それでそれで?今回は殺せないの?つまんないのぉ。じゃあさ……』


『うるさい。お前のお喋りに付き合っていたら日が暮れる……さっさと剣を生成しろよ』


『ちぇ、つまんないの〜。日なんてとっくのとうに暮れてるよ。まあいいけどね。再会祝いということで、代償はまけといてあげる』


 ひとしきり喚いて満足したのか、スカーレットは比較的大人しく俺の要求に応じた。微かな赤の光と共に、目の前に抜き身の長剣が姿を現す。


 俺はその柄をぐっと握った。すぐに馴染みの感覚が手のひらに返ってくる。それと同時に合図を送る。アルフェが息を深く吸い込んだ、瞬間。


 俺は十対一の地獄へと勢いよく飛び出した。





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