第三章 英雄

1、

 東京が消え去ろうとしていた、あの日。

 父親の体が下敷きとなり、少年はすんでのところで一命をとりとめた。


 近隣の病院に匿名の通報があったそうだ。

 あの日はたくさんの人が爆発に巻き込まれ、死傷者となった。手当てをされた負傷者には、目を覚まさない人の方が多かった。そんな中、事態の重要参考人として手厚く治療された少年は、ベッドで目を覚ます。


 数か月後、少年の手によってある文書が公開される。

 あまりにもショッキングな内容だった。根も葉もない作り話だと言う人も多かった。信じたくない人たちは、彼を「嘘つき」「ペテン師」と罵った。

 しかし、彼の文書は紛れもない真実だったと、米国の調査機関が公表する。

 無反応を貫いていた政府は、それを機に責任を認めた。矢面に立たされた数人の国家官僚が頭を下げ、怒号を浴びながら辞職した。それで事態は収束したかのように見えた。


 東京を救った少年は、英雄と呼ばれた。


 英雄は東京を救い、その代わりに、父親と右足を失っていた。

 英雄は褒めそやされ、もてはやされ、消費され、


 そして、ある日から論われた。

「人殺し」と。


 東京を救った英雄は、同時にたくさんの命を犠牲にしていた。

 誰も殺さなくて済む選択肢があったはずだと、多くの人が嘆いた。

 英雄をもてはやした人々は、同じように英雄を糾弾した。

 人殺し。人殺し。人殺し。


 失った右足に原始的な義足をつけたまま、彼はそれ以上の治療を拒否した。

 罪を贖うために不自由を背負った英雄は、


「ごめんなさい」


 その一言をだけを残して、二度と、表舞台に立たなかった。

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