「廃墟のレストラン」「ハイヒール」「仕舞う」

 普段はめったに履かないハイヒールとドレスをつけて着飾った妻と、久しぶりに外食をすることにした。私もめったに着ない背広と黒靴で着飾っている。

 ところが目当てのレストランは満員だった。やはり予約を取っておくべきだったのだ。落ち込んだ我々に給仕がこう囁く。

「大きな声では言えないのですが、ここから2ブロック先に今は使われてないレストランがあります。騙されたと思ってそこを訪ねてみて下さい」

 我々は騙されたと思って2ブロック先のレストランを訪ねてみた。土地開発区域に指定されてるせいか、辺りは廃墟同然の荒廃ぶりを示している。

「こんなところにレストランなんかあるはずないわ。きっと騙されたのよ」

「まあまあ、もう少し探してみよう」

 廃墟のレストランでは、薄暗い入口に猫がたむろしていた。彼らは我々を認めるとさっといなくなる。入口の扉にはこう書かれていた。

「当店は注文の多い料理店ですから、どうかそこはご承知ください」

 我々はそれから注文に従ってネクタイピンや財布や金物類を通路に置かれたロッカールームに仕舞い、壺の中のクリームを体によくすりこみ、酢の匂いのする香水をふりかけ、さらにミネラル塩を手に取ったところでようやく気がついたが、もう手遅れだった。

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