「桜」「みかん」「テンキー」

 彼女のように人が化する症例が一般化したのは、去年の冬の終わり頃だ。

 国際テンキー化症候群学会の発表によると、人がテンキー化する現象は紀元前のメソポタミアで最初に広まったらしい。紀元前にテンキーが存在していたことが明らかになり、当時はそうとう騒ぎになった。ワイドショーでも毎日取り上げられた。


 テンキー化はある日急に行われる。


 朝方、同じベッドに寝ていたはずの彼女の姿はどこにもなく、かわりに鮮やかな桜色のテンキーがそこにあった。彼女の勝負下着も桜色の模様だったのだが、それが関係あるかどうかはわからない。


 それからおよそ十月十日とつきとおかの後、机の上に放置していた桜色のテンキーの傍らに、小型のテンキーが唐突に現れていた。しかも二つ。どうやら妊娠していたらしい。十中八九、僕の子だろう。


 テンキーの好物は果物のようだが、人が見ている所では絶対に食べる姿を見せない。そのため、彼らの食生活は謎に包まれている。

 試しに蜜柑をそのままテンキーの上に置いたまま寝ると、翌日綺麗に皮が剥かれて平らげられていた。何となく、生前の(?)彼女の蜜柑の剥き方を彷彿させる、それはそれは丁寧な剥き方だった。

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