「本」「風船」「冷酷な殺戮」

 僕がまだ若い頃のこと。

 とある神社の境内の片隅で、とある老女が色とりどりの風船をあきなっていた。

「おばあさん、この風船いくら?」

 老女はジロリとこちらをにらみ、

「三百円」

 とだけ吐き捨てるように呟いた。僕は風船を受け取り、病室で寝たきりの妹のもとへ赴いた。妹は読みかけの本から顔を上げると、花のように微笑んだ。

「お兄ちゃんありがとう!」

 奇しくも、その日が妹の命日となった。


 妹を亡くし、何も手につかない僕は、何かに導かれるように再びあの神社の境内を歩き回った。その片隅ではあの日のように、老女が色とりどりの風船を商っていた。

 その風船の中のひとつに、病室で本を読んでいる妹の姿が映し出されていた。

「……おばあさん、この風船いくら?」

 老女はジロリとこちらをにらみ、

「何か映っているのなら、やめたほうがいい」

「いくらと訊いているんだ!」

 老女はため息をついた。

「金はいらない。その代わり、人を殺してきな。それが冷酷な殺戮さつりくであればあるほどいい。それがこの風船を渡す条件だ」


 僕は迷わなかった。

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