White Lead

書矩

White Lead

 他の人にとってはどうか知りませんが少なくとも私にとって「願い事」とは実現できるものに位置付けられました。

 常々私は絵を描いてみたいと思っていました。普段の私──絵筆としての私は絵具を塗りたくるのに使われるばかりで「描く喜び」等というものを感じたことなど有りませんでした。だから私を使う「画家」とかいう人間が羨ましくて堪らなかったのです。

 陳腐な方法かもしれませんが私は星に願いました。夜になる度そっと窓の外を見遣って願いました。晴れた夜も曇った夜も雨の夜も兎に角毎晩毎晩願いました。

 どうか人間に成りたいのです。

 そんな声が星に聞こえたかどうかはもう良いのですが私は何者かに人間にさせられました。魔術を使う悪魔の類いかと思われます。やはり心優しいのは天でなくて悪魔なのでしょう。その優しさで幾人もの人間が堕落したのです。

 私はこっそりと絵筆の列から抜けて画家の家の中に潜みました。画家は悪態を吐きましたが直ぐに他の筆に手を伸ばしました。しかし何か気に入らなかったようでそれも捨ててしまいます。代わりに画家は自分の手を使い始めました。私はそれを見て絵の描き方を憶えました。指で荒々しく叩き付けられた白い絵具は筆致に反してうつくしく思えました。

 数ヶ月が経つ内画家は次第に苦しみ始めました。昼間なのにぶつぶつと何か呟いたり頭を抱えたり壁に当たり散らしたりくらくらとして床に伏したりおかしな行動ばかりします。

 画家は絵が描けなくなりました。立てなくなったのです。画家は生きていられなくなりました。狂ってしまったのです。

 私は絵を描き始めました。手でそうっと絵具をカンバスに走らせたときのざらつきもひんやりした感触も私を昂らせました。画家の家には沢山の色の油絵具がありましたが一番多いのは白い絵具でした。私はそれを気に入りました。

 ああ本当に楽しいと思いました。身体の痺れも良く分からない疲れも頭の痛みも気になりませんでした。両手を白く染めて対象を塗り続けました。カンバスが尽きてしまったので壁を塗りました。ドアも家具も床も手の届くところは全て指を滑らせました。

 ぐたりと身体の力が抜けてしまいました。見える範囲全てがぐるぐるぐるぐると何だか面白く回っています。

 あー……と言ってみました。思考が続きません。四肢が繋がっているかも判らなくなりました。私の手足は何処に行ったのでしょう。もっと描きたいと私は……。

 ……私は何を言おうとして……? 混乱しているのを感じていますがこれは悪魔の所為でしょうか。ええ悪魔の所為でしょうとも。ああ多分嵌められたのです。

 一面の白──。

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White Lead 書矩 @Midori_KAKIKU

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