第9場 サービスの終わりが来た

ハルナ バカヤロー!

パンタ ひとり残らず、イノシシのウィルスで死んじまえ!

クレノ ……死ぬのは僕のほうです。(咳き込むのを隠す)

ハルナ クレノ君、私と、ずっと一緒にいてくれる?

パンタ もうないんじゃなかったの? そういう感情。

ハルナ することないんだもの、こんなことしか。

パンタ もう、ブタじゃないのに?

ハルナ じゃあ、人間もこんなことするのかな?

クレノ ……しますよね。ブタを食う人間は、恋も、喧嘩も、殺し合いも。

    でも、この異世界での人間は、俺たちにとっての、そう、鬼です。

    人を食う、鬼。その鬼になったら、何をすればいいんでしょうか。

パンタ 教師どもに聞いておくんだったな。

ハルナ 聞けば? いるよ、船の中に。

パンタ 何で? 降りたんじゃなかったのかよ。

ハルナ 生徒みんな残されるって決まったとき、全員ワクチン打ったんだって。

パンタ あんなに嫌がってただろ!

ハルナ 分かってたんじゃないかな? こうなるって。

パンタ とことん面倒見るってか? いい格好しやがって……!

ハルナ 長い修学旅行になりそうだけど、よろしくね。パンタ、クレノ君!


     追いかけるパンタと共にハルナ、去る。 

     残されたクレノ、膝を突いて咳き込みながらスマホを手にする。


クレノ ……でも、僕は限りある命を選んだ人間です。ブタじゃない。

    ブタは、空から降ってくるものです。

    

     咆哮。「Ring the alarum-bell! Blow, wind! come, wrack!」*6


クレノ ……このゲームでひと暴れしてから、帰ります。あの、惨めな現実に。


     降ってくる者を指鉄砲で撃とうとすると、矢文が飛んでくる。


クレノ アケチさんから?

 

     クレノの背後に、アケチが現れる。


アケチ これを読んでいるということは、まだサービスは終わってないな。

    餞別を贈りたい。

    ツクヨさんが解読したイノシシの言葉を、ブタの言葉に直した。

    君が打ってしまったワクチンの代わりだ。形見にするといい。

    

     アケチと入れ替わりにツクヨが現れて、暗号を読み上げる。

     1行ごとに、手紙を読むクレノの声が続く。 

   

      To-morrow, and to-morrow, and to-morrow,

      明日、そして明日、更に明日。

      Creeps in this petty pace from day to day

      毎日毎日、こんな抜き足差し足で忍び寄ってきては

      To the last syllable of recorded time,

      来るべき時を記した最後の一言にまで追いすがってくる。

      And all our yesterdays have lighted fools

      そして私たちの昨日全ては、分別なしどもに照らして見せてきた。

      The way to dusty death. Out, out, brief candle!

      埃まみれの死への道を。消えろ、消えろ、ロウソクのはかない灯!

      Life's but a walking shadow, a poor player

      人生はうろうろする影、三文役者に過ぎない。

      That struts and frets his hour upon the stage

      舞台で出番をひけらかしては持て余す。

      And then is heard no more: it is a tale

      そしてある時、誰にも相手にされなくなる。そう、それは物語。

      Told by an idiot, full of sound and fury  

      愚か者に語られ、喚き声と怒りに満ちている。

      Signifying nothing.

      そこに意味なんか、ありはしない。*7


クレノ ごめん、ツクヨさん。君のことは忘れない!


     クレノを取り囲む人影。


クレノ すみません、先生。受けます、単位追認試験。

 

     人影は通り過ぎていく。


クレノ あれ、ここでテスト受けるんだよね?

パンタ 俺たちには、学校も、テストも何にもないよ。

クレノ パンタ? 何で?

ハルナ だって、修学旅行じゃない。これから、ずっと。

クレノ ハルナさん? じゃあ、ここは?

パンタ クルーズ船の上だよ。あの島には向かわないけど。

ハルナ 漂流船じゃないの?

パンタ 燃料なくなったら沈んだりして。

ハルナ いいじゃない。不死身なんだし。ね? リーダー。

クレノ (咳き込む)あ、いや、これは……。

パンタ え……? あ、もしかして、ワクチン?

クレノ (身構える)違う! 打ったよ、ちゃんと!

ハルナ どっちでもいいよね。あ、別に気にしなくていいよ。

パンタ なんか、腹立つとか、そういうのもなくなったしな。

クレノ そうだ、帰れば……(スマホを見つめる)え?


     クレノの背後で、ブタたちが告げる。


ブタ  サービス、終了しました!


     ブタを題材にした曲(6)

     咳と苦痛にのたうち回るクレノ。

     無視して踊り続けるブタたち。

     這いずり回って助けを求めても、応える者はない。

     曲が終わると、ブタたちは駆け去っていく。

     客席に向かって「助けてくれ」というように手を伸ばすクレノ。

     沈黙の中、幕が降りる。

     暗闇の中、突然、大勢が一斉に叫ぶ。


声   ごちそうさま!


(完)

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スマホの殺戮ゲームで異世界に転生したら無敵のブタになって無双してました 兵藤晴佳 @hyoudo

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