戻って来た最凶

 あれから二日後。

 安眠をお約束する低反発枕にて、公言通りに安眠を貪っている俺は、神崎の往復ビンタで叩き起こされた。

「なっ!何すんだお前!?もっと優しく起こしてくれたっていいだろが!!」

 頬を押さえながら涙目で訴える。

「お客様よ北嶋さん。寝癖と着替えはちゃんとしてきてね」

 ……微妙に怒っている感じの神崎…

 はて?俺何かしたっけ?寧ろ何もしないで叱られているんだが。主に掃除と散歩のサボりで。

 まぁ、客だと言うのなら、身嗜みはキチンとしなければなるまい。

 そんな訳で寝癖以外はキチンと身なりを整えた。

 寝癖はぶっちゃけ直すのが面倒臭い。 ムースやワックスは嫌いなので、俺は主に蒸しタオルで直すのだが、それには洗面所に行かねばならない。

 洗面所は一階だ。来客は一階の居間だろう。

 ならば寝癖がついた儘、来客に挨拶する前に出くわす可能性がある。

 つまり寝癖をわざわざ直す必要は無い。

 そう、自己判断し、俺は一階に降りた。

「所長、おはようございますって寝癖っ!!」

 営業モードの神崎が思わず素になる程の寝癖だった。

「ちょっと!お客様だって言ったでしょ!!何その寝癖!?スーパーサイヤ人かっ!?」

 思わず突っ込みたくなる程の寝癖だった。

「流行りに乗ったんだよ」

「ただだらしないだけでしょ!!つか、そんなの流行ってないんだけど!!」

 ブチブチ文句を言いながら櫛でガリガリと俺の頭を『掻いた』。

 しかし久々の至近距離。いい匂いがするなぁ。

「神崎、ちゅーしようか」

「なんで!?しないよ!!」

 高速で仰け反り、距離を取る。

 こんなやり取りは婚約してからあんま無いので、新鮮だなぁ。

「くっくっ……」

 居間の方から女の笑い声。

「クライアントは女か?」

「そうよ。北嶋さんは既にお会いしているようだけど?」

 会っているだと?だから微妙に怒っているのか。

 よしよし可愛い奴だ。

「何ニヤニヤしているのよ?お客様を待たせているのは失礼でしょ?早く出る!」

 背中を押されて居間に入ると、その女は確かに既に会っていた女だった。

「霧月…架那哉だっけ?」

 凛とした佇まい。和装で細身の美人さん、霧月 架那哉は深々と頭を下げた。

「北嶋所長、ポストにお金を入れて帰るなんて酷いじゃないか」

 言って懐から封筒を出し、テーブルにつっと滑り出す。

「だから何回言えば解るんだ。あの馬鹿をこの街から放り出したのは俺だ。だから受け取れないって」

 寧ろ多大な御迷惑料を支払いたいくらいだ。

 だが、あの馬鹿の為に一銭も出したくないので出さない。

「そう言うな北嶋所長。本当に感謝しているんだ。何なら今から話す相談料として受け取ってくれ」

 相談料?つまり新たな依頼か。

「まずは話を聞こうか。神崎」

「はい」

 俺の隣に座り、目を閉じる神崎。霊視ってヤツを開始するのだ。クライアントが嘘を述べていないかを調査する為だ。

 もしも憑かれているのなら、そもそもこの事務所には入って来られないので、霧月のこれからの話が、単なる気のせいか否かを事前調査する形となる訳だ。

「うむ。では話そう」

 霧月は姿勢を正して語り出す。

「私の家は代々刀鍛冶をしている。その関係かどうかは知らないが、私は実は所謂予知夢と言うものを度々見るんだ」

 刀鍛冶と予知夢の因果関係は無いだろ。どんな理由だ。

「そしてこれは昨日見た夢だが……鹿島氏から解放され、久々にぐっすり眠れたから見たのかもしれないが、まぁ聞いて欲しい」

 前置き長げーな。いちいち真面目過ぎんだよなぁ。

「その夢とは、遥か天空から鷹のような巨大な鳥が背に剣士らしき者を乗せ、降り立って災いを齎すと言うものだ。その夢に北嶋所長、あなたも出ていた」

「鷹らしき鳥?剣士?」

 知り合いにそんな奴はいるが、無表情が災いを齎すとか有り得ん。

 んが、俺も出ていたってのが引っ掛かる。

 横目で神崎をチラ見すると、一つ頷いて応えた。つまり嘘じゃない、本当に夢で見た訳だが。

「そしてその夢には、恐れおののく一人の女性がいた。秘書さんを見て、私は背筋が凍えたよ」

 つまり……神崎?

 しかし神崎が恐れおののくとは、本当に有り得ん話だ。

 神崎に視線を戻すと、黙って頷いた。やはり嘘は言っていないって事か。

「神崎、この夢は予知夢か?」

「ちょっと…解らないわね……ただの夢にしてはアーサーとステッラらしき人物も出ているし…しかし……」

「無表情が災いを齎すとか有り得ないだろ。しかも神崎が怯えるとか、更に有り得ん」

「察するに巨大な鷲と剣士に心当たりがあるようだな北嶋所長。ならばやはりこの夢は予知夢だ」

 霧月は緊張する手で湯のみを取り、お茶を一口啜った。落ち着きを取り戻そうとしているようだった。

「やけに確信がある物言いだな?単なる夢の可能性も否めないぜ?」

「いや、北嶋所長。私が予知夢だと判断した時は100パーセント予知夢なんだ。今まで外れた事は無いんだよ」

「無表情が災いを齎すねぇ……」

 大体どんな予知夢なんだ?災いってのが漠然過ぎる。

 天災を起こせる程の奇跡を身に付けたとしても、ウチには守護柱がいる。どうとでも対処可能だ。

「あ……」

 神崎が何かに気付き、天井を見上げる。

「なんだ?」

 俺も見上げるが天井には蛍光灯くらいしか無い。

「違う、天井じゃなくで空」

 空?気になるから外に出て見るか。

「待ってくれ北嶋所長。私も行こう」

「霧月さんは危険だから中に入っていて下さい」

 神崎の言う通りでもあるが、此処は俺ん家、庭も俺ん家だ。危険は無いだろう。

「なんの。私は刀鍛冶。この様に、護身用に一振り帯刀しているから心配無用」

 言って腰に下げている日本刀を抜刀して笑う。

 つか、帯刀しているなんて今気付いたわ。

 銃刀法違反で捕まるぞ。その様に刀持ってコンビニに行って捕まった奴を知ってんだからな。

 他ならぬ俺だけど。

「神刀、とまではいかないけど、それなりに破魔の力を持っている刀ですね……それは霧月さんが作った刀ですか?」

「いや、これは尊敬する刀匠から貰った業物だよ。何故か結婚を焦っている少し歳上の刀匠が知り合いに居てね。『子供を作ろう。今すぐに』とよく口説かれたものさ」

 それは焦っているんじゃなく、単なる肉欲だろが。

 だが、まぁなんとなく解かった。

 鹿島の執拗なアタックを受けても、あの程度のダメージ出で済んでいたのは耐性があったからか。

 その刀匠に取り敢えず感謝しとけ。

 そう思いながら、俺は玄関を開けて外に出た。

 そして空を見上げる。

「別に何も無いが……」

「ほら、あそこ」

 神崎が指差した先に、ちっちゃい点が見える。

「あれがなんだ?」

「む?何かが此方に向かって来ているかな?」

 霧月に言われてよく見てみると、その点が徐々に大きくなってくる。正に俺ん家に向かって来ているな。

「翼……鳥か?」

「猛禽類みたいだが……」

 猛禽類?雉じゃなくて?

「万界の鏡を使いなさいよ……」

 神崎が呆れて進言する。

「仕方無い。グラサン着用すっか」

 と言う訳で、グラサンを掛ける俺。

「……あれは…無表情のグリフォンだっけ?」

 通りで雉に見えた訳だ。戦闘力も雉とどっこいどっこいなんだから、間違うなと言う方が無理だし。

「アーサーが何か荷物を持って来たようだけど……」

 神崎の言う通り、ロープで引っ張っているそれは荷物……と言うよりも拘束された人間のような?

 つか人間だ、アレ。

「あ!あれはっ!!」

 いきなり震えてへたり込む神崎。なんだいきなり?

「やはり此方に向かって来ているな」

 霧月の肉眼でもはっきり捉える事ができる程接近してきた無表情。

 そして、轟音の如くの羽ばたき音と共に、無表情とグリフォンが俺の庭に降り立ったのだ。

「なんだ無表情。何の用事だ?」

 フレンドリーに平和的に挨拶する俺。そんな俺を血走った眼でめっさ睨み付ける無表情。

 そして拘束された人間を俺に向かって放り投げた。

 俺は抱きかかえる訳でも無く、それをひょいと避け、無表情を睨み付ける。

「なんだ無表情、要するに俺に喧嘩売りに来た訳か?」

「ふざけるな北嶋!!神聖なるヴァチカンに厄を捨てたのは貴様だろう!!」

 グリフォンから降り、聖剣を抜いた。

 なんかマジっぽいが、厄ってなんだ?

「あ、あわわわわわわわわわわわ………」

 神崎は腰が抜けたように尻を地に付け、後退りまでしている始末。

「なんか解らんが、売られた喧嘩は買ってやる」

 神崎を怯えさせるなど、無表情の分際で生意気だ。

 草薙を喚ぼうとした俺。

「北嶋所長!!この人間はっ!?」

 霧月に言われて拘束された人間を見ると……

「かっ!!かかかっ!!鹿島っっっ!?」

 拘束された人間は素っ裸の鹿島!!

 しかも拘束がハンパない。腕、脚は勿論、目隠しされて、肩と腿に革製の高速具。

 まるでSMプレイのM男のような出で立ちだったのだ!!

「カシマと言う厄災をヴァチカンに捨てた罪は重い!!今回はマジで行くぞ北嶋!!」

 めっさキレている無表情。しかしだ。

「ちょ、ちょっと待て!確か鹿島はポリに捕まった筈だ!何故お前がわざわざ俺の所に連れて来た!?」

 完全に此方に非があるが、捕まった馬鹿をわざわざ連れて来た理由くらい教えて貰おう。

 酷く苦々しい顔で、取り敢えずは剣を降ろす無表情。そして鹿島を憎悪の眼で見た。

「この馬鹿な日本人を尋問した時に出て来たキーワード。そして霊視特化の騎士に視てもらった所、お前がヴァチカンに捨てたと判断したんだ!!」

「確かに俺はバカチンに馬鹿を捨てたが、お前がそんなにキレているのは小娘絡みか?」

 硬直する無表情。そして顔を真っ赤にさせて打ち震える。

「……あの馬鹿者は…たまたまヴァチカンに遊びに来ていたモードの前にいきなり一糸纏わぬ姿で現れて……カァワァイィイィ~と連呼し、抱き付いたんだ……この俺の目の前で!!」

 そんで小娘が泣き叫び、無表情がキレた、と。

 解りやすい程解りやすいな。

 鹿島なら普通にそれ位の事はやってのけるだろう。至極当然に、普通に。

「ほう、この剣、かなりの業物だな。材質は……何だろう?透き通るような鋼?少し貸して貰えないだろうか?」

 この修羅場、この状況に呑気に無表情が握っている聖剣の目の前に行き、しげしげ観察する霧月。

「な、なんだ君は?見ての通り、今は取り込み中だ。貸して?え?何を言っているんだ?」

 一気に素に返り動揺する無表情。なんか軽く動揺もしている。

「これは失礼。私は刀鍛冶の霧月と申す。貴殿の剣、素晴らしき出来映え故、つい我を忘れてしまった。申し訳無い」

 素直に頭を謝罪するが、その後がいけなかった。

「だから貸してくれないか?」

 もう貸し出しは決定との如く、ぬーんと手を出した。

「駄目に決まっているだろう!!これはヴァチカンの宝で、俺の師から譲り受けた大切なものなんだ!!」

 慌てた無表情は聖剣を抱き締めて拒否る。

「ぐああ!!手を切ったあ!!」

 アホな事に、刃を素手で握ってしまい、アホみたいに血を流しやがった。

 抱き締めた身体からもブシューっと噴水の如く噴き出す。

「ほう。凄まじい斬れ味。色々な刀を見てきたが、これ程の鋭い刃は見た事が無い」

 顎に指を当てめっさ感心するが、傍からから見れば馬鹿にしているようにしか見えなかった。

「ちょ、ちょっと、取り敢えず賢者の石で……はうっ!?」

 神崎の顔が蒼白になる。

「く………」

 霧月が苦虫を噛み潰した表情を作る。

「き、貴様……覚醒したのか……」

 血塗れになりながらも聖剣を構える無表情。

 そう。

 この騒ぎを聞き、気を失った馬鹿が目を覚ましたのだ。

 しかも全裸だった!

 しかも起きたばかりなので、股間が所謂『朝立ち』をしていたのだ!!

 色々最悪だった!!

 ぶん投げられた時に拘束が緩んだのか、目隠しが外れる。

 神崎を見て、霧月を見て……


「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!」


 自分が色々ヤバい状態なのにも関わらず、神崎に飛び付いて来た!!

「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!」

 目を見開いて滝のような涙を流し、ムンク宜しくの神崎!!

 俺は当然神崎の前に入り、鹿島を思いっ切りぶん殴った!!

「ぎゃあ!!」

 拘束されていたが故、脚は閉じていたがひっくり返った訳で。

 つまり、袋の筋まではっきりと見えた。

 つうか両腕両脚を拘束されながらも神崎目掛けて飛んでくるとは、やはり恐るべしだこの馬鹿野郎は!!

「この馬鹿野郎!全裸で!しかも熱くたぎらせて人の婚約者に飛びかかるな!!」

 肩で息をする俺。

 鹿島は頭を振って起き上がる。全裸で。

「……誰だっけ?」

「ああ、ああ、俺の名前は覚えなくていい。だから一言だけ言わせてくれ。失せろ」

 手をシッシッとやって追っ払う仕草をした俺だが、鹿島は周りを見てキョトン顔だ。

「つかここどこ?……確か俺は異国のロリータ少女と全裸で抱き合い、情事に及ぼうとした所、おかしな外人にぶっ飛ばされて気を失った筈……」

「抱き合ったんじゃなく抱きついて腰を振ってキスしようと迫ったんだろうがあ!!」

 無表情がマジギレして聖剣の柄の尻でガンと頭をぶっ叩いた。

「ぐああ!?」

 蹲る馬鹿。両腕両脚の拘束で芋虫みたいになっているが、まったく同情できない。

 つか、抱きつくのはまだ有り得るかもしれないが、腰を振るとかキスを迫るとか、馬鹿を越えて犯罪者だろ。

 しかも全裸で。

「剣をそんな風に扱うとはいただけないな」

 ムッとして無表情の前に出る霧月。

「……思い出した!俺は霧月さんと結婚するんだった!!」

 やはり飛びかかる馬鹿、芋虫状態なのに、びょ~んと。

 しかも全裸で。

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!北嶋所長!助けてくれえ!!」

「お前は俺の家で強姦しようと言うのか馬鹿野郎!!」

 回転して胴に蹴り。

「うごっっ!!」

 馬鹿はくの字になり、再び気を失った。

 しかも全裸で。

「はあ!はあ!やっと静かになったか!!」

「……お前が肩で息を切らせ、汗塗れになってやっと止まる相手なのか……」

 驚愕の無表情。そして神崎を見て――

「あの神崎が何の反撃の用意もできず、身体を震わせ丸まるしかできないとは……」

 改めて戦慄する無表情。馬鹿がどれほどの馬鹿なのか、朧気ながら理解したようだった。

「き、北嶋所長……鹿島氏だが、一応もっと拘束した方が良く無いか?」

 霧月の言葉に、真っ青になり震えながら何度も何度も頷く神崎。

「そうだな……行け!北嶋!!」

 三人が熱視線を俺に向けた。

「……え?俺がやる訳?」

 力強く頷く無表情。

「馬鹿全裸で滾らせているんだけど……神崎」

「私は無理……触りたくない……」

「え?俺の股間を触りたいって?」

「この場面でいきなり覚醒すんじゃねぇよ馬鹿野郎!!」

 みぞおちを蹴った。しかも爪先で。

「ぐおっ!?」

 クタッと白目を剥く鹿島。しかし股間は熱くなったままだった!

「な、なんて奴だ!!何故鎮まらない!?」

「寝ながらでも常にそんな事考えてっからだろ。確かボーナス貰った直後にソープを梯子して全て失った事がある奴だ」

「え?それはあまりにも馬鹿過ぎるだろう?」

 俺と神崎は同時に発した。

「「だって馬鹿だもの」」

「「ああ」」

 無表情と霧月も同時に同意の頷きをする。

 最早二の句は必要無い。


 馬鹿


 この二文字で事足りる奴だからだ。

「しかし、この儘では拉致が開かない。仕方ない。一時保留にしとこう」

 俺は草薙を喚んで抜刀する。

「北嶋所長、その刀、ちょっと見せてくれないか?」

「後にしろ刀フェチ」

 もう色々面倒臭いわ。

 空間に斬り付け、馬鹿を蹴って向こう側に転がす。

「なんと!何も無い空間を斬るとは!業物云々の話では無いっっ!!」

「で、今度はどこに放り込んだんだ?まさかまたヴァチカンじゃないだろうな?」

 あわあわしている霧月と対照的に、怒気を孕んだ目を向ける無表情。空間を斬るなんてのは何回も見せて来たからの余裕だ。

「安心しろ」

 まさか言葉も通じない遠い異国でも同じ真似するとは思わなかったから捨てたんだ。

 同じ日本人として、これ以上外国に迷惑を掛ける事はしたくない。国際問題に発展する。

 つか、国際問題にまで影響を及ぼす馬鹿って!!

「取り敢えず西日本にぶん投げた。同じ日本、しかも全裸だ。直ぐにポリに捕まるさ」

「印南に頼れば早いんじゃないのか?」

 ………………

 その通りだ!!天パに通報すりゃ済む話だ!!しかも馬鹿はポリに弱かった筈!!普通に不審者として引き渡しても問題無かった!!!

 激しく後悔した俺だが、また馬鹿を戻すのは御免だ。

「……まぁまぁ、まぁまぁ。直ぐに捕まるから」

「問題先延ばしじゃないか」

 呆れた無表情だが、神崎と霧月は何も言わなかった。一時でも馬鹿の傍に居たくないとの意思からだろう。

 その日の晩まで、俺は無表情に馬鹿の馬鹿伝説を知っている限り話した。

「そうか……それ程までの難敵なのか……」

 神妙な無表情だが、難敵じゃ無く迷惑な馬鹿だ。間違うな。

「恐らく、アダムの威光ですら女性を目の前にした彼を縛る事はできないわ……イヴの魅了なんか魅了される前に魅了され捲っちゃうだろうし……」

 まあ、概ね同感だ。あの馬鹿の戦闘力はゾウリムシレベルで全く大した事は無いが、恐るべきはあの病的なまでのポジティブさでの己に対する絶対的自信。

 全くぶれない目的の為に、見当違いな努力を他人の目を気にせずに堂々と行える事だ。

 アダムハゲの威光なんか女が傍に居たら眼中になくなるし、イヴの魅了なんか目が合ったから自分に気があると思い込んで捕らわれる前に果敢にアタックをする事になるだろう。

「あの神崎が…そこまでの評価を…………!!」

 戦慄する無表情だが、評価とか良い言葉で表現していないのは確かだ。

「まぁ兎に角、お前等バカチンにも迷惑かけたな。お土産も持って来ずに俺ん家に来た事は不問にしてやるから、それでチャラにしてくれ」

「割に合わないぞそれ」

 割に合わないと言われても、実際土産を買って来なかったのは事実。よってこれでチャラは当然だ。

「なぁ北嶋所長、鹿島氏は関西に飛ばしたんだよな?暫くは関西地方に行かない方がいいかな?」

 仕事の関係があるのだろう、霧月が微妙ながら怯えた表情で聞いてきた。

「関西は広いからな。余程の奇跡が無い限り「行かない方がいいです!絶対に行っちゃ駄目です!!」だそうだ」

 俺としては、奇跡的な確率でしか会わないとは思うが、神崎はそう思っていないようだ。

 奴と関わったら憑かれる。

 そこまで考える程、追い込まれているようだった。

「わ、解った。そうするよ。しかし困ったな……来月関西の方に仕事で行かなければならないのに……」

 頭を掻きながら携帯を開く霧月。

「それは?」

「ああ。スケジュール帳だよ。う~ん…関西方面の仕事を纏めたばかりなんだよなぁ……天気のチェックも毎日怠ってないし……」

 言いながらニュースサイトで天気チェックをし出した。

「丁度行く日が晴れなのも変わらない……ん!?」

 霧月が真っ青になりながら携帯を凝視したと思ったら、力無くその携帯を落とした。

「どうしたんですか霧月さん、携帯壊れちゃったらどうする……んんん!?」

 今度は神崎が目玉が飛び出さんばかりに携帯を凝視した。

「なんだ?何かあったのか?」

 聞いた俺に震える手で携帯を渡す神崎。

 なんだ?と思い携帯を見ると――


 今日未明、突如中華料理店に現れた全裸の男の身元判明。

 男は本日未明、いきなり全裸で中華レストラン『桃源郷』に飛び込み、女性従業員に『かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!』と迫り、店内を騒然とさせた。

 女性従業員が慌てて厨房内に避難すると、男は狙いを店内に居る全ての女性に変えて『付き合って貰えますか!好きだ!!』と言って追いかけ回したり、『俺の魂のソングを聞いてくれ!!』と言って箒片手にエアギターと歌を披露したりと暴れ回った。

 警察が駆け付けた頃には他の男性従業員に取り押さえられた後で、被害は最小に押さえられた模様。


 俺は力無く霧月に言った。

「……良かったな霧月……関西出張可能のようだぞ………」

「……ああ……彼は刑務所に居るだろうからね…………」

 このやり取りを見た無表情がボソッと。

「ヴァチカンの時と同じだ……………」

 無表情は更に言う。

「死刑は無理かな…………」

 無理だろうが、俺達全員がその案には賛成だったので、ただ頷いた……

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