鹿島雄大

 今日は石橋のオッサンと宝条が年始の挨拶にやってきた。

「あけましておめでとうございます石橋先生、宝条さん。すみません、此方が伺うのが筋なのに……」

 超恐縮して辞儀をする神崎。俺はふんぞり返っていたけど。

「いや、気にしないで下さい神崎さん。可憐から聞いた裏山を一度見て見たかったので。逆についでになった感じで申し訳ない」

 オッサンも頭を抱えて笑う。そういやオッサンは裏山を見た事がなかったんだっけ。

「よく来てくれたなオッサン、宝条。上がって寛いでくれよ」

 折角来た客だ。持て成してお年玉でも貰おうか。俺が宝条に上げる形になる方がデカいような気もするが。

「あ、先に裏山を散策していいですか?早く父にも見せてあげたいから……」

 舌をチロッと出して悪戯っぽく笑う宝条。うーむ、可愛い。これで晴れ着だったら最高だったのに。もう一月も半ばだから晴れ着も何もだけど。

「構いませんよ。ご案内します」

「いや、大丈夫です。ゆっくり見て回りたいので」

 神崎の申し出を心苦しそうに断るオッサン。まぁ、それがご希望ならそれでもいい。

 家に来た客は裏山散策を必ず行う。俺の手入れが行き届いている為に、素晴らしい散策路となっているのがその原因なのだろう。

「では行ってきますね北嶋さん」

 可愛らしいウィンクをして見せて、ツインテールを舞わせて裏山に向かう宝条、そしてオッサン。

 神崎は持て成す為の料理に気合いを入れるからと、早々に台所に引っ込んで行った。

 暫くして、オッサンが怪訝な表情で家に戻って来た。

「あれ?宝条は?」

「……いや、御柱の御供えを買ってくるのを忘れていてね、可憐を使いに出したんだが、戻って来ないんだよ……もしかしたら此方に来ているかと思ったが、此処にも居ないのか…」

 時計に目を向けると、オッサン達が到着してから既に1時間以上経過している。

「道に迷ったのかな?」

「その程度なら良いが……」

 心配するオッサン。その時、宝条が血相を変えて家に飛び込んで来た。肩で息を切らせて、汗だくになりながら。

「ど、どうした可憐?随分と疲れているじゃないか?」

 当然びっくりするオッサン。

「ハァ……ハァ……ハァ……し、しつこい男に……ハァ……ハァ……纏わりつかれて……ハァ……ハァ……」

「ナンパでもされたのか?」

 宝条は可愛いから、ナンパなんか楽勝でされるだろう。

「ナ、ナンパ?あれは嫌がらせですよ。あの眼鏡を掛けた小柄な男……あいつは馬鹿です!!」

 心臓が一つ、大きく鼓動した。

 眼鏡を掛けた小柄なナンパ男……


 鹿島 雄大……!!


 俺は確認する為にも、宝条に詳しく話を聞く事にした……


 柱の供え物を買いにスーパーに行った宝条。そしてほぼ同時に例の眼鏡の小男が宝条にニタニタしながら近付いて来たらしい。

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!暇なの?遊びに行かない?」

 ナンパに慣れている宝条は(自分で慣れていると言っていた)いつものように軽くあしらったらしい。

「今買い物中。忙しい。じゃ」

 眼鏡の小男をすり抜けるように通り過ぎたが、眼鏡の小男は再び宝条の前に立ち塞がって、その歩みを止めた。

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!これは運命だよ!!俺と付き合って!!」

「無理」

 またまた通り過ぎたが、またまた前に立たれた。

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!好きだ!だから付き合ってよ!!」

 いい加減にキレた宝条は罵った。

「解らないの!?買い物中!!忙しい!!好きな男の人居るし!!好きだ?私は嫌い!!付き合って?もっと格好良い人と付き合うから無理!!」

 肩で息をし、一気に捲くし立てた。しかし、結構酷い事を言っているよな。

 だが、その後信じられん一言が眼鏡の小男から発せられた。

「じゃ友達紹介してよ」

「はぁ?」

「友達紹介が無理なら付き合ってよ?」


 と、こんなやり取りをスーパー入店時から永遠と繰り返したそうだ。

「いくら言っても言っても、付き合ってと友達紹介してとしか……疲れ果てて逃げ出して来ました……あんな馬鹿本当にいるんですね……」

 間違い無い、鹿島だ!!鹿島 雄大以外にない!!

 確信を得た俺の背後で、カタカタと震える神崎が居た。

 俺は神崎の手をギュッと握って宝条に言った。

「宝条!奴には近寄るな!!奴は無敵な馬鹿だ!!何を言っても通じない、真性の銀河最強の馬鹿王だ!!」

「北嶋君……そいつを知っているのか……?いや、神崎さんの怯え様、相当な奴だな……」

 一時は怒りの表情をしていたオッサンも、俺達から何かを見たのか、神妙になり、ただ頷いた。

「近寄るなって……頼まれても、もう勘弁ですよ。暖簾に腕押しがこんなに疲れるとは想像もしていませんでした……」

 最早ギリギリの宝条。顔色も真っ青だし。

 しかし、宝条を一時間足らずで此処まで追い込むとはな……

 改めて、馬鹿王のポテンシャルに脅威を抱きつつ、俺はただ、近寄るなと関わるなを交互に発する事をやめなかった。

「し、しかし、そうなると、御柱の御供物は買って来られなかったのだな?」

「無理だよお義父さん……あんな状況で買い物なんかできないよ……」

 確かに、鹿島に纏わり付かれている状況で買い物は不可能だな。つか、こんな真っ昼間から(つっても午前中だが)迷惑行為をするとは、あの工場をクビになったのは本当のようだ。

 まあいいや。柱には毎朝神崎が供物を届に行っているのだから別に必要ないんじゃねーの?

 その旨を言ったら、渋い顔を拵えて首を横に振った。

「いや、そうじゃない北嶋君。君の御柱だからよく解らないのだろうが、これは敬意だ」

「暑苦しい葛西なんか結構裏山に来ているが、供物なんか買って来た事がねーんだが」

「そ、そうなのかい!?私が古いだけなのかな……」

 腕を組んで首を傾げて考え込むオッサン。暑苦しい葛西は常識がないだけだろう。だからオッサンの方が正しいと思うぞ。

「でも、ただご挨拶だけってのも……」

 宝条も供物をやりたい様子だ。その辺の考え方はオッサンの教育だろう。

「じゃあ商店街にでも行くか?つうか柱の供物の殆どは商店街から仕入れたものだが」

「でも、またあの馬鹿男に見付けられたら……」

 鹿島はアパートを追い出されて工場もクビになった。しかし、スーパーで邂逅したとの事なので、やはり神社から向こう側に拠点を築いていると推測。

「多分大丈夫だろ。何なら俺も一緒に行ってやるし」

 そうは言っても、あの馬鹿野郎と会ってしまったら宝条のディフェンスするくらいしか役に立てそうも無いが。町内の奴じゃ無かったらとっくにぶっ飛ばしているのに。

 そもそも町内で俺にビビらんとかおかしいだろ。俺ん家の惨状を知らんのか?

 ……引っ越してきたんだったか。だったら知らんか。つうかあの野郎、どこから流れて来たんだ?

「商店街もなんか怖いですね……他に何かありませんか?」

 他と言われても、繁華街は商店街とスーパーの二方向しかない。どうしてもと言うのなら、少し離れるが市場があるが、それもスーパーの方向だ。

「それならまだ商店街の方がいいかな……?」

「つうかオッサンが買いに行けばいいだろ?あの馬鹿は男には興味がないんだし、そこまで連れて行ってやるし」

「そうするか。じゃあ北嶋君、頼めるかな?」

 快く応じて車を出す俺。客が供物を捧げたいって言うのを断る道理もない。柱の連中も間違いなく喜ぶしな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 疲れ果てた宝条さんを家の中に招き入れてお茶を出す。

「喉渇いたでしょう?あの馬鹿男を相手にしたんならそうなるわ」

「ありがとうございます……神崎さんも何かあったんですか?神崎さんが他人に馬鹿男とかの表現を使う事にビックリなんですけど」

 そうかな?結構使っていると思うけど。心の中では。

 まあ、兎も角、鹿島 雄大の脅威を説明するのは吝かじゃないので、あの件を事細かく話した。北嶋さんが年末に巻き込まれた騒動も付け加えて。 

 流石の宝条さんも真っ青になってカタカタ震える。湯呑からお茶が零れるくらい震えていたし。

「あの北嶋さんが……」

「町内の人だからね。普段の北嶋さんの半分も力が出なかったみたいだし。それ程ウチはご近所や町内の方からの好感度が欲しいのよ」

 タクシーだってウチの前まで来てくれない事が多いんだから。宅配便だって在宅確認してからじゃないと来てくれないんだし。なんなら取りに来て下さいとまで言われる事があるんだし。

「でも、神崎さんの事だから、何か対策は取ったんですよね?馬鹿男が事務所に来ないような対策は?」

「それに関しては、御柱が勝手にやってくれるから。この家は家主に仇成す存在は近寄れもしないんだし。でも、そうね……職業柄って言うのかな?視たのよね、鹿島 雄大を……」

 そして私は語り出す。鹿島 雄大がどうしようもなく馬鹿だと言う事を……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――一年前。とある地方の海。

 友人達とキャンプをしに来た鹿島 雄大は全身で潮風を身体に受けて喜んでいた。

「いい天気だなー。絶好のナンパ日和だ!!」

 目の前には水着に着替えた目の保養がウヨウヨいる。今日この時ばかりは視姦だと警察に通報される事も無い、合法的に凝視できる喜びで万歳までする始末だった。

「どうでもいいからテントを張るのを手伝え」

 アウトドアが趣味の友人、塩田が日差しの強い中、帽子も被らずに汗を流しながらテントを張っていた。

「大丈夫だ。俺は女の子をゲットして来るから。お前は心置きなくテントを張ってくれ。俺は股間にテントを張るのに忙しいんだから」

「また捕まらないようにしてくれ。流石に海に来てまで身元引受人になりたくない」

 呆れながらスイカを冷やす友人、星川。ナンパは吝かではないが、この馬鹿と一緒なら成功率は0パーセントだな、と思いながら。

「そのスイカ、大事に扱ってくれよ?女の子と一緒にスイカ割りする為の物なんだからな!!」

 若干キレながらスイカを指差すが、更に星川が溜息をついた。

「俺が買ったんだろ、このスイカ」

「俺はそのスイカを持った。だから俺にもそのスイカをどう扱うかの権利がある」

 お金も出さずに友人が買ったスイカの処遇を決めるとは。

 またまた呆れたが、鹿島の望み通りにはならない事を星川は知っている。経験則で。

「よし、終わった。早速泳ぎに行くかな」

 テントを張り終えた塩田が泳ぎに行こうと提案する。

「はあ!?何言ってんだ!!出会いを求めている女の子が沢山いるこの状況で泳ぎに行くのか!?ホント馬鹿だなお前は!?」

「馬鹿に馬鹿と言われるこの屈辱はお前には解らないだろうが、確かに出会いを求めている女子も大勢いるだろうとは思うが、それ以上に家族連れのお母さんが多いのは見た目にも明らかだと思うが」

「その家族連れのお母さんをゲットすればいいんだよ!!」

「ほう。成程、お前の言う通りかもな。じゃあ旦那さんはどうすんだ?」

「手を取って駆け落ちすれば問題無いだろ!!」

「ほほう、成程、それはいい手だな。成功する見込みが限りなく0だろうけど、奇跡に期待する事は間違いじゃない。でも俺はやんないからお前頑張って」

 相手するのも面倒だと塩田は星川を伴って海に出る。この辺りは岩場が多く、少し泳げば離れ小島的な場所が沢山あるので、そこで晩飯を調達しようとの算段もあったからだ。

「勝ち戦を放棄するなんて、あいつ等は本気で馬鹿だな。じゃあ俺は女の子ゲットしてホテルでしっぽりと行くか」

 心底軽蔑した表情で友人等を見送った鹿島。振り返ると、もうそこには軽蔑の表情は無かった。期待に満ち溢れたいやらしい顔しか存在しなかった。

「あ、女の子発見!! かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!ねえねえ、一緒にスイカ割りしない?」

「え?あの、子供もいるんで……」

 流石有言実行の男、鹿島 雄大だった。普通に家族連れのお母さんに声を掛けていた。

 呆けたのは旦那さんだ。小さい子供を抱っこしながら今の状況を把握できないでいた。

「じゃあ二人っきりになろうよ!!あそこにテント張ってあるんだ!!」

 自分は何もしなかった、手伝いすらもしなかった、友人が張ったテントに強引に誘おうと腕をグイグイ引っ張った。

「おい、110番だ。こいつ、絶対おかしい。相手すれば多分こっちが悪くなる、精神的な病気の奴だ……」

 旦那さんが110番と言った瞬間!!引っ張っていた腕を離して、メガネをついっと持ち上げた。

「……折角海に来たのに、楽しい思い出を汚さないようにしましょうよ、お互い」

 何を言っているのか解らなかったが、この隙を逃すまいと、子供を抱っこしながらお母さんの手を取って走って逃げた。

「……まあ、コブ付きは俺の趣味じゃないからいいか。あ、女の子発見!!かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!ねえねえ、一緒にスイカ割りしない?」

「……あ、あの……知らない人に着いて行っちゃダメだって言われたから……」

 今度は小学生と思しき三人組に声を掛けた。いきなり声を掛けられたので、驚いたり怖かったりで涙目になって必死に断ろうとしていた。

「え?もう知り合ったから知らない人じゃないでしょ?だからいいって事になるよね。じゃあOKって事だよね?スイカ割りしよう!!」

 一人の手を取って引っ張った。流石に声を上げて泣かれた。

「コラあ!!お前何やってんだ!!こんな小さな子に悪戯しようとしているのか!!警察に通報だ!!」

 超凄みながら走って来たのは地元の青年団の方々だった。この様に地域の平和を守るのも青年団の役割だ。

「まだですまだですやってないです!!」

 腰を引かせて涙目で弁明する鹿島だった。警察に通報されれば間違いなく捕まるのを経験則で知っているのだから。

「やってないって……当たり前だろコラあ!!」

「そうだったら警察の前に俺達が殺しているわ!!君達、此処から去って。親御さんはどっちかな?」

 そう言って小学生女子達を親御さんの元に返す少年団。鹿島はその後ろ姿を見ながら呟いた。

「青い果実過ぎるから別にいいけどさ。つうか警察沙汰とかするか普通?この辺の奴等はホント空気読まなくて困るよな」

 見事に毒付いていた。恨みの眼をぶつけているし。

 この様に、手あたり次第、年齢、人数、家族構成を全く気にせず声を掛けまくった結果、鹿島の周りには人が居なくなった。これは『鹿島ゾーン』とも呼ばれる、鹿島限定の通常現象の一つだった。

「なんでいつも俺の周りから人が居なくなるのかな?」

 ぼやきながらも次のターゲットを捜す為にウロウロする鹿島。その時目に入った。

 離れ小島で女の子と一緒に貝を取ってはしゃいでいた星川と塩田の姿が!!

「あいつ等!!抜け駆けしやがって!!こうなったら俺もあそこに混ざるぞ!!」

 そう言って海に飛び込んだ鹿島だったが、思ったよりも深かった。と言うか鹿島は泳げないのだ。

 泳げないのに友人達が知らない女の子と一緒にはしゃいでいるのを見て、我を忘れて飛び込んだのだ。

 結果……

「おい!!溺れるって!!助けろよ!!ガハッ!!何やってんだよお前等!!早く助ゴフッ!!!死ぬって!!ガハッ!!助けろってばゴハッ!!」

 見事に溺れて海水を飲んでいた。

 星川達が気付いた時には、鹿島は星になる寸前だったようで、うつぶせで浮かんでいた。

 その後、無事救助された鹿島。残り少ない体力と気力を振り絞って……

「……い……一緒にスイカ割りしようよ……」

 それが最後の言葉となった。そのまま夜まで目を覚まさなかったのだ。

 因みに、鹿島が覚醒する前、星川はゲットした女子達と一緒にこの場を離れて花火を楽しんだようだ。塩田は夜釣りでもっと沖の方にゴムボートで出かけた後だった。

 スイカは鹿島一人で美味しく頂いた。海水のせいか、涙のせいか、スイカはいつもよりも甘く感じた……


――一年前、とある地方のデパート。

 季節はすっかり秋。もう直ぐで寒い冬の到来だ。そんな寒い季節には、人肌が恋しくなると言うもの。

 鹿島も例に漏れず、というか年中そうだが、人肌が恋しかった。なのでマッチングアプリを使い、そっち目的の女子とコンタクトを取っていた。

 何度もやり取りし、時には逃げられたりしながらも、どうにか一人の女子と約束できて、今日このデパートで待ち合わせしたと言う事だった。

 写メを見ると、どこぞのアイドル張りに可愛い。鹿島が張り切るのは当然と言える。事実普段着る事がないアルマーニのスーツをこの日の為に買ったのだから。ローンで。

 手にはプレゼントと思しき花束だ。言い忘れたが、鹿島の家は田舎もいい所。花束のスーツの男など存在しない田舎だ。よって目立つ事この上ないが、鹿島ゾーンのおかげで周りに人は居ない。

 もう一度言うが、此処は鹿島の家に近いデパートだ。狩場の一つでもある。鹿島ゾーンが出来るのは至極当然だと言える。

 そんな訳で誰にも邪魔されずに、送られて来た写メをニタニタ見ている鹿島だった。

 いや、ただニタニタ見ているだけじゃない。この後の展開をシミュレーションしていた。馬鹿ゆえに脳みそが入っていないんじゃないかと思われがちだが、ハムスターが遊ぶ回し車程度には頭の回転はある。妄想にほぼ全てのスペックを使うけど。

 鹿島のプランはこうだ。

 会った瞬間、お互い運命を感じ、見つめ合うが、二人っきりになりたい欲望で人気が多いデパートから逃避行の如く飛び出し、自身が駆るマイカー(7万で買った中古の軽自動車だ)で、郊外の(外観のみは)城に入る事になる。

 しかし、お互い求め合っているので、欲望の儘お互いの肉体を貪って……気付いた時間は翌日の朝。そこで彼女は恥ずかしそうに俺の顔を見てこう言うのだ。

「……愛してる…」

 その愛くるしい顔で再び火が点いた俺は、彼女の豊満な肉体を俺の欲望のままに貪り、汚す……

 完璧だ!!完璧なプランだ!!全く死角がない程パーフェクトなプランだ!!

 ニタニタに邪悪が増した。喉からクックと笑い声も零れている。

 傍から見れば気持ち悪いだけだが、シミュレーションじゃ無く単なる願望だが、兎に角鹿島は己のプランを疑わない。絶対の自信があるからだ。プラン通りに行った事は一度もないが、兎に角自信だけはあるのだ。

「あの、鹿島さんですか?」

 後ろから声を掛けられて満面の(邪な)笑顔で振り向いた。

「………うん?うん……」

 はて?おかしい。送られてきた写メはアイドル張りに可愛く、スタイルも豊満なボディで実にセクシャルだった筈だが、声を掛けて来た女はアイドルとかけ離れているばかりか、おばさん、もっと言えば婆さん的な顔面で、いや、皺がないから実年齢は若いのだろうが、兎に角意地悪婆さん的なフェイスで、くびれは首しかねえんじゃねえのってくらい、ずどんとした体型だったのだから。

「遅れてごめんなさい。ずっと捜していたんですけど、送られてきた写メと随分顔が違うから、違う人なのかと思って」

 ごめんと言う態度じゃ無く、目を細めて軽蔑している感じだったが、確かに送った写メは福山○治の物を使ったが、俺は福山雅○に似ているからセーフだろうが、キミは別物だろ!!

 と、文句を言いたかったが言わなかった。何故なら女には違いないからだ。女ならしっぽり行ける。そこに愛は無くてもだ。

 鹿島 雄大はストライクゾーンが異様に広いのだ。『性別・女性』なら何も問題は無い。子供だろうが、おばさんだろうが、可愛かろうが、ブスだろうが、グラマラスだろうが、デブだろうが。女だとの事実があれば何でもいい。

 では、最初のジャブだ。何事も最初が肝心。好印象を植え付けて其の儘ホテルに駆け込む為に!!

「どうも、福○雅治です」

「はあ」

 生返事で返された。恐らくこの子は○山雅治を知らないのだろう。知っているなら「似てる~!!」と拍手喝采な筈だから。飲み屋のねーちゃんがその反応だったから間違いはない筈だ。

 当然飲み屋のねーちゃんの営業拍手だが、鹿島は疑わない。何故なら自分を疑わないからだ。

「じゃあホテル行こう」

「は!?いきなり!?いや、確かにそれ系のマッチングアプリで知り合った訳ですから、そうだと言われればそうかもですが、先ずはお願いを聞いて貰わない事には」

 そうだったそうだった。なんでも携帯料金が払えないからお金を貸す約束だった。そのおかげで会う事になったんだった。

「いくらだっけ?3万?」

 惜しげもなく財布から3万渡す鹿島。おかげで財布の中には6千円しか無くなった。ホテル代をキープしたからどうでもいいけど。

「ありがとうございます。今振り込んできますんで、少し待ってください」

 そう言って意地悪ばあさん的な女はATMに向かった。鹿島はすこし離れたところで、壁に寄りかかってじっと待つ。

 待つ。

 待つ。

 30分は経ったが、やはり待つ。

 1時間くらい待ったが、ATMから出て来ない。焦れて迎えに行ったが、そこには意地悪ばあさんどころか人っ子一人いない。

 おかしい、場所を間違ったか?いや、そんな筈は無い。だって自分はずっと待っていたのだから。ATMの脇にある、外に出る通路は今初めて知ったが、まさかそこから帰った訳ではないだろう。

 兎に角、確認の為に教えて貰ったケー番に電話をした。

「もしも『おかけになった電話番号への通話は、お繋ぎできません』…………」

 流石に落胆を隠せなかった鹿島。このガイダンスには馴染みがあるのだ。何度も聞いた事があるし。

 着信拒否された。お金だけ渡して。

 馬鹿の鹿島でも流石にへこんだ。今年に入って9回目だ、金だけ払ってバックれられるこの仕打ちは。流石に9回もちょっとしか顔を見た事がない女にお金を渡してそのまま逃げられたら、気分がブルーになる事請け合いだ。

 鹿島は無言でデパートを後にした。ゴミ箱を見付けたので、花束を突っ込んで。

 やっぱりトイレの裏に生えているコスモスじゃ、女心のゲットは難しいんだな、と、的外れな反省をしながら、残っていた6千円でタイ焼きを買って食べて、其の儘家に帰った……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 すんごい苦い顔で話を聞いていた宝条さんだが、もういいとばかりに首を何度も横に振った。

「……一応確認ですけど、その二つだけじゃないんですよね?」

「勿論。今ざっと話した2エピソードじゃ足りないよ。鹿島 雄大だけで一つの小説が出来るくらいはあるよ、私が視ただけでも」

 真っ青になる宝条さん。あれでもまだ軽い方だ。というかどのエピソードでもお金を騙し取られたとか、警察に通報されたとかが殆どだけど。

 後はお金が必要だからと言って買ったばかりのパソコンを質に出したりとか、またパソコンが必要になったからオークションで落札したら、やっぱりお金を詐欺られて取られたとか、融雪機を買って雪を溶かしていたら、火力が強くて道路のアスファルトも溶かしちゃったとか、某イニシャルDを読んで感化されて下り最速とか言って廃車にしたとか。だから7万の中古の軽になっちゃったんだけど。

「……馬鹿なんですね」

 そう、その一言で充分だ。鹿島 雄大は馬鹿であると。

「なんというか、煩悩だけでできていると言うか……」

「もう考えるのはやめましょう?捕らわれるわよ、馬鹿に」

 身体を擦った宝条さん。真っ青になって引き攣って。よく見たら腕全体に鳥肌が立っているし。

「……ん、北嶋さんが帰ってきたみたいね。御供物を買ったんでしょうから、お供えしてご挨拶して厄払いもちょっとお願いしてみて?」

「………………………………………………はい……」

 力無く立ち上がった宝条さん。どうかあの馬鹿男には二度と会いませんように、と何度も呟いて、石橋先生が待つ庭に出て行った。

 だけど宝条さん、あなたはまだ全然マシなのよ?私達は鹿島 雄大と同じ町内なんだから、顔をまた合わせる可能性が大きいんだから。

 考えただけで憂鬱になって溜息をついた。ホント、とっとと地元に帰って欲しいなぁ……

 無理なのかな……あの事件で小っちゃいプライドが木端微塵になったんだし……

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