永遠のマイ・ヒロイン

加湿器

永遠のマイ・ヒロイン

 空を埋め尽くす、悪の軍団。彼女はまっすぐに見上げ、歩みを進める。


「傷つけあうことでしか、誰かを救えないのなら。」


 彼女は静かに吠える。傷だらけの拳を握り、まっすぐに歩みながら。


「英雄はただ一人、私だけでいい。」


* * * * *


 きっとあなたは、覚えていないでしょう。だって私は、何億人の中の一人でしかないのだから。

 けれど私は、いつまでだって覚えている。つい数秒前のことのように思い出せる。


 あなたは永遠の英雄ヒロイン。立ち向かう背中に、たった一人で世界を負って。


 その背中を、ずっと追いかけてきた。あなたの為ならば、苦手な勉強だって頑張れた。大好きな友達とのお出かけだって、我慢できた。

 あなたの力になりたかった。私は、私にできることを考えて、そのための知識を、必死に頭に叩き込んで。


 ついに、その機会チャンスをつかんだ。


 今は眠っているあなた。その治療を請け負っている、巨大企業の研究部門。私は、ついにその仕事に携わることになった。

 歓喜の感情が胸を駆け巡った。私の、永遠の英雄。これでやっとあなたの力になれる。


 ――そう、思っていたのに。


* * * * *


 ゆっくりと、報告書レポートが床に舞い降りる。


『――被検体■■の超常能力再現実験 経過報告■■

 

 被検体より摘出した神経系サンプル#43の移植実験は失敗。サンプル再摘出を実施し、成功。残存する神経系サンプルは67%。移植成功例1~4の能力再現率は被検体出力の10~15%に留まる。

 第二計画プランBとして、被検体■■の脳神経系解析および移植実験を立案中である。本計画は――』


* * * * *


 暗い、暗い部屋の中で。私は一人、吐しゃ物と絶望にまみれて、倒れ伏していた。

 靄がかかったようにはっきりとしない思考の中で、いったいここはどこなんだろうと考えて、すぐにどうでもよくなった。はっきりと思い出せる記憶は、あの悪夢のようなレポート。培養槽の中に浮かぶ、


 怒りも悲しみも、とうに枯れ果てた。ただここで、ゆっくりと死んでいくのだと、ぼんやり思った。

 それもいい。あなたのいない世界になど価値はない。英雄を踏みにじる世界になど、意味はないのだ。

 ふつふつと湧き上がる絶望と憎悪さえ、私の体を動かすのには十分でなかった。ただ無力感だけが、私を支配した。

 そうして最後の時を迎えようとしていた時。


 わたしに、悪魔がささやいた。


* * * * *


 かすむ視界の中で、ゆっくりと思い出す。戦いの中で、出会った人々。その笑顔を。その命の輝きを。

 何十億人いたって思い出せる。いつだって、救われていたのは私の方なのだ。


 私は平和の礎。戦うことしかできない私が、誰かにしてあげられるたった一つのささやかな祝福。


 ゆっくりと、目を閉じる。いつか彼ら、彼女らの命の輝きが、きっと世界を素晴らしいものにすると信じて。傷つき、傷つけあうだけの受難が、そのためにあったのだと信じて。


* * * * *


 地を埋め尽くす、少女たちの屍。彼女はすべてを見下しながら、供物をささげる。


「いらないわ、あなた以外には誰も。だって、そうでしょう?」


 彼女は、高らかに囁く。血にまみれた手を掲げ、全てを踏みにじりながら。


「英雄はただ一人、あなただけでいい。」

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