罪人の彼氏だなんて呼ばせない

「大丈夫?」

「ああ」

  試合前の控え室の中で、僕はステラに振り向くことなく、正面の燭台に視線を集中させていた。

「ちょっとこっち向いてくれない?」

「今集中しているんだ」

 こんな感じで自分なりの大人の対応をしているけど、正直心の中ではぶっきらぼうに「放っておいてくれ」と言ってやりたいぐらい。僕の横から声をかけてくるステラは一応彼女は彼女なんだけど、僕の彼女に対する感情はすっかりなくなっていた。

 それでも人にとって、僕とステラは二人でひとつらしい。僕の気持ちとは裏腹に、みんなの中ではいつまでも僕はステラから離れていないし、離れられないと思っている。

 こんなに僕の気持ちがステラどころか、みんなからも離れているのは、深いワケがあるからだ。

「まもなく試合だぞ」

 コロシアムのスタッフが僕の控え室の扉を開け、無機質なトーンで試合開始の時間が迫っていることを告げた。

「わかりました」

 僕はイスからスッと立ち上がり、控室を後にした。

「ちょっと、私も付き添うわよ」

「来ないでくれ!」

「なんで?」

「今の状況をわかっているのか?」

「どんな状況よ?」

「僕は勝ったら、晴れて君と別れられる。この耐えがたき苦難から、僕は自由になる。今はそうさせてくれよ」

「本気なの?」

「本気じゃなかったら、ずっと学校内で僕はみんなからヨゴレ扱いされ続ける。いち人間としてそれは勘弁だ」

 僕は相変わらずステラに振り向かず、少し歩みを早めながらフィールドへ向かった。ローブの懐から取り出した杖を胸にあてながら、覚悟を決めた。


 コロシアムに出てくると、ファンから強烈な罵声が飛んできた。ブーイングなんてもんじゃない。まるで巨大化したバイキンを見たような叫びがあたりを包み込んでいた。正直僕も、ちょっと聞いただけで頭がクラクラしそうなくらいだった。

 それでも僕は戦わなければいけない。そう決め込むように、胸を一発強く叩いてフィールドの中央まで足を進めた。

 僕を待ち構える対戦相手のオーガスタス・ロジャース=メアーソンも、冷たい目で睨んでいる。僕と戦うことに不本意なのか、それとも心の奥で、今から僕を殺すことを決め込んだ証なのか。


「バトル・スタート!」

 コロシアムに鐘がなり、僕とオーガスタスは同時に後ずさりで距離を取った。しかし観衆からは「殺しちまえ!」「罪人の彼氏なんかに負けんじゃねえぞ!などと物騒な声援が聞こえてくる。

 確かに僕の彼女は、悪いことをしてしまった。だが、僕が彼女とセットで悪人扱いを受けなきゃいけないというこの国のしきたりには、到底納得していない。

「トライニードル!」

 オーガスタスが杖の先から無数の三角型エネルギーを飛ばし、僕の足元を切り裂こうとした。僕は横に飛び跳ねながら回避する。

「罪人なら大人しく受けろ!もう一発、トライニードルだ!」

「アイスアップ!」

 僕は再び飛んできた三角型エネルギーに対し、僕は自身の杖から氷の息吹をかけて凍らせた。勢いを失ったトライニードルが、ひとつ残らず地面に落ちる。

「この野郎、身を守るのだけは達者だな。クラスメートにいろいろ物をぶつけられて、防御になれたからか?」

「練習でスキルアップしただけだ」

 おちょくるような態度のオーガスタスに、僕は淡々と反論した。

「その割にはステラの犯罪は防げなかったんだろ?」

「うるさい!フリーズキャノン!」

 僕はカッとして氷のキャノンを放った。そこらのつららよりも形がガッシリしたものだが、オーガスタスは体をひるがえして避ける。

「言い訳すんじゃねえ!これで大人しくしてろ!」

 オーガスタスは魔法の杖の先端を紫色に輝かせると、僕のもとへ走りより、杖の先端をブッ刺した。体中に、回ってはいけないものが回る感じがして、先ほどよりも余計に頭がクラクラしてきた。脳が一気にぐわんぐわんに揺らされる感じがして、胃の奥から何かが逆流してくる感覚さえ出始めている。

 オーガスタスはそんな僕は笑いながら、満を持してとばかりに僕の腹から杖を放した。僕はヒザをつく。

「死ぬ毒じゃないけど心配するな。でもまあ、1時間ぐらいは毒が回って、ちょっと今日の試合では力を出し切れないかもね~」

「おのれ!」

 僕は怒りに任せて立ち上がるも、足元がふらついて倒れてしまう。受身にちょっと失敗して、杖を持った側である右ひじを鋭角な形で固い地面に打ちつけてしまった。

 そこへオーガスタスがトライニードルを何度も放ってくるが、僕は地面を転がり懸命にかわす。必死で立ち上がったところで、オーガスタスは杖を上空にかざし、幻想的な光のホールを作り出す。僕も何事かと思って見とれていたら、奥からいきなり丸太が飛んできた。先端が僕の腹にめり込んで、僕はぶっ飛ばされながら背中から倒れ込んだ。その隣で丸太が、僕の体と平行に横たわる。

「コイツは一体、何なんだよ!」

「リンカネート・サムシングだ」

 オーガスタスが堂々と技の名前を明かした。

「そんなことはいいや。罪人の相手ほど面倒なことはないからね」

 オーガスタスは横柄な態度でそう語りながら、僕のもとへ歩み寄る。僕は全身と体内を包み込む苦痛で、思うように体を動かせなかった。

「皆さん、ちょっと聞いてください。こういう人の相手って超退屈なんで、さっさと終わりにしちゃっていいですか~?」

 僕をなめきったような口調で観衆に呼びかけるオーガスタス。マズい。ここで何かしないと、本当に僕の人生が終わりそうだ。オーガスタスが倒れている僕にまたがる。

「覚悟しな」

 オーガスタスが杖を振り上げた瞬間だった。

「タヴァ!」

 僕はとっさの判断で奴の顔面に杖を差し向け、先端のコアから強烈な光を浴びせた。オーガスタスは僕から離れながらフィールドを転がる。僕がヒザ立ち状態まで体勢を整えたところで、奴が狂気の表情で再び向かってくる。しかしその足取りは、さっきまでのきびきびした感じとは違って重く感じられた。

「タヴァ!」

 僕は再び強烈な光をオーガスタスに浴びせた。その中で懸命に眩しさに耐えるオーガスタスだが、ついにヒザをつく。

「なぜだ、なぜこんなに体が疲れて感じるんだ。うっ……」

 僕の体には毒が回っている。こっちが体調に変化をきたすような呪いの魔法を受けたとき、タヴァは相手にそれ以下のコンディションに変えるペイバック・マジックだ。

「さよなら、オーガスタス、そして、ステラ!ブリゾルネード!」

 僕の魔法の杖からは、吹雪でできた竜巻が現れ、一瞬でオーガスタスを呑み込んだ。彼の悲鳴も、竜巻の爆音に遮られて聞こえない。僕の杖から離れるなり、凍てついた竜巻は地面を離れ、コロシアムの観客席を越えながら遠くへ敵を連れ去ってしまった。

 静まり返った場内で、僕は安心を覚えながら、フィールドで大の字になった。


「勝者……ジュリアン・アトウッド=シャーマン!」

 僕の名前がコールされた。観客席はザワザワしていた。明らかに誰も僕の勝利を素直に喜べないみたいだ。

「ジュリアン!」

 ステラが入場ゲートから駆け寄ってきた。

「勝ってくれてよかった。それじゃあ、早速勝利の……」

「アイスブリーズ!」

 ステラが口をすぼめて僕に急接近した瞬間、僕は杖の先から凍てついた風を吹かせて彼女を跳ね返した。ステラはフィールドを転がる。コロシアムの館客席がざわついた。

「ちょっと何よ!」

「お前……よくも僕の妹を監禁しやがったな!」

 静まり返ったフィールドで、僕はステラを糾弾した。妹のクレアも魔法少女で、僕をいつも慕っていて、僕も彼女と同じ魔法学校の寮で互いに助け合いながらウィザード人生を全うしていた。少なくとも3カ月前まではそんな状況だった。

 そこへステラが僕に言い寄ってきた。正直見た目が可愛くて、魔法キャンプで作った手料理がうまかったから、僕は彼女と急接近していたけど、妹が僕の前に立ちはだかり、『ジュリアン兄ちゃんは私のもの!私の許可なくジュリアンと添い遂げるのは、アトウッド=シャーマンの掟で禁止です!』と大げさに言い放ってしまった。

 それに機嫌を損ねたステラは、ある日僕が学校の授業か魔法の練習で妹から離れている間に、彼女をボコボコにして、学校の寮にある秘密の地下牢にぶち込んでしまったのだ。

「お前は妹を監禁して、地下牢になぜか立っているポールに鎖を後ろでに縛りつけた!しかも空飛ぶビジョンでできた手紙を作りだし、泣き叫ぶ妹と映りながら、自分がジュリアンと付き合いたいというメッセージを送った。僕の部屋に届くまでに空飛ぶビジョンは先生を含め不特定多数に見つかって問題になったんだよ、わかるか?」

「で、私、監禁罪なんでしょ?でも私は学校の生徒だから、もっと重い罪じゃないとこの国ではガッツリ裁かれないわよ!」

 ステラは言い逃れに必死の様子で僕に噛みついた。

「魔法警察の取り調べ中に、関係者や親族を問われたお前は、アンホープ・テレポートを使って、授業中の僕をワープさせて、『この人、彼氏』とか言ったじゃないか」

「おかげで学校に戻れて助かったわ。だって私のキャレスを食べたときに、『大好き!』って言ってくれたから、てっきり彼氏だと思ったの」

「違う、あれは文字どおりキャレスに対してだよ!ほら、あのピリリと効いたルウを程よく柔らかいごはんと合わせて食べるのがあんなに美味しいなんて、今まで経験したことなかったから!」

「何でそんなに意地になってるの?」

「この国では、学校生が罪を犯したら家族も恋人同格の罪人に相当するとみなされるからだよ!」

 僕は魂の叫びを上げた。

「お前の家族のことはわからないけど、おかげで僕は試合のこの日までどんな思いをして過ごしたか。魔法の実技の授業中でど真ん中に立たされて、他の生徒や先生が使う魔法の実験台にされる16歳の少年の気持ちがわかるか!?200人分ぐらい受けて心も体もボロボロだわ!」

「でもおかげで防御魔法がうまくなったって聞いたわよ?」

「そりゃ当然だろ!何発も魔法を受けてや身が持たないから、何度も本能で防御魔法を出しちゃうんだよ!すっげえうまくなるわけだわ」

「じゃあ私の魔法も防げる?」

 ステラは反省の「は」の字もない様子で僕に魔法の杖をかざしてきた。

「スリーピー・ミスト」

 杖から放たれた、妖艶な桃色の霧が忍び寄る。

「インテンション・シールド!」

 僕は杖の先から透明なバリアを作り出し、霧をさえぎった。それどころかシールドはステラの方へ動き、彼女の体に密着するように触れた。

「ちょっと、何なのよ、これ!」

「少し眠って反省してもらう。この国のしきたりでは、今の僕みたいな人は試合に勝った上で罪深き恋人を戦闘不能相当に追い込めば、ヨゴレの地位から解放されるからね」

「だからって、何で」

「さよならステラ、お前なんかもう恋人じゃない」

「そんなこと言ったら、もうカレー、食べさせてあげ…… 」

 ステラは言い終わる前に、深い眠りに落ちる方が早かった。シールドに体を預けたまま、彼女の体から力が感じられなくなっていた。

「ただいまをもって、ジュリアン・アトウッド=シャーマンを常民ウィザードとして認めなおす!彼はもうヨゴレなどではない!」

 審判の宣言で、純粋な歓声がこだました。僕が忌まわしき闇を抜け出した瞬間だった。

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