最終話 エドガーの居場所と本当の自分

「待っていたよ、エドガー君──ルイーズたちを助けてくれたそうだね。ありがとう」


 魔術学院の学長室には、国王シャルルが座っていた。

 夕日のせいで後光が差しているようにも見え、とても幻想的だ。


 エドガーは一礼し、シャルルに応える。


「いえ、担任教師として当然のことをしたまでです──しかし陛下、学院にいらしていたのですね」

「ああ、君に話があってね──まあ、とりあえずかけてくれ給え」

「失礼いたします」


 シャルルの勧めによりエドガーと、彼を案内した学長は応接用のソファに座る。

 革の感触やふわふわした座り心地を感じる間もなく、会話は始まった。


「君の功績は実に素晴らしい。平民街に現れた盗賊の件といい、学院に押し入った殺し屋の件といい……そして今回の異端審問官の件──君は数々の事件を解決してきた。ルイーズからの伝言によれば、君が教えてくれた魔術のおかげで切り抜けることが出来たとも聞いている」

「そうですか……ありがとうございます」

「そこでだ。君の知る本当の魔術を、魔術学院の生徒たちに教える気はないか?」


 エドガーはシャルルの申し出に驚く。


 エドガーが知る魔術は「異端」と蔑まれるものであり、場合によっては魔女狩りの対象となりうる。

 シャルルはその事を、誰よりも知っている人物のはずだった。


「──生徒たちを危険に晒すことになりますよ? それに、私も危ない橋を渡りたくはありません。ルイーズ王女殿下に魔術を教えたのも、お互い秘密にしていたから──そして陛下との契約があったからに過ぎません」

「案ずる必要はない。王国の大司教とはすでに話をつけていて、魔女狩りをしないように確約させた」

「なっ……ど、どうやって確約させたのですか!?」

「教会の異端審問官は『魔女狩り』と称して、不可侵を約束しているはずの魔術学院の生徒に手を出すばかりか、王女ルイーズまで危険に晒した。その責任をどう取ってくれる? ──と揺さぶりをかけたら、あっさりと承諾してくれたよ」

「そ、そうですか……でもそれだけでは説得は難しいかと」


 シャルルは淡々と語ったが、実際は相当揉めたのだろうと推察される。

 教会の人々は固定観念や自身の正義に囚われているきらいがあり、交渉は難航したはずだ。


「実はね……君の教え子であるアリスさんが私に、教会の不正に関する証拠を提供してくれていたのだ。その情報を使って脅しをかけた」

「えっ!? まさか、アリスが教会の情報を握ってたのを知っていたんですか!? そもそも、アリスと知り合いだったんですか!?」

「その通りだ。アリスさんの姉君であり、君の元同僚でもあった聖女カトリーヌさんとは、かなり前から繋がっていてね──アリスさんを助けてくれてありがとう。彼女は旧態依然とした教会を正すための、重要人物だったんだ」


 シャルルは頭を下げたあと、エドガーに期待するような表情で懇願する。


「エドガー君。さっきも言った通り、王国の教会は魔女狩りをしないと誓った。だから君が魔女として断罪されることはないだろう。君の身柄と地位は、この国王シャルルが保証する。だから、魔術学院の生徒たちに魔術を教えてあげて欲しい」

「分かりました──ようやく私に、居場所が出来たんですね……」


 エドガーが真に求めていたのは、本当の自分を認めてくれる環境だった。


 魔女から真実を教えられて魔女となったエドガーは、教会の不正調査の件も重なって殺されそうになった。

 そこを国王シャルルに助けてもらい、王立魔術学院に転職することとなった。

 学院では魔女である自分を偽り、カモフラージュのために《設定》に頼ってきた。

 ルイーズにはバレてしまったが、他の教え子たちに素を出すことは出来なかった。


 だがこれからはそうする必要はない。

 自分が知る魔術、そして真実を「異端」などと呼ばれることもなく、最先端の理論として受け入れられる。


 これは魔術師としての誉れであると同時に、他人に受け入れられたという事実でもある。

 エドガーはシャルルの計らいに、涙を禁じ得なかった。



◇ ◇ ◇



「──魔術で一番大切なことは、魔術に込める想いだ。『神に対する信仰心』はむしろ、魔術発動の妨げになる」


 事件から1週間後、エドガーは魔術学院の大講義室にて授業を行っていた。

 教会から差別されていた《異端魔術》──否、本当の魔術に関する理論を、大勢の生徒に教えているのだ。


 この講義は選択授業として設定されている。

 それは《異端魔術》を学ぶことを忌避する生徒への配慮のためである。


 しかし、全校生徒300名がこの講義を選択しており、立ち見が発生する始末だ。

 中でも、エドガーが担任を務める1年A組の生徒は全員、嬉々として授業に参加していた。


 若い彼らは固定観念に縛られることなく、魔術の探求や鍛錬を求めていたということだ。

 エドガーはそんな純粋な子供たちに感心しつつ、授業を続けた。




「──以上、今日はここまで」

「ありがとうございました!」


 授業が終わり、生徒たちは講義室から立ち去る。

 だが、彼の教え子であるルイーズとアリスだけはその場に残った。


「エドガー先生、お疲れさま。今日の授業、多分他の生徒たちも喜んでたと思うわ」

「ありがとう、ルイーズ。そう言ってもらえて嬉しい──お父さまにも、今日の様子をよろしく伝えておいてくれ」


 ルイーズは「分かったわ」と返事し、そっぽを向く。

 長い銀髪を指先でくるくると弄っていた。


「──まあ、エドガー先生との個別授業の方が良かった気もするんだけどね……」

「ん? なんか言ったか?」

「べ、別に何でもないわよ!」


 何故そこで怒るんだと思いつつ、エドガーは苦笑する。

 そんな彼に、アリスが声をかけてきた。


「エドガーさん、わたしを守ってくれてありがとう。更衣室のときと、校外学習のときと……二回も助けてもらっちゃったね」

「ああ。でも、校外学習からもう1週間経ったぞ? まだそんなこと気にしてたのか」

「気にするよ! わたしのせいでみんなが危ない目に遭ったんだから……!」

「あれは君のせいじゃない。教会のせいだ。それに教会はもう、公然と魔女狩りが出来なくなった。だからアリス、君が狙われるリスクはほとんどないと言っていい」

「そう……だね──もうちょっと魔女狩り禁止が早かったら、お姉ちゃんも死なずに済んだのかな……」


 アリスはうつむき加減になり、表情が暗くなっている。

 そんな彼女の様子に、エドガーはいたたまれなくなった。


 アリスの姉──聖女カトリーヌは、異端審問官エドガーの元同僚だった。

 彼女はとても心優しくて、エドガーの心の拠り所の一つでもあったのだ。


 エドガーはアリスの小さな肩に手を置き、自らの想いを伝える。


「カトリーヌの分まで、俺がアリスのお姉さんになって頑張るから」

「そこは『お兄さん』でしょ?」

「ちょっ……ルイーズ! 今自分でもカッコいいこと言えたと思ったのに、水を差すこと言うなよ!」

「だってあんたが言い間違うからじゃない! それともなに? あんた、もしかして女になりたいの!? それなら女物の服、貸してあげるわよ! 化粧も特別に教えてあげるわ!」


 ルイーズはエドガーを指差して、近距離で攻め立てる。

 恐らく、自分の指摘が場違いだと指摘されて、腹を立てたのだろう。


「あはははははっ! もう、二人ともやめてよ! はははははっ!」

「アリス……」


 エドガーとルイーズとのやり取りを見て、アリスは心底おかしそうに笑っている。

 だが笑い声とは裏腹に、彼女の碧眼はやや潤んでいるようにも見えた。


 そんな彼女に、ルイーズは優しく語りかける。


「アリス、無理しなくてもいいのよ?」

「いえ、無理なんてしてません! ──でも、気遣ってくださりありがとうございます。それとルイーズさま、あの時助けてくださりありがとうございました……」

「エドガー先生が来てくれなかったら、みんな死んでたわ。私は結局、自分の力であなたを助けられなかったのよ……」

「そんな! ルイーズさまは魔術で助けてくださいました! それに、ルイーズさまが手を引っ張ってくださったから、『グズグズしないッ!』って怒ってくださったから、逃げようって思えたんです……」


 アリスの言葉によって、ルイーズの目は潤み始めた。

 まるで、何かに救われたような表情をしている。


 ルイーズが魔女エドガーから魔術を学ぶようになった動機の一つが、「大切な人や友達を守ること」だ。

 女子更衣室にて監禁事件が起こった時、彼女はアリスや他のクラスメイトを助ける事が出来なかった。

 アリスが剣を向けられ殺されそうになったことを、彼女はずっと気にしていたのだろう。


 ルイーズは表情を引き締める。


「そう……そう言ってもらえて嬉しいわ──エドガー先生、あなたが教えてくれた魔術、とても役に立ったわ。ありがとうね」

「それは何よりだ」


 エドガーはルイーズの言葉を喜ばしく思っていた。

 「異端」と蔑まれていた魔術でも、人を救えるのだと。


 そもそも異端とは、教会が押し付けた価値観だ。

 エドガーはその価値観に支配され続け、教会を去ったあとも苦しめられた。


 しかし、今はもう違う。

 国王シャルル主導のもと、魔術における異端狩りは見直されつつある。

 教会による魔女狩りは校外学習での事件以来、鳴りを潜めたのだ。


 以後、正統も異端も関係なく、魔術は発展していくことだろう。


 エドガーがそんな事を考える中、ルイーズとアリスは改まった表情をした後頭を下げた。


「エドガー先生、これからも私たちに魔術を教えて下さい!」

「お願いします!」

「ああ、こっちこそよろしく頼む」


 《魔術師殺し》だったエドガーはようやく、本当の自分をさらけ出せる居場所が見つかったと実感し、嬉しい気分となった。


 魔術学院に入職した直後は、正体がバレないように行動してきた。

 ルイーズに正体を見破られ、かつ受け入れられたときでさえ、彼は心が休まらなかった。


 だが今は国王シャルルによる後ろ盾と、そして目の前にいる教え子ルイーズ・アリスの笑顔がある。


 エドガーは安心感と幸せを噛み締めつつ、新たな居場所と、これから来るであろう平和な日常に期待を寄せた。

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中二病C級魔術教師、実は世界最強の《魔術師殺し》だった ~先生、あの《設定》って本当だったんですか!?~ 真弓 直矢 @Archer_Euonymus

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