第22話 合宿所への道程
一週間後、校外学習初日の早朝。
エドガーと教え子たち──計21人は今、魔術学院のグラウンドに集合している。
グラウンドにはすでに、9人乗りの大型馬車が10台停まっている。
そのうちの3台にはエドガーと教え子たちが搭乗するが、残りの7台は護衛の兵士が乗車する。
校外学習はクラス単位で行われ、今回はエドガーたち1年A組の関係者のみが参加する。
学年単位でない理由は、一度に消費される人やモノの量を少なくするためである。
エドガーは生徒たちに向けて、アナウンスを始める。
「みんな、今日は校外学習初日だ。今から馬車で出発して、昼過ぎに合宿所に到着する予定だ。到着して休憩したら、剣術の訓練をするからそのつもりでな」
エドガーは一通り説明を終わらせ、教え子たちは元気よく返事をする。
その後、教え子が馬車に乗り込む中、エドガーは今回の校外学習にて生徒たちの引率や護衛を担当する兵士たちのもとへ向かった。
エドガーは若い兵士に、隊長と挨拶がしたい旨を伝える。
すると大柄の壮年男性が現れたので、エドガーは「よろしくお願いします」と挨拶や握手を交わした。
そしてついに、エドガーたち学院関係者と兵士たちを乗せた馬車は、学院を出発した。
◇ ◇ ◇
ルイーズを始めとする女子たちは、9人乗りの馬車に揺られている。
ルイーズは一番うしろの列の窓際に座っており、隣にはアリス、その隣にはベアトリスが座っていた。
ルイーズは窓の外の平原を眺めながら、物思いに耽る。
校外学習が、すなわち魔物討伐の訓練が始まろうとしている事に、彼女は緊張感を持っている。
彼女はエドガーが赴任する前に、フィールドワークの授業にて魔物と戦った経験がある。
しかし、まだ不慣れであることに変わりはない。
状況判断を誤れば命が危ういという事実に、彼女は少しだけ恐れていた。
「ルイーズさま、どうかなさいましたかー?」
「……え? ──ううん、なんでもないのよベアトリス。ただ、ちょっと怖いなーって思ってだけだから」
ベアトリスは落ち着きのある声や笑顔で、ルイーズに話しかけてきた。
彼女はマイペースだと思っていたが、その気遣いはとても嬉しいとルイーズは思う。
ベアトリスは桃色の唇に指を当て、「うーん……」と考える素振りを見せた後、ルイーズに笑いかけた。
「大丈夫ですよー? なにかあったら、わたしがどうにかしますからー」
「わたしもベアトリスさんと一緒にがんばりますっ……! だから心配しないでくださいっ……!」
「ベアトリス……アリス……気を遣ってくれてありがとう。私も頑張らないとね」
パーティメンバーであるベアトリスとアリスの励ましにより、ルイーズは少しだけ心が晴れた。
彼女たちの優しさに、ルイーズは救われた気がしたのだ。
この子たちとならやっていける。
ルイーズは安心感を抱きつつも、気を引き締めた。
「ところでルイーズさま、気分はいかがですかー? この馬車って結構揺れますよねー?」
「大丈夫よ、ベアトリス。王宮の馬車と比べれば多少は劣るけど、我慢は出来るわ。あなたは?」
「わたしも大丈夫でーす。アリスさんはどうですかー?」
「ちょっと気持ち悪いかも……わたし、馬車はほとんど乗ったことがないんです……」
「そうですかー……じゃあ、このままおしゃべりしましょー。車酔いが紛れるそうですよー」
「そうなんですね……はい、ぜひっ……!」
ベアトリスは優しくて気配り上手だ。
だからこそルイーズは、たくさんいるクラスメイトの中から彼女をパーティメンバーとして選んだのだ。
アリスはベアトリスの気遣いに、とても嬉しそうにしている。
それと同時にルイーズは、ベアトリスのように他人を癒したり元気づけたり出来るような人間になりたいとも思うようになった。
「──きゃっ!」
「な、なに!? どうしたの!?」
突如として馬車が急制動したため、乗り合わせている女子たちは前につんのめる。
馬車の運転手は客室に向けて、大声で叫んだ。
「魔物の襲撃のため、緊急停止しまーす! 今から兵士たちが討伐しますので、もうしばらくお待ち下さーい! ご迷惑をおかけし申し訳ありませーん!」
運転手によるアナウンスを聞いたルイーズは、慌てて車窓越しに景色を眺める。
50メートル程度離れた場所には、オオカミの魔物が10匹いた。
オオカミといえば《一匹狼》という単語が思い浮かぶが、彼らは群れを作る生き物だ。
もしあの群れが一斉に襲いかかってくれば、大量の死傷者が発生するかもしれない。
ルイーズがそう思った時、あろうことかたった一人で群れに突っ込む男がいた。
恐らく、仲間を無傷で生還させるという自己犠牲の精神から、あのような行動をとったのだろう。
「あのバカ! そんなに死にたいの!?」
「うそっ……エドガーさん……やめて!」
「あらー……大丈夫かしらー……」
ルイーズはその男──エドガー──の無茶振りを見て、思わず毒づいていた。
アリスもベアトリスも、そしてクラスメイトたちも彼をとても心配している。
エドガーは丸腰でオオカミと相対する。
その距離、およそ10メートル。
エドガーがその気になれば、オオカミなど遠距離魔術で殺せるだろう。
しかしそれをしない理由は恐らく、オオカミの注意を彼のみに引きつけ、馬車の隊列まで被害が及ばないようにするためだと思われる。
ルイーズは視力を強化して、エドガーの戦闘を見守ることにした。
エドガーはポケットから6本のダガーを取り出し、両手指に挟んで投げる。
投擲されたダガーは6体のオオカミに命中し、遠くから鳴き声が聞こえてきた。
ダガーが突き刺さったオオカミたちは皆、その場に倒れていく。
恐らく刃に麻痺毒でも塗られていたのだろう。
仲間が眠らされたのを目の当たりにし、残りの4体のオオカミはいきり立つ。
そのうちの1匹がエドガーのもとに飛びかかるのを見て、ルイーズは思わず声が出る。
「危ない! 逃げてっ!」
ルイーズの懸念とは裏腹に、エドガーはまったく動じていない。
彼は左腰に差してある剣を抜き、そのままオオカミの胴体を寸断する。
剣には補助魔術がかけられているのか、神々しく輝いていた。
そしてそのまま残りのオオカミを全て殺し尽くしたエドガーは、何食わぬ顔で馬車の列に戻っていく。
「先生つよーい。すごーい」
「エドガーさんはやっぱり強いね……お姉ちゃんの言う通りだったよ……」
ベアトリスは演劇か何かを見て面白がるかのように、可愛く拍手する。
アリスは感慨深そうに、しかしながら何故か悲しそうな顔を浮かべながら呟く。
他のクラスメイトたちも、各々驚いていたり称賛してたりしていた。
「いや、あなたたち……『強い』とか『すごい』とか、そういうレベルの話じゃないでしょっ……! あの投擲スキルと剣術──とても魔術師のそれとは思えないわ! 『剣士』だって紹介されても納得しちゃうくらいよ!」
そしてルイーズは、エドガーの強さを目の当たりにして戦慄していた。
エドガーの強さを彼女は何度か目にしてきたが、やはりいつも驚かされる。
ルイーズとの決闘の時、エドガーは彼女が放った魔術の全てをかわし、一瞬で間合いを詰めた。
A級魔術教師ジャンとの決闘においても、C級魔術師である彼は奇策をもって勝利した。
ルイーズが盗賊や殺し屋に襲われそうになった時、彼は魔術と剣術を駆使して助けてくれた。
そして今回、彼はたった一人で10体ものオオカミを、魔術師らしからぬ方法で駆除した。
やはりそれもすべて、異端審問官として魔女を抹殺するために己を研ぎ澄ました結果だろう。
何らかの目的と、そして執念をもって──
エドガーの経歴を最初から《設定》だと決めつけてバカにしてきたことを、後悔し始めたルイーズだった。
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