第11話 決闘 《C級 vs A級》
「逃げずにここまで来たこと『だけ』は褒めて遣わすぞ、薄汚い平民め」
「フッ……それは光栄だ、
放課後。
グラウンドの中央で、エドガーと名門魔術教師ジャンは相まみえている。
ジャンは両腕を大きく広げ尊大に接している一方、エドガーは不敵に笑う。
そしてグラウンドの端にはエドガーの教え子たちと、そして何人かの野次馬が座っていた。
彼らは固唾を呑んで、教師陣のやり取りを見守っている。
まずジャンが、嘲るような目でエドガーに問いを投げた。
「貴様、魔術師免許は? ちなみに私はA級だが」
「C級──魔術の中等教育を修了した学生なら誰でももらえる階位だな」
監督者なしに公然と魔術を行使するためには、《魔術師免許》が必要だ。
免許にはランクがあり、S・A・B・C・D・Eの順で実力と権限を表している。
ちなみに魔術学院入学者には実力に応じ、E級かD級が付与される。
例えば、優等生であるルイーズとアリスはD級で、平均的な実力を持つマルクはE級だ。
エドガーのランクを聞いたジャンは、心底おかしかったのか抱腹絶倒していた。
「──ククク、フハハハハハハッ! 教師にしてはやけに若いと思っていたが、魔術大学すら卒業してないのか。大学次席卒業でA級の私と戦うなど、身の程知らずもいいところだな。今なら降参を認めてあげようではないか」
「C級はA級には勝てない──それが魔術師たちの常識だ。だが、目に見えるものだけが全てではないことを証明しよう」
「その姿勢、いつまで
「いつまでも保ってみせるから安心しろ」
エドガーの一言により、ジャンからは余裕が消え失せた。
ジャンは目を吊り上げさせ、エドガーを見据える。
「くっ……決闘のルールは『魔術障壁あり』にさせてもらうぞ。完膚なきまでに叩き潰してやる!」
決闘は大きくわけて2種類ある。
儀式としての決闘と、そして殺し合いとしての決闘だ。
儀式としての決闘では、魔術障壁は禁止されている。
その理由は、魔術障壁を破壊するためには殺傷性の高い魔術を使用する必要があるが、そもそも殺害を意図する魔術の使用が禁止されているからである。
魔術障壁を解禁するのであれば、殺傷性が高い魔術も同時に解禁されるのは理の当然である。
自分が勝つ自信があるから、ジャンは殺し合いとしての決闘を提案したのだろう。
エドガーはそう推察した上で、それを受諾する。
「それでいい。その方が俺も、力を出し惜しみしなくて済むからな」
「ちっ、使えないやつ。逃げるかと思えば……C級はA級には勝てないことを教えてやる!」
ジャンは眉間にシワを寄せ、エドガーを指差す。
「殺傷性が高い魔術が飛び交う以上危険だから、審判は必要ないな──C級魔術師、まずは貴様から来るがいい!」
「分かった──負けても後悔だけはするな!」
エドガーはバックステップで距離を取る。
無詠唱で雷の矢を生成し、1秒間15発の速さでジャンの足に向けて連射する。
破裂音じみた音とともに、無数の電流がジャンに襲いかかる。
「なっ、高速連射だと!? ──だがその程度の魔術で、私の魔術障壁を破れると思うな、C級!」
ジャンは無詠唱で魔法障壁を展開させ、攻撃をすべて防ぐ。
エドガーが今放っている魔術は、1発当たりの威力がかなり低い。
そのため、ジャンの魔法障壁の前では全てが無効化されてしまう。
だがそれでも、エドガーは1秒間15発の連射ペースを落とすことなく、放ち続ける。
「フフフ……これくらいの攻撃、私の魔術障壁にかかれば取るに足らぬ──おっと、こちらの魔力切れは期待するなよ? 今のペースではあと1日は防ぎきれる。その前に貴様の魔力が尽きるのがオチだ」
エドガーはジャンの勝利宣言を聞き、むしろニヤリと笑ってしまった。
彼は連射を一時中断し、無詠唱で放てる限りでは最高の高圧電流を発射する。
雷は轟音とともにジャンの右足元へ向かい、魔術障壁がガラスのように砕け散った。
「グ──ッ!? な、何故だ……! 何故、私の魔術障壁を貫通した……!?」
ジャンは魔力を節約しすぎた。
それが、魔術障壁を突破される原因となったのだ。
エドガーのちゃちな連射攻撃を受けきるのに、分厚い障壁など不要だ。
だからこそジャンは薄くて魔力消費量が少ない障壁を展開していたのだろうが、エドガーには奥の手があることを想定していなかったようだ。
要するに、ジャンは慢心しすぎていたのだろう。
A級で秀才である自分が、C級の雑魚に負けるはずがないと。
C級が自分を出し抜けるはずがないと。
歴戦者エドガーは、ジャンの心理をそのように分析していた。
だが一方、ジャンはまだ負けるつもりがないようだ。
彼は回復魔術で自分の右足を治療したあとエドガーを睨みつける。
「ハア……ハア……ちっ……まだ立っていられるのか……!」
「フッ……これで貴様の魔力は尽きたな。C級のくせに魔力を一斉放出するからだ。終わりだ……《火よ、彼の者を煉獄の炎で焼き払え!》」
ジャンは殺傷性が非常に高い上位魔術を、詠唱を省略せずにフルパワーで放つ。
魔力量は桁違いで、若干距離があるにも関わらず肌を焼くほどの熱量を持っている。
そこから察するに、炎がかすりでもすれば皮膚が黒焦げになるほどの火傷を、瞬時に負うことだろう。
もしそうなれば、上位の回復術師でなければ完治不可能である。
だが、エドガーは魔術障壁を展開しながら、ジャンとの間合いを一気に詰め始めた。
彼の防火壁は炎や熱を完全に遮断しており、ジャンの攻撃などまったく通じていない。
「な、なにっ!? まだ魔力が残っていたというのか!?」
ジャンの言う通り、エドガーにはまだ十分な魔力が残存している。
先程彼は必死に喘いでいたがそれは演技で、ジャンはまんまと引っかかったということだ。
《設定》で磨き上げられた演技力──それは戦場でもこうして生かされている。
エドガーはジャンの足を刈り、寝技に持ち込む。
ジャンは受け身を取ったようだが、どうやら威力を殺しきれなかったようだ。
「ぐあっ!」
「降参しろ。もうジャン先生に勝ち目はない」
「《火よ!》」
ジャンが短縮詠唱した直後、エドガーの背中には熱と魔力の流れが感じられた。
恐らくエドガーの背後には魔法陣が展開されており、それなりの威力を持つ魔術が放たれようとしているのだろう。
エドガーは魔力を込め、その背後にあるであろう魔法陣の破壊を試みる。
結果、その魔法陣は音を立てて崩壊した。
「なっ……魔法陣を視認せずに魔術をキャンセルしただと!? ぐあっ! ああああああああああああっ!」
エドガーはジャンの関節を締め上げる。
ジャンの悲鳴はグラウンド中に広がり、生徒たちが驚いているのがエドガーにはよく伝わってきた。
「お、折れる折れる折れるギブギブギブ! 降参する! 降参するからああっ!」
エドガーはジャンの降参宣言を信じ、関節技を中断して立ち上がる。
その後彼は、あまりの痛さに悶え苦しんでいるジャンに回復魔術を施した。
ジャンは心底悔しそうに四つん這いになり、俯いて地面を見ていた。
「ハア……ハア……何故だ……何故、C級ごときに……!」
「説明してもいいが──ああ、駄目だ。この件は機密事項だった」
「機密事項──そうか、貴様は魔女だな!」
「──なに?」
「図星だろう! 魔女じゃなければ、C級ごときがあんな高度な魔術を、しかも無詠唱で行使できるわけがない! 私が構築した魔術を破壊するなど、それこそA級以上じゃないと──お前は《異端魔術》の使い手だ!」
ジャンの一方的な決めつけに、エドガーは眉をひそめる。
魔女とは魔術を悪事に使う者、あるいは正統から外れた《異端魔術》を行使する者たち。
教会はそう定義した上で差別や排斥、そして処刑や殺戮を行ってきた。
ジャンのような教会とは無関係な人間に、軽々しくそんな言葉を使ってほしくない。
異端審問官として魔女狩りを行ってきたエドガーはそう思っているのだ。
「ジャン先生、本物の魔女を見たことがあるか?」
「そ、そんなのあるわけ無いだろ! 外道に堕ちた魔術師とこの優秀な私、接点なんてあるわけない!」
「ならば、自分が認められない概念を『異端』と呼んで蔑むのはやめろ。自分よりも優れた魔術師を『魔女』と呼んで恐れるな。それは自らの成長を阻害する危険な思想で、ただの現実逃避でしかない」
「な──に?」
ジャンに話している内容は、すべてエドガー自身が身をもって思い知ったことだ。
エドガーは教会の掲げる正義に対して何の疑いもなく、魔女を力ずくで排除してきた。
しかし彼らにも正義と強さがあることを知り、エドガーは彼らから貪欲に知識を吸収し力を得たのだ。
「そんな暇があったら訓練して俺を見返せ。幾度なりとも挑め。いつでも相手になる」
「くううううううっ!」
「逃げる前にルイーズに謝れ。俺と彼女との決闘を汚したんだ。謝るのが筋じゃないのか?」
ジャンはトボトボと歩き、グラウンドの端で応援していたルイーズのもとへ向かう。
エドガーも彼に付き添い、動向を見守ることにした。
ルイーズは怒りを堪えているような表情を見せている。
そんな彼女に対し、ジャンは土下座をして謝罪した。
「ルイーズ王女殿下、申し訳ありませんでした! 私は御身のことが心配で、思わずエドガーに突っかかってしまいました!」
「魔術学院では身分を笠に着た振る舞いは禁止されています。それに、どうやら殺傷性が高い魔術を行使していたようですね。次に同じことが起これば学長に報告します。もう行きなさい」
「──ッ! 寛大な処置、感謝いたします……」
ルイーズは事務的に対応し、とりあえずはジャンを見逃したようだ。
これ以上面倒な事に巻き込まれたくなかったエドガーは、その対応にむしろ胸を撫で下ろした。
見逃してもらえたジャンは一礼し、この場から立ち去ろうとする。
だが、エドガーは「待て」と彼を呼び止めた。
「俺が降伏勧告をした時、よく諦めなかったな。そこは掛け値なしに認める」
「嫌味で言ってるのか!? どうせ私のことを『往生際の悪い卑怯者』だって、心の中で笑ってるんだろう!?」
「いや、それは違う。ジャン先生が言う『往生際の悪さ』も『卑怯さ』も、戦場で生き残るためには必要な術だ。俺も何度も殺されそうになったが、そのたびに非道を演じたよ」
意外そうな表情をしているジャンに、エドガーは自分の人生観を語りだす。
3年続けばいいほうだとされている異端審問官を、彼は6年も続けた。
魔女は狡猾で魔術の技量に長けたものが多く、その裏をかくためには自らも狡猾にならなければならなかった。
それは、先程の決闘にてエドガーが見せた戦闘スタイルにも現れている。
「──だから、『負けたくない』『死にたくない』っていう気持ちは人一倍わかる。だからそう卑屈になるな」
「そうか……だがお前、その若さで6年間も異端審問官を? まだ20歳くらいだろう?」
「フッ……少し話しすぎたな──別に信じなくてもいい。ただの《設定》だ」
エドガーは物憂げに空を眺め、息を大きく吐く。
空はまだ夕暮れには早く、雲ひとつない青空が広がっていた。
「教えてくれ……なぜお前はC級なんだ? さっきの決闘も、本気を出していたわけじゃないんだろう? A級はもちろん、S級すら狙えるレベルだ」
「何故もなにもない、俺はただのC級だ。俺は実力の差を覆すために死力を尽くした──ただそれだけのことだ。それに、さっき先生に止めを刺したのは体術で、魔術は関係ない」
ジャンはエドガーの説明に納得したのか、「そうか……」と呟く。
怒りと悔しさをにじませていた彼の表情からは、ほんの少しだけつきものが落ちたようにエドガーは思えた。
「分かった。C級魔術師で平民だと思って見下したのは、私の過ちだった。申し訳ない」
「こちらこそ、熱くなりすぎてすまない──これからよろしくお願いします、ジャン先生」
「ああ……よろしく、エドガー」
エドガーとジャンは固い握手を交わした。
互いを認め合い、後腐れなく決闘を終えることが出来たと、エドガーは思っている。
ジャンが去ったあと、今まで静かに彼らを見守っていた教え子たちが、
◇ ◇ ◇
「ふう……」
エドガーは教え子たちから称賛と質問攻めを受けたあと、誰もいない廊下で一人佇んでいた。
校舎の窓から見える街の景色を、ただ美しいと思いながら眺めている。
さすがは王都、建物が綺麗で活気にあふれていると、エドガーは思っていた。
「──エドガー先生」
真横から突然、少女の声が聞こえてきた。
その方を振り向くと、そこにはルイーズが立っている。
「もう帰ったんじゃなかったのか? あんまり帰りが遅いと、親御さんが心配するぞ」
「親御さんって……一応王様と王妃様なんだけど。しかもまだ夕暮れ時ですらないから、心配されないと思うけど」
「細かいことは気にすんな。肩の力を抜いて適当に生きたほうがいいぞ?」
「はあ……まあいいわ。先生、お願いがあるの」
今朝ルイーズに話しかけられていたことを、ふとエドガーは思い出した。
あの時はジャンに割り込まれたため、彼女の話を聞いてあげられなかったのだ。
ルイーズは王族らしからぬ所作で、頭を下げて請うた。
「私に本当の魔術を教えて下さい。お願いします!」
「断るッ!」
「どうして!?」
エドガーは王女ルイーズの頼みを、即座に一蹴した。
普通の教師なら、王女に直接教えを請われることは誉れであろう。
今朝ジャンに言われた通り、王女殿下と同じ空気を吸えるだけでも光栄なのだから。
しかし彼は秘匿するべき魔術を持っている。
そんな彼にとって、ルイーズの申し出は絶対に固辞しなければならないものだったのだ。
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