Raid

Raid……1、襲撃。2、捜査。3、強盗。4、不法侵入。




 ウォーターベッドの上で微睡まどろんでいた夏子は、少し前に感じた震動で目を覚まし、視界に逆さまに映るモニターを睨んでいた。


 はじめは誰が映っているのかわからなかったが、失われた左足と吊り上がった目尻を見て、それが『馬頭間めずま頼斗らいと』を攻撃した『霧海むかいとう』だと気がついた。どういうわけか音声がない。それでも、霧海が処刑されるか罰を受けるかするのだけは明らかだ。それ以外でモニターに映った参加者はいないのだから。


『これより判定結果、ならびにランキングの発表を行います!』


 夏子は身体を反転させて俯せに寝そべりながら、施術の始まった左のモニターから視線を逸らし、右のモニターに表示された文字を目にするなり、「あのクソおかめ、またやりやがった」と忌々しげに言葉を吐き出して『10:59:47』という残り時間を確認した。


 冒頭でおかめが言っていた「最初の判定は二十四時間後」というルールはどこへ行ったのだ。半日で二回の判定は頻度として多すぎる。が、すでに負債を被った判定理由である、『規定文字数未到達』と『作品未公開』の二つはくつがえしてある。問題はないはずだ。


【皇 奇迷乱】


 右のモニターに執筆名だけが現れた。投稿した作品に負債となる要素はなかったらしい。正面の壁の左側に表示された『390』という赤い数字も変わらずだ。同時に、読者から肯定的な反応もなかった、ということにはなるが。


 続けて順位が画面に浮かび、夏子は思わず「は?」と声を漏らした。


1位 紅 朱音 1550

2位 霧海 塔 1000


 残りの参加者が二人にまで減っていると思ったものの、自分の執筆名が入っていないことで勘違いに気がついた。


 これは今回の判定で負債を被った者の順位だ。個人の持つ総合ポイントがいくらなのか、他の参加者にはわからないようにしてあるらしい。同時に、誰が生き残っているのかも不明ということになる。


 ふと左のモニターへ視線を移した夏子は、先端が電動カッターとなっている複数のロボットアームを身体の数ヶ所に受けていた霧海が、ちょうど生殖器を鋏のような器具で切除されてびくびくと痙攣する姿を見て視線を逸らした。なんてものを見せられるのだ。


 右のモニターが明るくなり、もしやランキング一位の『紅朱音』に罰が下るのかと夏子が画面を注視していると、順位が消えて白い壁を背景に椅子に座る男の姿が映った。


 見覚えがある。たしか、腎臓と肺を取られた『馬頭間頼斗』だ。ランキングに名前はなかった。別口で何かやらかしたのだろうか。と思ったものの、よく見ると拘束はされていない。トテチテのときのような、拘束を必要としない液体やガスの散布、もしくは酸欠での窒息を狙った罰という線もありうる。


 神妙な顔をした馬頭間の口が動いている。音声が聴こえてこないため何を言っているのかはわからないが、冷静に話しているように見える。誰かと、いや、相手はおそらくクソおかめだ。馬頭間はモノではなく会話を要求したのか。


 だが、字幕もテロップもない無声動画では、こちらにフラストレーションは溜まっても実害はない。会話がメインではなおさらである。この期に及んでそんなな真似をするような連中には思えない。何かしらの重要な意味があるはずだ。


 俯き加減でしばらくもごもごと口を動かしていた馬頭間が、まるで見えない糸に引っ張られたかのように突然すうっと顔を上げた。驚いているのか、大きく目が見開かれている。極刑でも言い渡されたのだろうか。


 馬頭間が立ち上がり、踏み出した一歩ずつに体重を傾けるようにして、ふらふらとカメラのほうへ近づいてきた。するとアングルが変わり、馬頭間の顔が大写しとなって夏子はぎょっとした。


 笑っている。


 開かれた目はそのままで、口角だけが吊り上がった狂気じみた笑みが、馬頭間の顔面に貼りついている。もし彼が自分と同様、何人もの殺害動画を観せられているのなら無理もない。順番がまわってきて気が触れてしまったのだろう、と夏子は同年代に見える馬頭間にわずかながら憐憫れんびんの情を覚えた。


 ここにいる限り自分がいつああならないともわからないのだ。


 微かな振動を感じ、ウォーターベッド上に投げてあるスマホへと視線を移す。待ち受け画面にメール着信のポップが出ており、『现在? 明天?』と本文が表示されている。またさっきの中国人だ。今か明日か選べというのだろうか。


 打診した連中には連絡するなと釘を刺したし、『できるだけ早く』と最初のやり取りで伝えてもいる。どうしてこいつは二度も連絡を寄越してきたのだ。英語で『ASAP』と表記したのがまずかったか。


 夏子は簡体字のキーボードに切り替えて素早く『马上!』と文字を打ち、メールを返信するなり送受信の履歴を消した。連中とのやり取りはもうすでにクソおかめにバレているかもしれない。


 馬頭間はどうなったかと顔を上げると、白いオフィスチェアの前の床に倒れている姿が見え、何かされたのだろうかと夏子が考えを巡らせる暇もなく画面が暗転した。一瞬しか見えなかったが、外傷はなかったように思う。やはりガスの類か。


 つい左のモニターへと視線を投げた夏子は、球体から植物の根のようなものが生えている映像を目にし、それがえぐり出された眼球とそこから伸びる視神経だと気づいて再び顔を右へと向けた。


 右側のモニターが明るくなりつつあるのを見て、今度こそ『紅朱音』の処罰かと思っていたところ、画面左下から右上へと伸びる通路らしき場所を天井の角から捉えた画が映った。全面が白色で統一されていることからすると、どうやらこの建物内ではあるようだ。誰かが部屋からの脱出に成功したのか。


 見ていると黒い人影が画面左下に二つ現れ、通路に沿って右上のほうへ小走りに去っていくのが映った。自動小銃のような、何か黒っぽいものを小脇に抱えていた。


 ようやくSATサットのお出ましらしい、と浮かんだ期待と安堵の気持ちを夏子は即座に否定した。違う。たったの二人で突入するはずがない。では、救助を依頼した中国人の傭兵だろうか。ヤツには今さっき返信したばかりである。まさか、近くで連絡がくるのを待機していたのか。


 ともかく、助け出してくれるのであれば誰でも構わない。


 それにしても、これだけハイテクの部屋がありながら、建物内への侵入者に対して警報も鳴らないのか、と夏子は杜撰ずさんなセキュリティーシステムをいぶかしんだ。映像の音声が流れないのと関係しているのかもしれない。が、緊急通報の類は別系統で作動するのが普通だと考えなおす。


 右のモニターの場面が変わり、今度は画面左上の通路奥から先ほどの二人とおぼしき人影が現れ、画面を横切るように近づいてきて右下へと消えた。警戒している様子がまるでない。場慣れしたプロは案外こんなものなのだろう。服装もジャージのように見える。黒い服が白い壁のせいで逆に目立ってしまってはいるが。


 彼らに階下へ降りるためのエレベーターが見つけられるだろうかと、おかしな部分を心配していた夏子は、画面が通路の壁を正面斜め上から見下ろしたアングルとなり、右から現れた二人がピタリと立ち止まったのを目にして違和感を覚えた。あのくぼみを初見でエレベーターだとわかる人間はそうはいない。


 夏子の懸念などよそに、この部屋へ案内した老人がやったように人影の一方が空中で手を動かすと、正面の壁が左右にわれて奥に空間が現れた。老人の動きとまったく同じかどうかはわからないが、侵入者はどうやってエレベーターの場所と開け方を知りえたのだろうか。


 カメラが切り替わり、エレベーターに乗った二人を背後の左斜め上方から捉えたものになった。映像が始まってから彼らは一度も言葉を交わしていない。にも関わらず、迷いも無駄もない動きがかえって不気味だ。おそらく、見えない場所でミッションをオペレートしている仲間がいるに違いない。


 扉が開いてエレベーターから降りた二人は、躊躇なく通路を右へと進んで姿を消した。左へ行かれたらアウトだった。しかし、少なくともこの部屋があるほうへは向かってきているようだ。そろそろ救助を期待してもいい頃合いかもしれない。少々高くついたとはいえ、五体満足で命が助かるのだから文句はなしだ。


 アングルが左下から右へと弓なりに湾曲した通路を天井の角から映したものとなり、左側の壁についた読み取り機らしきものが見えるドアの前で、下方からフレームインした二人の人影が足を止めた。まだ彼らが自分の部屋のドア前にいると決まったわけではないが、いずれにせよ解放されるのはもう時間の問題である。


 モニター内の二人の動きを食い入るように見つめていた夏子は、ロックが解錠された電子音を聴きつけて背後を振り返り、部屋のドアが内側へと開かれつつあるのを目にし、張り詰めていた緊張の糸がゆるゆるとほどけていくのを感じていた。

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