因果律に偶然は拮抗す

 脚を組んだ格好で椅子に揺られながら、天井から見下ろした霧海塔の部屋が映る大型モニターを眺めていた雅は、いきなり派手な爆煙が噴出したことに目を見開き、「渡したのは雷管抜きのC4爆弾ではないのか?」と鱒丘に確認した。本来、雷管なしのC4は爆発はせず、固形燃料のようにただゆるゆると燃えるだけである。


「いえ、色々と増量させて威力強化の改造を施しました、雷管入りの着火しやすい爆弾を与えましてございます。導火線はフェイクでございまして、いずれ時間が来れば爆発するように調整しておりました」


 恐ろしい男だ。私まで騙された。霧海もC4爆弾だと思ったからこそ、避難もせずにドアのそばで待っていたのだろう。奴に爆発物に関する知識がどれほどあったのかはもはや知るすべもないが、あの様子ではあまり深い造詣はなかったように思われる。雷管の有無も確認しないで、適当に導火線を突っ込んでいたところからも明らかだ。


「導火線のタイミングで爆発したように見えたが、編集か?」


「偶然でございます」


 偶然には抗いがたい力がある。往々にして、運や偶然というものは結果論とともに引き合いに出される。原因や動機などは関係なく、ただそうなっただけである、と。


 結果論に相対するのが動機論だ。事象の起こった結果には、意識的無意識的に関わらず、必ずや原因なり動機なりが伴っているとする考えである。あるいは、それらには因果律が作用していると言い換えることも可能だ。


 あれほど愛していた執筆活動をやめてしまったのも、やはり因果律が作用したからだと言えよう。だが、下賤で姑息な連中に、自作を蹂躙されなければならなかった因果が、一体何だったのかは未だに判然としていない。


 学生の頃、ある小さな出版社が主催する公募に、私小説で応募したことがある。結果は一次も通過せずに落選。半生を否定された気分になった。ならばと、今度は一般文芸に強い小説サイトで自作を公開した。


 いかようにしても間違いなく結果は得られる。だが、正確な手順を踏んだとしても、それが必ずしも望んだものになるとは限らない。


 現実離れした話に、誰もが私の作品を虚構であると罵った。そんなものは私小説であるはずがないと。資産家の子供などという設定はライトノベルでやれという感想が来たこともある。ステータスチートの主人公はもう流行らない、とも。


 自作に対し、どこかで自画自賛していた部分があったのは否めない。それ以上に、作品に愛着が湧いていた。自分の半生を脚色なく綴ったのだから当然である。


 だから、世間一般の率直な感想はこたえた。作者や作品への配慮などない、稚拙で直接的な言葉の羅列。他人をおもんぱかることもできない、そんな粗野な連中に自作をき下ろされたのかと思うと、怒りを通り越して一気に冷めた。それ以降、執筆はやめてしまった。


 数年後、たまたま本屋で手に取った文庫本を開き、数行に目を通しただけで身の毛がよだつのを感じた。自作の私小説とまったく同じ文章だった。幾度となく推敲を繰り返して読み直した冒頭は忘れようがない。


 盗作されたのだ、とその場ですぐに自作を投稿した小説サイトを確認するも、すでに閉鎖されていて存在していなかった。


 次に公募で作品を出した出版社へ電話をかけた。機械的な女性の声で「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」というフレーズが流れただけだった。


 簡単に諦めるわけにはいかないと、今度はその文庫本の出版社へと電話をした。自分の半生を盗まれ、第三者の金儲けに利用されたように感じたのだ。


「はぁ、盗作ですか。まぁ、アレですよ。もうね、ウェブには物凄い数の作品があるんですよね。プロ、アマ問わず。だからほら、ちょっとぐらい似通っちゃう作品もあるというか。あなた、テンプレって知ってます?」


 電話に出た相手の男は話にならなかった。私を無知なクレーマーとでも思ったのだろう。男は「知らないならググってみてください」と言って通話を切った。


 その後も何度か出版社への電話を試み、自宅のパソコンに残っていた作品のデータが、私の著作であるという証拠にならないかと問い合わせてもみた。ふざけた電話をかけてくるなとすぐに切られて会話にすらならなかった。


 当時の私は大学を卒業して社会人になってはいたが、強大な敵に立ち向かうすべなど知らない、ただの無知で無力なガキでしかなかった。


 ある程度の金と権力を持っていた父親に相談はしていない。たとえしていたとしても、おそらく助けてはくれなかっただろう。自分で蒔いた種は自分で苅り取れと言ったに違いない。そういう人だった。


 これらのすべてを偶然の一致という一言で片付けるには、あまりにいくつもの物事が複雑に絡み合いすぎている。ただ運が悪かったのだ、とはどうしても認めたくない自分がいた。


 結果論ではない。因果律が働いたのだ。


 私の初手がすでに悪かったのかもしれない。公募に出したことか、小さな出版社を選んだことか、それとももっと根源的に、小説を書いたこと自体が間違いだったのだろうか。


 もちろん、直接的な原因は落選した作品をウェブで公開したことに他ならない。ともかく、赤の他人に盗まれた私小説が、私に無断で書籍化されたという事象が起こった。いくら己に原因を探しても見つからない。


 では、原因はどこにあったのか。


 ひょっとするとあれは『盗作してでもいいから書籍化したい』という、何者かの卑劣な動機があったからこそ起こったことではないのかと考えた。以降、不正を行ってまで人に読まれようとするアマチュア作家連中を、私は浅ましい唾棄すべき人種としてことさら憎むようになった。


 だが、SNSで訴えたのは悪手であった。盗作されるような杜撰ずさんな作品管理をしているほうが悪いと諭され、作品が店頭に並ぶまで気づかない間抜けが何を今さらと叩かれた。


 なぜ被害にあった自分が責められるのか理解ができなかった。世間との折り合いをつけるのが難しく感じるようになったのも、この頃からだったように思う。


「旦那様、いかがなされましたか?」


「なにがだ?」


「いえ、何度かお声掛けさせていただいたのですが、お気づきになられていらっしゃらないようでしたので」


「そうか」と雅は独り言のように呟き、溜めた息を軽く吐き出してから「どうした?」と鱒丘に訊き返した。


「参加者の数が残り三名となりましたので、そろそろ多似町たにまちにも知らせたほうがよろしいかと」


 制限時間へ視線を投げた雅は、『11:08:18』という赤いデジタル数字と三分割されたモニターに映る三人の姿を確認し、「そうだな」と呟いて「では、八分後の午前十時に次の判定結果と順位を発表し、多似町には正午に始めるよう伝えろ」と鱒丘に命じた。


「畏ま」


 鱒丘の言葉が不自然に途切れ、「なんだ?」と雅がただす。


「システムをハックして警報を切断し、敷地内に侵入した賊がおります」


すめらぎの差し金か」


「そのようでございます」


「よくも白昼堂々と。何人だ?」


「路地に侵入してきたのが目出し帽を被った黒いジャージ姿の性別不詳の二人。それから建物裏手の大通りに、窓にスモークフィルムの貼られた不審なワゴン車が一台停車しております」


「では、証拠が残らないように不法入国者とその」とまで口にして言葉を切った雅は、「まぁ、いい。しばらく泳がせておくか。面白い死にざまが撮れたら編集して連中の部屋に流せ」と鱒丘に命じた。


「ワゴン車はいかが致しましょう?」


「放っておけ。皇の救出が目的ならば、ここに壊滅的なダメージを与えるような攻撃はしてこないだろう」


 侵入した二入が対戦車擲弾てきだんであるRPGを撃ち込んでくるような、なりふり構わない連中でないことを願いたい。建物を壊されるのは不快であるし、敷地外にある周囲の建造物に被害が及べば日本がうるさい。


「だが、攻撃される気配を感じたら、先に動いて車両を潰せ」

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