第20話 好きな人のためにこの歌を歌ってください

初ライブ(ショッピングモール)

ある日曜日。今日はショッピングセンターの特設会場で初めて歌を歌う。午前と午後の計2回だ。

単独ライブではなく、3組の新人合同ライブだ。まぁ、持ち歌はCD収録の2曲だしね。

モール内の特設会場で順番に歌を披露する。歌の後にCDの販売だ。CD買うと握手できるシステム。

売れっ子がそんなことしたらお客さんであふれるだろけど、無名で新人の俺は売れたらいいなくらいの気持ちでいる。

西野さんと現場入りして、他事務所の新人歌手に挨拶をする。広めの部屋に出演者すべてが揃ってる。男性3人組のグループと新人女性歌手だ。

「レイヴンプロモーションの上原千秋といいます。本日はよろしくお願いします」

とりあえず元気に挨拶しておいた。細かいことは西野さんがやってくれる。

「ベリルの吉岡です」「北村です」「高坂です」「「「よろしくお願いします」」」

「飛鳥プロモーションの能登ひかるです。よろしくお願いします」

新人は新人同士で、マネージャーはマネージャー同士で少し会話をした。みんな新人なんで、元気に頑張ろうといった雰囲気で助かる。ギスギスしてたらつらい。

トーク5分、歌10分を3組で順番に。ベリル→能登さん→上原の順番だ。

その後、CD販売と握手を行う。CD買うと握手できて、ステッカー買うと一緒に写メが撮れるだって。あこぎな商売だな。へへへ。


午前の部

控室で静かに出番を待つ。休日の大型ショッピングセンターのステージなので人はそこそこ集まっている。少しだけ緊張してきた。

ベリルのみんなが帰ってきた。

「お疲れです。どうでした?」

「緊張したよ~。声は出たけど振り付けを忘れそうで焦っちゃったよ」

新人同士だと、こんなノリなのかもしれない。

「上原君は随分と落ち着いてるね」

「あ、自分はモデルやエキストラの仕事してたので。人前に出るのは慣れました」

「そうなのか。そういえばレイヴンプロモーションだったよね。あそこはモデル専門かと思ってたよ」

「基本はモデル業ですよ。最近少しづつ業務の幅を増やしているみたいです」

歌手はいないからね。

雑談をしていると能登さんが戻ってきた。ハイタッチで迎える。

「緊張しました~。次、上原さん頑張ってきてください」

「ありがとう。行ってきます」

ベリルと能登さんに送り出された。

司会者に名前を呼ばれてステージに上がる。一度大きく息を吸って大きな声で挨拶をする。

「みなさん初めまして。上原千秋といいます」

よし、ちゃんといつも通りの声が出た。少しの緊張が心地いい。いけるぞ。

自己紹介やデビュー曲の説明を司会者と対話しながらお客さんにアピール。少し面白おかしく話をするとお客さんからの笑い声も聞こえる。若い女性達からはカッコイーを頂き、おばちゃんからは可愛いの声を頂いた。

「ではみなさん、僕の歌を聞いてください。曲は”夢で逢えたら”」

伴奏が流れる。リズムに合わせて体を動かす。何回も歌って何回も踊った。何も考えなくても体が覚えている。

お客さんの目を順に見ながら歌を歌う。体全体で自分をアピールしながら歌う。ちょっと気持ちいい。

曲のサビでは、若いお姉さんやおばちゃん、お婆ちゃんと目をあわせて、指さしながらアピール。婆ちゃん、愛してるぜ!

この歌は恋の歌だ。会場の女性すべてに恋する勢いで歌った。あ、男性には恋しないけど、この歌を好きな女性に歌ってあげてほしい。

あっという間の10分。俺は2曲の歌を歌い終えた。

会場からは沢山の拍手。気持ちいい。

「みなさんありがとうございます。この後、CD販売がありますので是非購入して行ってください。購入してくれた方は僕と握手しましょう」

そして再度ありがとうの気持ちを伝えてステージを降りた。

「お疲れさま。すごくよかったよ。私がファンになっちゃうよ」

ステージ裏にいた能登さんがすぐに褒めてくれた。

「すごかったな。堂々としてかっこよかった」

ベリルのみんなも、ちゃんと見ていてくれたようだ。

CDの販売が開始された。10枚位売れたらいいなと思っていたら80枚位売れたようだ。

中高生の女の子や大学生。OLっぽい人から主婦っぽい人。そして高齢のお婆ちゃんまで買ってくれたようだ。握手や写メを撮りながらしながら、ありがとうの気持ちを伝える。最高の笑顔で。

また、何人かは男性も交じっていたので、

「好きな人のためにこの歌を歌ってください」

そう伝えた。


休憩時間

西野さんと昼食を食べながら午前中のライブを振り返る。

「はっきり言って大成功よ。午前中はCDが84枚。ステッカーが76枚売れたわ」

そんなに成功何だろうか?自分ではよくわからない。でもたくさん売れたならありがたいよね。

「他の新人さんたちには並ぶ人が少なかったでしょ。上原君が圧倒的だった。購入者は女性ばっかりだけどね」

恋の歌を歌った俺に、男性ばかり集まったら怖い。”お前ら突っ走れ!”みたいな曲だったら男性が沢山で歌ったら凄そう。世紀末的な何かを感じる。

女性のCD購入者はステッカーも買ってくれてるようだ。CDとステッカーの販売数の差は8。つまり男性のお客さんが8人だったのだろう。たしかにそれ位の人数だった。

「あなたの5分の会話と、2曲の歌でこんなに買ってもらえたのよ。大成功よ」

みんなが楽しでくれて、さらにお金を落としてくれるのはありがたいです。

「少しづつファンを増やしていくわよ。積み重ねが大事だからね」

西野さんはすごくご機嫌だ。俺も気持ちよく歌えて楽しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る