第18話 歌のお仕事
次の日。
今日は帰るだけ。また長い時間電車に揺られるのか。でも彩奈と一緒ならそれも楽しく感じるはず。
彩奈も仕事があるし、俺も仕事がある。毎日は会えないだろう。でも気持ちがつながっているなら大丈夫なはず。
あ、何かお揃いのもの送ろうかな。指輪は気が早いし。ちょっと考えてみるか。
夏休みのある日。
西野さんからメールがきた。事務所に寄ってほしいと。
暇だったの今日行く旨を返信する。14時に事務所で会う約束をした。
ちょうど14時に着くと西野さんが待っていた。あれかな?彩奈と付き合いだしたことでクギさされるのかな。
「こんにちは。上原来ました」
「おー、お疲れさん。そっちの応接室行こうか。お茶用意してくるから座って待ってて」
俺は応接室で座って待つ。やべー、別れろとか言われたらどうしよう。まぁ、絶対に別れないけどね。
アイスコーヒーを持った西野さんが応接室に入ってきた。
「まあこれ飲んでよ。そういえば彩奈といい関係になったんだって?たっぷり彩奈を満足させてあげてね。そうすればあの子は仕事頑張るから。うちの事務所は恋愛禁止じゃないからね。今時、恋愛禁止とか流行らないし。節度を持った行動をしてくれるなら問題なしよ」
「彩奈に彼氏がいるとバラしても平気なんですか?」
「聞かれたら彼氏いますよーって答えるわ。TVとかで話したら面白そう」
けらけらと笑いながら西野さんは答えた。
「それでね、上原君。今日の話は別件。あなたカラオケ上手?」
「人並みには歌えますよ」
「じゃ、今度から歌の仕事もしてみようか。モデルのほうも続けるわよ。ただエキストラ系の仕事はつまらないでしょ。歌手デビューしてみようか」
歌かぁ。嫌いじゃないけどできるんだろうか。
「そんなに深く考えないでもいいわよ。うちの事務所は本業はモデルでしょ。これはずっと変わらない。最近、彩奈がモデルの他にも女優してるじゃない?試しに男性でもやってみようって社長が言い出したの」
なるほど、でも他にも男性モデルは沢山いるよな。
「社長が新人の子にやらせたいんだって。何人か候補がいたんだけど、私は上原君押し。あなたは超絶イケメンじゃないけど、割とイケてるしトークも大丈夫そう。人を引き付ける力も十分あると思う。仕事に対する姿勢も合格。これはもうやるしかないよ」
それから2時間ばかり西野さんと話し合いをした。
歌はすでに依頼してるらしい。それまでに俺がやるのは、体力づくりとボイストレーニングをみっちりこなす。
最初はショッピングセンターとかの小さい公演からやる予定で、ラジオ番組やTV番組の1コーナーにゲスト出演して知名度を稼いでいく。同時にネットにもアプローチしていく事になるだろう。本格的に動くのは秋からなので、それまでに体力を作っておいてと言われた。
話し合いが終わり応接室から出ると彩奈がいた。今日の仕事が終わったので待っていてくれたらしい。
「千秋、お疲れ」
彩奈は今回の件を知っていたらしい。
「お疲れ。西野さんに色々と話聞いた。頑張るから応援してくれ」
「もちろん。千秋のライブ必ず見に行くから」
「ふふっ、気が早いな」
その日は西野さんに夕食をご馳走になり、車で家に送ってもらった。
2学期
今日から学校が始まる。
学校ではちょっとしたお祭り状態になっていた。原因は雑誌。そう、俺が急遽助っ人で撮影したファッション誌が発売されたのだ。
「これ上原君?」
朝、教室に入るなり複数のクラスメイトに声をかけられた。
俺は雑誌の事をすっかり忘れており、みんなが何を言ってるのかわからなかった。クラスメイトの一人が、持っていた雑誌を広げて差し出す。
「あー、俺だよ。彩奈に頼まれてね」
雑誌の特集は”恋人と自然の中でデートしよう”ってなタイトルだった。俺は1~2ページ位だと思っていたが、10ページ近くの特集だ。多分。彩奈が人気なので出版社もページを割いたのだろう。
クラスメイトからは、何で素人が安西さんと雑誌にでてるんだ?とか、安西さんと仲いいのとか、なんで彩奈って呼び捨て?とか聞かれた。
とりあえずご想像にお任せしますとだけ言っておいた。
彩奈が登校すると、俺の周りにいたクラスメイトが一斉に彩奈に向かう。彩奈は女子の質問には答えていたが、男子には相変わらず塩対応である。
教室内の騒ぎは先生がくるまで続いた。
休み時間に敏彦と秋司がやってきた。
「なぁ、千秋。こんなのいつ撮影したんだ?」
「んー、たしか7月最初かな」
「ダチの俺にも内緒かよ。俺はこうなった経緯を知りたい。むしろお前らの仲いい理由がなんとなくわかった」
敏彦と秋司には今までの経緯を離した。もちろん他言無用で。
「お前はモデルのバイト続けるのか?」
「続けるよ。結構面白いし。今もちょくちょく撮影してる。って言っても衣料品店の広告とかが多いけどね。TVドラマのエキストラとかもやってる」
そのタイミングで彩奈がやってきた。
「千秋の写真うつり良かったね。かっこよく写っていたよ。設定どおりに恋人に見えた」
「そうか、ありがとな」
恵も桂子さんもやってきて軽く質問を受けたけど、周りにクラスメイトもいたので当たり障りのない内容で答えた。
その日、学校が終わって家に帰り玄関を開けた。すると奥から中学3年の妹が雑誌を持ってすっ飛んできた。
「お兄ちゃんこれ何?なんでお兄ちゃんが安西彩奈と雑誌に出てるの?」
どうやら妹は彩奈のファンらしい。両親にはモデルのバイトの話はしているが、妹にはバイトしてるとしか言ってない。
「安西彩奈と会ったなんて羨ましい!ずるい、私も会いたかった!」
そんなこと言われてもなぁ。そもそも同じクラスなんだが。
「千尋、別に隠してたわけじゃないけどな、俺は安西彩奈と同じクラスだ」
ええーっと驚きの表情を浮かべる妹。
「そもそもお前が彩奈のファンなんて今初めて知ったぞ」
「部屋の壁にポスター貼ってあるでしょ!」
いや、お前の部屋なんて行かないから知らん。
「お兄ちゃんのバイトってこれなの?」
彩奈と同じ事務所でモデルのバイトをしていると説明した。ちなみに付き合ってる事を言うつもりはない。
「サインほしいよー」
知らん。あいつはプライベートじゃサインなんて基本しないぞ。
「わたし前にお兄ちゃんにアイス買ってあげたよね。その恩を返して。安西彩奈のサインで返して」
アイス買ったってコンビニじゃないか。あと彩奈のサインはコンビニのアイスと同価値か。
「ずるいずるいずるい」
ずるいって何がずるいんだろう。
「わかったから。今度聞いてみるけど期待はするな。彼女も忙しいからな」
「絶対だよ、嘘ついたらお兄ちゃんの部屋のエッチな本の隠し場所をお母さんに言うからねっ!」
そういって千尋は自分の部屋に戻っていった。っていうかなんでエロ本の隠し場所知ってるの?
その晩、今日家に帰ってからの顛末を彩奈に話した。エロ本の話はしていない。
「面白い妹さんだね。いいよ、サインなんていくらでもするよ」
「悪い。この埋め合わせは必ずするよ。けど千尋が彩奈のファンだったなんて」
「同じ家に住んでいるのに知らなかったの?」
「知らなかったよ。妹の部屋なんていかないし、会話だって適当な話しかしないから。その後に妹部屋みたら壁に彩奈のポスターが2枚貼ってあったよ」
「次の土曜日は事務所に行くんでしょ。私も事務所に行くから、その前に千秋の家に寄るよ。妹ちゃんいればサインするから。千秋の部屋も見たいし」
OK、掃除しなきゃいけないな。エロ本の隠し場所も変えなきゃ。
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