31日目 5倍の速度

「今日からは5倍の速度で仕事して!」


 会議中に、社長の声が鳴り響いた。


「5倍?」


 会議室内にざわめきが漏れた(ような気がしただけで実際には蚊の羽音一つしていない)。社長は言葉を続ける。


「もうね、怠けてるヒマはないから! すべての業務において、ちゃんと考えてやって! これは社員全員の話ね。5倍! 5倍の速度で仕事をしないと万が一にも間に合わないということになったらね、お客さんを困らせることになるからね。思いやりを持って仕事をしないとね! ザルトータン君、そうだよね!」

「そう思います」


 コタンの背筋が凍るような気がした。

 確かに、自分が普段、もてる限りの全力をもって業務にあたっていると、自信をもっては言えない。ただ、どう真面目に心を入れ替えて頑張ったところで、5倍の量の仕事を1日でこなすことはとても不可能と思われた。


「単純に、作業をしないで! やってるのは仕事だから! 作業じゃないよ、仕事なんだよ! アムラト君、分かってる?」

「はい、あー、理解しております」


 水晶玉のお知らせにも同じことが書かれていた。


〈5倍の速度で業務を遂行するために、本日どのような施策を考え、実行したかを毎日報告してください。報告は業務ごとに具体的に書き込み、前回と比べてどう5倍時間を節約できたか記載してください〉


 毎日5倍ずつ速くなったら、いつか光の速度に届いてしまうのではないか。

 その日の報告書の提出には、前日の5倍の時間が必要だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る