第28話 なんか健啖だって

「ひいさま持ってきたよ!」「まだあるよ!」「沢山あるよ!」「たくさんあげてね!」「はいっ!」「はいっ!」


 小さな両手で妖精達がお盆に魔石を乗せてくれる。腰を屈めて受け取り文月は笑いかける。


「ありがとうね」

「わーい!」「ひいさまがお礼を言ったよ!」「ひいさまにお礼を言われたよ!」「働くよ!」「ひいさまが喜ぶならもっと働くよ!」


 わいのわいのと妖精達がはしゃぎ回るのを文月は微笑ましく眺める。


「フミツキ大丈夫か?かなりの濃度の魔石を投入しているぞ」

「うん、まだ平気」

「本当か?無理はするなよ?」

「大丈夫、無理そうになったらちゃんと休むから」


 文月の髪を撫でながらタルドレムは心配そうだ。ここまでの連続投入はタルドレムにも経験が無い。自分だったらおそらく卒倒している領域だ。

 だが文月の顔色を伺うに本当に大丈夫そうに見える。事前にニムテクから魔力の総量が多いとは聞いていたがまさかこれ程とは。


「よしっ、行ってくるね」


 魔石を乗せたお盆を持った文月がタルドレムの腕の中から抜け転移の間に入る。

 やっぱり振り向き、皆に笑顔を見せた文月が光と共に消えた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ほっ」


 転移にも慣れてきて、今度は危なげなく転移先に降り立つ事ができた。

 手にしたお盆の上には二人分ほどの食事が乗っていた。サラダやスープの他にパンや小さいお肉料理も載っている。


「お待たせ。持ってきたよ」


 上を向いて目を閉じていた女の子がゆっくりと目を開けた。まだ一人で食事をとるのは難しそうだ。文月はベットの空いている場所にお盆を置き、ゆっくりと女の子を起き上がらせる。

 枕を背中に充ててっと。


「はい、まずはサラダからいってみよう。あーん」

「・・・」


 女の子は無言で口を開ける。名前の知らない緑の葉っぱを小さくして口に入れてあげると女の子は咀嚼しだす。

 しゃき、しゃき、と耳心地の良い音が小さくした。

 うん、元気になるね。

 小さな咀嚼音ではあるが、その音が響いて行く方向は健康だ。文月は安心してスープをすくい口元に持っていった。女の子はおとなしく口を開けスープを飲み込む。

 パンを小さくちぎり、お肉をさらに小さくカットして口に入れてあげた。

 いきなりのお肉料理とかは大丈夫かな?と一瞬思ったが女の子はゆっくりではあるが一定のリズムで噛み、飲み込んだ。

 やがて、料理はそこそこの量があったのだが女の子は全て平らげてしまう。最後に水を飲ませて再び寝かせてあげた。


「ふぅ・・・」

「たくさん食べられたね、良かったよ」

「ありがとう・・・これで・・・」

「ん?」

「・・・」


 横になった女の子が初めて文月の方を見た。緑とも青とも言えない不思議な色合いの瞳が文月を見つめる。

 まだやつれてはいるが最初の時より間違いなく元気になっている。


「あなたは・・・大丈夫?」

「僕?うん、大丈夫だよ。なんならおかわりもってこようか?」


 二人分を完食して流石にこれ以上は今は食べられないだろう。そう思った文月は冗談ぽく笑いかけながら返事をした。


「うん、お腹すいた・・・」

「まじか」

「・・・」


 女の子が、あーんと口を開ける。


「わぉ、すぐ持ってくるから!」


 妙なプレッシャーを感じながら文月はお盆を胸に抱えて駆け出した。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「追加注文いただきましたー!」

「え?」


 転移の間から飛び出した文月の言葉に全員が唖然とした。


「追加だと?魔石の量は十分あるが・・・フミツキ、お前の事が心配だ」


 心配して抱きしめてくるタルドレムを見上げながら文月はきょとんとする。


「ん?僕は大丈夫だってっば」


 文月はぽんぽんとタルドレムの胸元をたたく。笑いかける文月に体調不良の陰は見受けられない。


「分かった。よしっ・・・ここはフミツキの判断に全て任せる」

「うん、ありがとう。安心して、無理はしないから」

「ああ、お前を信じる」

「みんな、2級を持って来てもらえるかな?」


 文月が妖精達に問いかけると歓声と共に小さな姿が忙しなく動きだす。

 両手で自身の頭の上に魔石を掲げた妖精達が元気な掛け声と共に魔石を持ってくる。


「はいほー!はいほー!」


 わー、本当にはいほーって言うんだ。

 文月が妙な感心をしている中、お盆に2級の魔石がいくつか載せられた。


「ひいさま、もう一個いる?」


 最後の妖精が頭の上に掲げた魔石を見せてぴょこぴょこ跳ねる。


「うん、ちょうだい」


 文月がにっこり答えるとにぱーと笑って魔石を載せてくれた。


「よし、いくぞ」


 文月はむんっと胸を張り転移の間へ立ち入る。振り返るとタルドレムがうなずいてくれた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「おまたせー」


 文月がベットに近づくと女の子は自分で上半身を起こそうとした。シーツから出た痩せ細った腕が痛々しい。


「あ、手伝うよ」


 文月は直ぐに介助し、背中に枕をあてて起きていやすいようにする。


「今度はさっきよりも多いよ」


 お盆の上にはギリギリまで食べ物が載っている。さっきまでは病人食に近いような印象だったが今回はかなりガッツリしたメニューばかりだ。

 スープの具は肉や野菜がゴロゴロ入っており、肉料理もかなり厚めで脂がテカっている。付け合わせも豊富で色とりどりの野菜や穀物類が盛り付けられていた。

 それを先程と同じように食べさせて行く。女の子の食べる一口の量は先ほどよりも段々と多くなっていった。口の動きも弱弱しかった印象は無くなり次第に力強く噛み、飲み込む。


「わぁ・・・」


 文月は思わず驚きの呟きを漏らす。

 食事を噛み、飲み込む度に女の子がみるみる回復してゆくのだ。干からびていた肌は皺がなくなり急速に水気を帯びて、きめ細やかになってゆく。目の下の隈はとっくに無くなり、睫毛が力強くピンと跳ね上がる。ぼさぼさだった髪の毛は根元から艶を帯び、その艶は徐々に毛先まで広がった。

 すべての食事を平らげた後には女の子はすっかり見違えていた。未だに細い印象はあるが、初見だったら痩せた女の子という評価を周囲から得るだろう。けっして不健康という評価は得るまい。

 最後に飲み物を自分で飲み干した女の子は一息つくと文月を見た。


「まだ食べられるけど・・・」

「ふーどふぁいたー」

「あなたがつらいよね」

「ん?僕はまだまだ平気だよ」


 小首を傾げ平気をアピールする文月に女の子の方が目を丸くする。

 むんっと文月は両腕で力こぶを作るポーズをとる。世界で一番可愛いフロント・ダブル・バイセップス。


「近頃では珍しい、魔力の量ね」

「んー、自覚無しです」


 ちょっと照れながら文月は頬を指先でかく。


「そうなの?」

「うん、僕、この世界の住人じゃないから」


 そう言って文月は笑うが目元は寂しそうだった。


「そう、呼ばれたのね」

「うん」

「異界召喚を使ったか・・・成る程・・・やむなしか」


 女の子は目元に手をやり頭を小さく振った。


「そうね、そうか・・・ごめんなさい。あなたが呼ばれたのは私の維持の為。あなたの人生を曲げちゃったね。ごめんなさい」

「あー、謝んないで、もういっぱい謝られたから」

「そう・・・」

「泣いて、怒って・・・この国の王子をひっぱたいたから」

「あら・・・それは・・・なんとまぁ、見かけによらず激しいところもあるのね」

「あはは、まぁ男だからね」

「え?あなたが?とてもそうは見えないけど、女装が趣味なの?」

「いやいやいやいや、趣味じゃないよ!」


 自分から好んで着ているわけではないが、なんと説明して良いものか。文月は言い淀んだ。しかしゆっくりと、自分がこの世界に呼ばれた時からの事を話し始める。時折混じる文月の感情の話にも女の子は黙って聴いてくれた。


「てな感じなんだ・・・聞いてくれてありがとう。なんだかスッキリした」

「そう、それなら良かった」


 女の子は申し訳なさそうに微笑む。


「あの、今更だけど自己紹介ね。僕は達島文月って言うんだよ。みんなからはフミツキって呼ばれてる」

「よろしくね、フミツキ。私はオリオニズ・・・多分」

「多分なの?」


 オリオニズは頷いた。


「名乗るのに自信が無い訳じゃないけれど、フミツキの目の前にいる私は全部の私じゃ無い、はず」

「ん?ん?ん?」

「私の顔、ちゃんと、見える?」


 勿論、と言おうとして文月は迷った。

 間違いなく見えてはいる。しかしどんな顔なのか分からなかったのだ。


「髪の色とか目の色とか、私の特徴って言える?」


 髪の毛は艶々している、が色を認識した途端に分からなくなる。瞳の色もさっき見たはず、いや今も見ているが・・・。それでも文月は出来る限り答えた。


「えっと、細い女の子で、髪の毛がつやつやで、目の色が・・・綺麗で・・・えーっと、それから・・・えーっと・・・」

「ありがとう、充分よ。私の存在は曖昧だから」

「なんだか不思議だね」

「そうね、私はオリオニズの表層だからこんなことが起きるみたい。だけどここまで私をちゃんと認識してくれたのはフミツキが初めてよ」

「え?そうなの?」

「どれくらい前かは忘れたけど、以前に私と会話した人物がいたわ。けどこれ程までの意思疎通は出来なかったはず」

「そうなんだ・・・」

「そろそろ戻りなさいな。フミツキを心配している人がいるんでしょ?」

「うん、それじゃまた来るね」

「ええ、待ってるわ。何せあなたが来てくれないと、私はまた飢えちゃうから」

「あ、もうちょっとご飯持ってこようか?」

「ありがとう。これまでの事を考えたら今日はもう充分よ。2,3日空けても大丈夫」

「うーん、分かった、けどなるべく空けないで来るようにするよ」

「助かるわ」

「じゃあまたね」

「ええ、また」


 文月はお盆を抱えて出て行った。


「不思議な揺れ方をする子ね・・・」


 誰もいない場所で誰にも聞かれない小さな声がして、消えた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「よっと」


 転移に慣れた文月は軽い声と共に降り立った。ドレスの裾がフワリと持ち上がる。


「おっとっと」


 慌ててスカートを押さえる。

 転移の間から出て、文月はいつもの定位置の様にタルドレムの腕の中に収まる。


「ただいま、今日はもう良いって」


 タルドレムも自然にそれを受け入れる。


「もう良いと向こうが言ったのか?」

「うん、次は2,3日空けても良いって言ってたよ」

「そうか・・・、まぁ向こうがそう言うならそうなんだろうな」

「ふうー、お腹すいたね」

「それだけか?気分が悪くなったりしていないか」


 タルドレムが文月のおでこを触り頬に触れ、首元に手をやる。

 くすくすとくすぐったそうに文月は身を捩りタルドレムの腕から逃れた。


「フミツキ様、ここでは食事のご用意が出来ませんからお部屋に戻られるか食堂に移動されてはいかがでしょう?」


 リグロルが巻いた担架を持ちながら提案してくる。


「あ、それ、もしかして僕用だった?」

「はい、ですが使わずに済んで本当に良かったです」


 周りを見れば白いフードの一団が控えていた。

 多分この人たちが治療を

「フミツキ様ぁー!お見事ねっ!」

「あ!ダムハリさん」

「そうよ!ダムハリよっ!みんなあたしを見て!ダムハリだからぁ!」


 白いフードの一団の中、真っ赤なくるくる頭をしたダムハリが両手を天に広げてポーズを決めた。

 今まで静かだったのが不思議なくらいである。オリオニズの顔が見えないよりも不思議だ。


「今来たとこよ!何事も無くてなによりねっ!」


 不思議じゃなかった。


「タルドレム様っ、お知らせよっ!オリオニズ大陸の結界の8割以上が復旧!出力は9割を超えて巡航してるわ!大陸内部に入り込んだ魔物は結界の外へ押し出されるように排斥!各監視塔からの報告を見るにその様子は中々の見ものだったみたいねっ!」


 ダムハリの報告にその場にいた全員から低い感動のざわめきが広がり・・・。


「おおおおおお!!!」


 錬成洞が揺れるほどの大歓声に変わった。


「みーんな!みーんな!あなたのお陰よ!フミツキ様っ!!!」


 再び割れんばかりの大歓声。妖精達は笑顔で跳ねまわり、踊り出す。人は肩を組み笑い出し、中には妖精と一緒に踊り出す人もいる。

 タルドレムが文月に駆け寄り、今までで一番強く抱き締めてきた。ぐえぇちょっと痛い。


「フミツキ!・・・ありがとうっ!」


 タルドレムは文月の脇に手を入れるとぐいっと頭の上まで持ち上げて回り出した。


「わっわー!」

「よくやってくれた!」

「高いっ!目が回る!」

「流石だ!フミツキだ!」

「ふおぉぉぉ!」


 持ち上げられて回される文月は為すすべもなくパタパタと手を動かすのみだ。

 そんな二人を周囲は拍手喝采して祝福してくれた。


「ひえぇ下ろしてっスカートがっパンツが!」

「あらフミツキ様っドレスとお揃いの青っ!」

「ほらぁ!」


 しゃがんで覗き込んでいたダムハリの後頭部をリグロルが蹴り飛ばした。

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