第27話 なんか濃縮だって

 再びの浮遊感。

 そして文月はタルドレムの腕につかまりながら周囲を見渡した。

 ここは・・・工場?研究所?

 事前に聞いていた転移の間という言葉からは連想がしづらい場所だった。

 体育館よりも大きなその空間は自然に出来た洞窟を広げたようで壁は岩肌が剥き出しになっており、天井からは大小様々な鐘乳石がぶら下がっていた。

 鐘乳石の先端には灯りが灯っており広々とした空間には隅々まで光が行き届いている。暗がりが無いこの空間は窓が無いにも関わらず空気は澄んでおり全体として清潔な印象を受けた。

 床は磨き抜かれておりまるで水面の様だ。壁と同じ色合いなのに鏡面仕上げのせいで他の物質かと思ってしまう。

 文月がスカートの前の膨らみを両手で押さえて足元を見れば瞳をぱちくりさせた自分と目が合う。

 ロングで良かった、ミニだったらパンツが見えちゃうよ。って!なんの心配をしてるんだろうね?!僕わっ!

 それでも文月は膝をちょっとだけ曲げてスカートの裾が床につくようにした。

 よし、鉄壁。

 って安心するのは何か違うでしょ!

 文月が葛藤しながら小さな屈伸運動をしていると丸眼鏡を鼻先にちょこんとかけた小柄な老人がちょこちょこ近づいてきた。


「タルドレム様それにフミツキ様ですな?話は聞き及んでおりますともお待ちしておりましたぞ何級から持ち込みますかな?現状の結界の綻び具合からすると出来れば4級いやいや欲を言えば3級と言ったところでしょうなお覚悟はよろしいか何御安心下され救護が得意な者をちゃんと手配しておりましてな万事滞りなくと言った塩梅ですじゃラスクニア王国の為オリオニズ大陸の為にご尽力下さる王族の方々に万が一にもあってはならぬとこのンジャルツ粉骨砕身文字通り身を粉にして動いておりまする勿論儂だけではございません錬成洞に従事する者全員が同じ覚悟と誇りを持って事に及んでおる次第ですじゃうおっと!こりゃシャンジャルキンツまた儂の靴をワザと磨きおってからに!」


 その老人はキーキー甲高い声と早口で捲したてていたが、床を磨いていた子供を追いかけ出した。子供が持っていたモップの様な清掃道具が老人の靴の上を通り過ぎたのだ。子供はタルドレムと文月に一瞬だけ目礼して床を磨きながら小走りに逃げて行く。

 成る程、あの早口の老人から逃がしてくれたらしい。


「何というか・・・すんごい人だね・・・」

「地霊妖精のンジャルツだ。優秀な研究者なんだがいかんせん、その、まぁ、言葉が多くてな」

「え?妖精なの?あのおじいちゃん?」

「そうだ。追いかけられて逃げて行ったのも妖精だぞ。家妖精だったな。そもそもこの錬成洞で動いているものたちは全員妖精だ」

「ほえー」


 文月は改めて錬成洞と呼ばれたこの場所を見渡してみる。動いている人物は多くいるが皆小柄で動き方もちょこまかしているという共通点があった。

 妖精たちは洞窟内にある装置とも切株とも見える様な不思議な小山に向かって作業をしている。小山は全部で6つあり1番大きなものは文月の目算で5m以上はあるように見える。1番小さなものは箪笥程の大きさだ。

 小山には何脚も梯子がかけてあり籠を背負った者たちが駆け上がり、上から石の様な物を投入していた。投入された石は下から出てくるのだが、その量は入った分よりも少なくなって出て来ているようだ。

 出て来た石は再び籠に集められ、次の小さな小山に投入されるものと、運び出されるものに分けられる。そんな作業が小山の数だけ繰り返されていた。


「えーと、タルドレム?」

「なんだ?」

「献石の儀、というか転移の間につないでもらったんじゃ?」

「転移の間はあそこだ」


 タルドレムが指した方を見れば錬成洞の1番奥に柱で囲まれた円形の舞台があった。

 舞台を囲っている柱は、支えるべき天井まで届いてない。まるでストーンヘンジの様だ。


「先程、血を垂らしてもらった羊皮紙を国王に提出しただろう。あれが許可されないと柱と柱の間を通ると呪われる」

「わぁ」

「献石の間で魔石を献げるだろう?錬成洞を通る理由は、その魔石をここで受け取るためだ」

「なるほど」

「ンジャルツが3級とか4級などと言っていたのは聞こえてたか?」

「あー、結界の綻び具合がどうとかって言ってたかな?」

「その通りだ。ここにあるニーキュの樹は」


 そう言ってタルドレムは小山を順番に指差してゆく。


「魔石を濃縮しているんだ」

「濃縮・・・」

「そうだ、1番大きなニーキュの樹には1番濃度が薄い魔石を入れる。7級に分類される魔石だ。それが濃縮されると6級の魔石が出てくる。6級の魔石は次のニーキュの樹に入れられる。そうすると出てくる魔石は5級の魔石になる。そうやって段階的に濃縮させて然るべき等級の魔石を魔道具に使ったり術式に組み込んだりしているんだ。そして献石の間に持ち込む魔石は・・・4級から3級の魔石だ」

「なるほど、わかった。よしっ、うん」


 ぱんっ!

 文月は目を閉じて自分の頬を両手で挟む。


「ふうー・・・」


 ゆっくりと目を開け前を見据える文月。

 凛とした表情になり前を見つめる文月にタルドレムは見惚れてしまう。

 なんと儚く美しく凛々しい姿だろう。

 この少女が俺の隣で、同じ眼差しで、同じ未来を見つめながら一緒に歩く人生はどんな素晴らしいものになるだろうか。

 フミツキと共に歩きたい。

 フミツキと運命を共にしたい。

 心の中で折れぬ誓いを立てたタルドレムは厳かに腕を姫君にさしだす。

 姫君の手は自然に腕に回され、二人は揃った一歩をゆっくりとだが踏み出した。

 二人の足音がぴったり重なり響く。

 タルドレムは文月に合わせ、文月はタルドレムが合わせやすいように歩調を揃える。

 同じ歩調で歩幅で同じ呼吸をしながら二人は真っ直ぐに前に進む。


「フミツキさまぁ!」「さまぁ!」「さまぁ!」


 お盆のような板に魔石を乗せた小柄な妖精たちが二人に駆け寄り隣をちょこまか付いてきた。


「魔石です!」「4級だよ!」「魔石だよ!」「ちょっと濃いよ!」「気をつけて!」「出来立てもあるよ!」「熱くはないよ!」「おかわりあるよ!」「たくさんあるよ!」「まだあるよ!」


 自分達の速度に合わせて一生懸命小走りする姿に文月は優しい気持ちになる。


「ありがとう、頑張るからね」


 立ち止まり妖精たちが持って来てくれたお盆をしゃがんで受け取る。

 受け取り、立ち上がり、再び目を前に向ければ転移の間。

 柱と柱の間は薄いながらも虹色の膜が揺らいでいる。シャボン玉が張られているようだ。

 魔石を持ち、文月は振り返る。

 真っ直ぐ文月を見つめるタルドレムと目線が重なる。


「行ってくるね」

「ああ、頼んだ」

「くすっ、頼まれた!」


 文月は笑顔を見せ、ドレスを翻し膜を通り抜けた。

 舞台の高さは階段一段程度の高さなので一歩で上がれる。

 中央に向かって歩くと手元の魔石から光が溢れ始める。

 文月が中央に立ってタルドレムの方を振り返ろうとした瞬間、あの浮遊感に包まれた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「おっと」


 持っていたお盆には水の入ったコップが乗っていた。

 ほー、タルドレムが言っていた魔石が変化するとはこの事か。という事はこのコップを使って何かをするはずだけど・・・。

 と文月がそこまで考えた時、分かった。

 少し先にベットがあり誰かが寝ていた。

 あ、見たことある。

 しかし思い出す前にベットに駆け寄りその人物の口元にコップを近づけた。

 だめだ、このままじゃ飲めない。

 文月はやせ細ったその女の子の背中に手を入れてゆっくりと起き上がらせる。

 重さはほとんど感じず現実味が無かった。

 それでも文月は女の子の口元にもう一度コップを近づけ、そのひび割れた唇に水を少しずつ流し込んだ。唇を湿らせ、舌先を湿らせ、口内を湿らせ、ようやく一口目を女の子は飲み込んだ。


「大丈夫?ゆっくりとね?」


 文月の声が聞こえているのか判然としないが女の子は時間をかけながらもコップ一杯の水を飲み干した。

 文月はゆっくりと女の子をベットに寝かせる。


「待ってて、おかわり持ってくる。沢山あるんだ」


 女の子の耳元に静かに語りかけてから文月はお盆を持ってベットを離れて駆け出した。そして浮遊感。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「おっとっと」


 駆け出した勢いでとととっと進んで文月は転びそうになったので自分から座り込んだ。


「フミツキ!」「フミツキ様!」


 柱の向こう側でタルドレムがこちらに駆け寄ろうとして従者たちに羽交い締めにされた。その隣でリグロルは床に押さえつけられた。


「二人を離して!!!」


 文月の怒気を孕んだ声に従者たちは一瞬怯む。


「大丈夫だ。立ち入るような事はしない」


 すぐさま冷静になったタルドレムに従者たちは頭を下げすぐにタルドレムから離れる。


「失礼いたしました。処罰は如何様にも」

「よい、この場合は不問だ」

「ご温情、感謝いたします」


 リグロルを押さえつけていた蓬髪の大男が手を貸しリグロルを立ち上がらせる。


「全く、あなたは加減という物を知らないのですか」

「お前相手にこれ以上の手加減は出来ん」

「そうですか、褒め言葉と受け取っておきましょう」

「ふん」


 蓬髪の大男は腕を組んで仁王立ち。

 あれ?この人どっかで・・・?あ、いや今はそれよりも。

 文月は立ち上がる。


「おかわりちょうだい!」

「え?」

「あれじゃ足りない!急いで!」

「おかわりだって!」「やったね!」「たくさんだよ」「いっぱいだよ」「4級かな?」「4級?」


 文月の勢いにタルドレムたちは一瞬呆然とするが妖精たちははしゃぎ始めて魔石を掲げる。

 舞台を降り、柱の間から一旦出た文月は妖精たちから魔石をお盆に乗せてもらう。


「ねぇ3級を持って来てもらえる?」

「きゃぁー!3級だよ!」「持って来て!」「3級あるよ!」「持って来たよ!」「濃いよ!」「4級よりも濃いよ!」「久しぶりだね!」「ひいさま凄いよ!」「ひいさまいい匂い!」


 文月が3級の魔石を要求すると妖精たちは沸き立った。


「フミツキ大丈夫か?今の献石で疲れたんじゃ無かったのか?」


 タルドレムが心配そうに近づきほつれた髪を耳にかけてくれる。


「大丈夫、まだ全然疲れてないよ」


 お盆にいくつか置かれた4級の魔石の隣に3級の魔石がコトンと置かれる。


「ありがとう」


 妖精達にお礼を言うと全員がにぱーと満面の笑みになってはしゃぎ出す。


「おれいをいわれたよ!」「お仕事におれいをいわれたよ!」「ひいさまがお礼をいったよ!」「お仕事だよ!」「ひいさまからのお仕事だよ!」「いっぱい作るね!」「たくさん作れるね!」「ひいさまたくさんつかってね!」


 きゃいきゃい沸き立つ妖精達を微笑ましく思いながら文月は再び舞台にあがる。


「フミツキ!歩いて出られるだけの体力は残しておいてくれ」

「分かった!」


 後ろから声を掛けてくれたタルドレムに返事をし、笑顔を見せて文月は再び浮遊感に包まれた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「よし、さっきよりも多いぞ」


 お盆の上には2杯のコップとスープが置かれていた。おそらく3級の魔石がスープになったのだろうと思われる。

 文月は再びベットに近づき女の子の上半身を起き上がらせる。

 もう一度コップを口元に近づけると先ほどよりもスムーズに女の子は水を飲み込んだ。

 次はスープだ。スプーンでよそい口の中にゆっくり流し込む。こくんと女の子の喉が動いた。

 よし飲めた。

 時間をかけて文月は女の子にスープを飲ませる。やがてお皿が空になりもう一度コップの水を飲ませてあげた。


「あ・・・り・・が・・・と・・・」

「大丈夫、気にしないで。まだ食べられる?」


 女の子が弱々しくもコクリと頷いた。


「うん・・・お腹・・・すい・・・た」

「よしっ、ちょっと待ってて」


 女の子を再びベットに寝かせて文月は立ち上がる。


「すぐ戻ってくるから」


 お盆を小脇に抱えて文月はベットから歩いて離れる。そして浮遊感。


 文月は今度は転ばず立ったまま転移した。

 歩いて舞台の外へ出るとタルドレムに抱きしめられた。

 ちょっちょっ!なに?!なに?!

 さしたる抵抗もしないで文月はタルドレムを見上げる。


「タルドレム?」

「大丈夫か?」


 耳元で囁かれるタルドレムの声に文月の腰が溶けそうになる。あぁ暖かい・・・。

 じゃ!な!く!てっ!


「ちょっ!離してってば」

「嫌か?」

「・・・嫌じゃない」

「そうか」


 きゅっとタルドレムの腕の包囲が優しく狭まり男女の体が密着する。

 やだ・・・濡れ・・・。

 じゃぁー!なぁー!くー!てえー!!!


「もうっ!タルドレム!お腹を空かせた子がいるの!」

「なに?」

「お腹を空かせてる子がいるんだってば!」

「本当か?」

「本当だよ!すんごいやつれてるからご飯を食べさせてるの!」

「初めて聞くな・・・」

「とにかく、お代わりっ!」

「まてフミツキ、体調は大丈夫なのか?」

「僕?うん、平気だよ、あでもちょっとお腹が空いて来たかも。食べさせてあげてるからこっちもお腹が空いてきちゃうんだよね」

「ほほーフミツキ様中で人と出会ったとな?」


 地霊妖精のンジャルツが目を光らせながら近寄って来た。


「オリオニズ大陸のその中心部そこに立ち入る事が出来る王族にすら認識阻害がかけられ実像は誰もわからないという言い伝えがありましてな何を申しましょうこのンジャルツはその伝承の権威であると自負しておりましてな出てこられた王族の皆様の経験談からこの大陸の発祥から仕組みをこと具に研究しておりますフミツキ様のお会いになった人物というのはおそらく12代前の御大の時代に語られたことがある大陸の中枢機関の意思ではないかと推測されますな勿論推測ではありますので私の理屈が間違っておるという事も否定できますまいしかしながら全く根拠のない推論ではございませんぞ良いですかそもそも大陸がなぜ浮いておりぎゃー!!リグロル何をする!」

「黙りなさい。黙らなければチェスタの晩にあなたの靴を月が映るくらいに磨き上げますよ」


 モップを掲げたリグロルがンジャルツの靴を狙い床を磨く。

 その脅し文句には絶大な効果があったらしい。言われたンジャルツは顔を真っ青にしたり真っ赤にしたりしながらも黙った。しかし指先同士をつつき合わせ霞むほど忙しなく動かす。


「フミツキ様、ご入用の魔石は何級をいくつご所望ですか?」

「んーと3級をさっきと同じ量、2級を2つちょうだい」


 タルドレムの腕の中で文月がリグロルに答える。

 文月の注文に再び妖精たちが沸き立った。

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