第14話 なんか懲罰だって

 ポポラの襟首を掴んで廊下に放り出したリグロルは扉を閉めて文月に向き直る。


「大変に、大変に失礼しました」


 もはや申し訳なさすぎて謝罪する言葉も浮かばないといった感じでリグロルが深々と頭を下げる。

 頭上げないし。


「リグロルリグロル気にしないで」

「そう言っていただけるのは本当に嬉しいのですがあまりに心苦しくて……申しわけございません」

「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけで」


 いつまでも頭を上げないリグロルに文月はベットから降りてよたよたとリグロルに近づく。

 気がついたリグロルが慌てて駆け寄ると文月は正面からリグロルに抱きついた。


「よっと」

「あ、フミツキ様?」


 文月に抱きしめられてリグロルは反射的に抱き返すがちょっと驚いた様子である。


「あはは、リグロルも驚くんだね」

「それはそうです、私も驚くことはありますよ」

「リグロルが僕のために一生懸命やってくれているのは分かってるから、気にしないで」

「フミツキ様……ありがとうございます」

「うん」


 文月がにっこり笑うとつられてリグロルも笑い返す。


「ポポラではありませんが、ここまで失態を晒すと私に懲罰が必要かと思います」

「そんな、やめてよ。かえって嫌な気持ちになるよ」

「フミツキ様のお優しい心には本当に感謝いたしますが、私の気がすまないのです」

「えー……」


 自分のために己を罰しようとするリグロルにフミツキは戸惑う。文月自身は本当に気にしないのだがリグロルに対して何もしないというのではリグロル自身が納得しないだろう。

 さてどうしようと文月はリグロルに抱きつきながら小首をかしげる。


「うーんっとね……」

「はい」

「リグロルの罰だよね」

「はい、フミツキ様のお気の済むように、如何ようでも」

「じゃぁね……」


 リグロルが困りそうなことで文月が嫌じゃないことを考える。


「一緒に寝て」

「え?」


 文月の言葉にまたしても驚いたリグロルが耳を疑った。

 リグロルにしがみついている文月も恥ずかしかったのか頬を染めながらちらりちらりと上目遣いで見上げる。


「えっと今日はリグロルは僕と一緒に寝る事っ。リグロルってば大変、ずっと仕事だっ、休む時間がなくなっちゃったね。うっわーリグロルってば忙しーっ」


 はわわはわわと文月が罰の内容を早口でまくし立てる。


「しかしフミツキ様、ご寝所にご一緒させて頂くなんて……」

「ほらっリグロル困っちゃった、さぁー大変!我侭な主人の理不尽な命令だよ?ほらほら言うこと聞かなきゃだめでしょう。ね?リグロルの罰だよ?」


 一生懸命しゃべる文月をリグロルはさらに優しく抱きしめる。文月の口が止まる。


「ありがとうございます」

「あ、いぁ……うん」

「では就寝の準備をしてまいります。フミツキ様は先に横になっていてください」


 とても静かな口調でリグロルに耳元でささやかれ文月は体温が上がった気がした。

 リグロルは文月を支えベットまで誘導しそっと寝かしつけた。

 再び部屋の隅に立てかけてあった棒をとり、室内の明かりを落としてゆくリグロル。

 棒を戻し暗くなった室内でリグロルは暖炉に薪を足した。


「では一旦失礼します」


 そう言ってリグロルは静かに一礼し部屋を出た。

 暖炉の明かりにぼんやり照らされた扉を見ていると文月の心拍数が徐々に上がってゆく。

 僕は何でこんなにドキドキしてるんだろう。

 うひゃーうひゃー、とんでもないこと言っちゃった。

 一緒に寝て、なんてかなり大胆発言!

 どうしちゃったの僕?

 けどリグロル美人だしいいよねー。なにがいいの?おっぱいがいいの。

 リグロルのおっぱいいいよねー、大きいし柔らかいし。

 じゃなくて!

 もうすぐあの扉を開けてリグロルが僕と一緒に寝るためにやってくる。


「どうしよう……緊張する……」


 独りになった文月から心境がポツリとこぼれた。

 新婚初夜とかこんな気分なんだろうか。

 いやいやいやいや、思考が迷走しているぞ、落ち着け。落ち着くんだ。

 リグロルは女の人だ。僕は男だ。結婚前に女性と同衾はやばくないか?いや、今は女だった。だからOK。そうか?けど男だぞ。やばい自分からベットに誘っちゃった。これは浮気になるの?誰に対しての浮気?タルドレム?いやいやいやいやいや。そもそも浮気って恋人関係なり夫婦関係なりが成立している事が前提だ。ということは婚前交渉?いやそれも違うから。ちょっと落ち着け今はリグロルだ。おっぱいだ。そうじゃない。一緒に寝るだけだ。そう睡眠をとるだけだ。寝るのだ。ぐーと寝るのだ。リグロルと一緒に眠るだけ。おっぱいなら問題なしっ……のはず。え?


 コンコン。


 キター!!!

 ノックに文月は返事をする。


「は、入ってますっ」

『フミツキ様?』

「入ってどうぞ……」

「失礼します」


 うすぼんやりとした明かりの中、リグロルが室内に入ってきた。

 ゆっくりとリグロルはベットに近づいてくる。

 メイドからネグリジェに着替えているが文月よりもかなり豊満なラインが浮かび上がっている。

 そのシルエットは妙に艶っぽい。

 果実が熟し、捕食者にどうぞ召し上がってくださいと匂い立っている様な感がある。

 え?僕が食べるの?食べられるの?ひぃいぃいいっ。


「フミツキ様、お待たせしました」

「う、ううん、待ってないよっ。さ、寒いから入って」


 そう言って文月は毛布の端を持ち上げリグロルが入れるように体をずらす。


「ありがとうございます、では失礼します」


 リグロルがベットに腰掛けるとそちらが沈む。

 沈んだ以上にリグロルに引き寄せられるような気がして文月はどきどきーっ。

 リグロルは文月を見つめながら横たわる。リグロルの銀色の髪がはらりとその頬にかかった。

 すすっとリグロルが文月の体に寄り添う。

 寒い廊下を歩いてきたからかリグロルの体はひんやりとしていた。

 お風呂でもそうだったが文月はリグロルの体を冷やしてばかりだと思った。


「リグロル冷えてるよ」


 そう言って文月は自分の温まった足をリグロルにひっつけ自分の体温を移そうとした。

 きめの細かい艶々した肌が気持ちいいのはリグロルか文月か、もしくはお互いなのか文月はその肌触りにうっとりする。


「フミツキ様が冷えてしまいますよ」


 リグロルが自分の冷えた体を少し離そうとして身じろぐ。

 文月は無言でリグロルに密着した。


「冷えますよ」


 リグロルはそう言うと腕を伸ばし毛布で文月の肩を覆った。

 そのままリグロルももぞもぞと体を下げ、肩まで毛布にはいる。

 文月の目の前にリグロルの綺麗な喉があった。

 吸血鬼じゃなくてもこの首には噛み付きなるだろう。すらりとした白い首筋に程よくへこんだ鎖骨のライン。色白のリグロルの肌は暗闇の中でぼんやりとまるで光っているようだった。

 リグロルの胸元から仄かに香る甘いにおいが文月の鼻腔をくすぐる。


「あったかいね」

「はい」


 毛布の中、リグロルの胸元を見つめながら文月がつぶやくとリグロルが返事をした。

 短い会話をした後は二人とも静かに呼吸を繰り返すだけだった。

 どれほどの時間がたったのだろう。暖炉の炎も小さくなり暗闇が一層濃くなった頃、文月はちらりとリグロルを見上げた。

 目を閉じていたリグロルはすぐに文月を見つめる。


「どうかされましたか?」

「ううん、リグロルもう寝たのかなって思って」

「目は閉じておりましたがフミツキ様よりも先に眠るわけには参りませんから……眠れませんか?」

「うーん、さっきちょっと寝ちゃったからね……うん、けど眠れると思うよ。思ったより緊張してないから」

「緊張されていたのですか?」

「……ちょっとね」

「あら、安眠できるような薬草を煎じましょうか?すぐにご用意できますよ」

「ううん……あのさ……」

「はい」

「お願いしていい?」

「当然です。何でもおっしゃって下さい」

「……もうちょっとひっついていい?」


 文月の小さな声でのお願いにリグロルは無言で返事をした。

 自分の太ももに文月の足を挟みこみ胸に押し付けるように文月の頭を抱えた。

 うおっ!

 当然文月は焦った。かといってリグロルを押しのけるような事はできないし、したいとも思わなかった。

 やわらかい。

 リグロルの胸の弾力よりもやわらかいものに文月は包まれた気がした。

 ゆっくりと文月の頭が撫でられた。

 大切なものを慈しむようにゆっくりと撫でられた。

 ああ、僕は大事にされているな。

 異世界に呼び出されて文月は初めて安心したのかもしれない。

 大きく息を吸い、ゆっくりとはいた。

 そして文月の次の息は寝息になっていた。

 リグロルは文月が眠った事に気がつき、いっそうゆっくりと大事に大事に文月の頭をなでる。

 暖炉の火が完全に落ちきった頃リグロルは静かにつぶやいた。


「……おやすみなさいませ」


 もう一度、文月の肩に毛布をかけなおすとリグロルも目を閉じ、文月の寝息にあわすように自分の呼吸をそろえ意識を手放した。

 暖炉からはもう火のはぜる音はしなかった。

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