◆3◆ 力作揃い

「はい、それじゃあ、皆さん縫えたみたいなので、いよいよ、きゅっと絞る作業に入ります。しばらく針と糸はお休みです。ご安心ください。ここで気を付ける点はひとつ。ゆっくり落ち着いてやること。いきなり強く引っ張ると糸が切れてしまうかもしれませんので」


 しばらく針と糸はお休み、という部分で高校生達とマリーさんが明らかにホッとしている。マリーさんに至っては、合計何回指を刺しただろうか。


「僕のお手本見ててくださいね、きゅ、きゅ、と。ゆっくりです。わかります? ギャザーをこうやって下にするんです。すると、こんな感じで輪のようになります。さぁ、やってみてください。ヘルプはお早めに」


 一斉に生徒達が下を向く。

 うん、さすがベテランさん達は早い。あっという間だ。けれども、高校生とマリーさんはやはりちょっと手間取っている。これはこちらのスピードに合わせていたら、向こうがちょっと飽きちゃうかもしれないな。


「こちらの皆さん、早いですね。さすがです。じゃあ先に進んじゃいましょうか。では、ここの縫い初めをこちらのクリップで留めて――、そうですそうです。で、くるくるくるー、と」

「先生、最後は縫い留めます?」

「そうですね。出来る方は縫い留めましょうか。難しいようであれば、グルーガンで固定させる方法も考えてたんですけど」

「出来ますよぉ、それくらい。ねぇ?」

「簡単簡単。普通これくらい出来ますってぇ、


 うう、これはもしかして、いや、もしかしなくてもマリーさんに対して言っているのでは……? 確かにマリーさんにはちょっと難しそうだけど。


「では、最後までやってみてください。もし、それでも時間があったら、あちらにビーズを用意してますから、100円をあの貯金箱に入れていただいて、ご自由に使ってください。ああ、テグスもご自由にどうぞ」


 では、と言って、くるりと背を向ける。もう片方のテーブルでは、こちらの説明を聞いていたのだろう、山崎さんが早々に巻きの作業に入っていた。高校生とマリーさんは、ギャザーが均等にならないようで、ぎっちぎちに詰まっているところと、ゆるゆるの部分が出来てしまっている。


「山崎さん、もう出来そうですね。この後は――」

「だぁいじょうぶ、全部聞こえてたから。私ね、生地を派手なやつにしたから、ビーズは良いわ。ちょっとこの子達手伝うから」

「すみません、ありがとうございます」

「良いのよぉ、若い子と触れ合える機会なんてないものねぇ。ほっほっほ、こっちまで若返りそうだわぁ」


 それを聞きつけた高校生の一人、ペールピンクのサテン地を選んだ安彦あひこ君が「ザキヤマさぁん」と早速泣きついている。

 

「中村君は大丈夫?」


 アイボリーのサテン地と格闘している中村君は、たぶん3人の中では一番器用だと思われる。「うっす、何とか」と言って、慎重にギャザーをならしている。


「橋本君、もうちょっとこっち側かな。そうそう、もう少し、うん。良い感じ」


 ベージュのサテン地をまるで壊れ物のように扱っている橋本君は、一つ一つがとても丁寧なのだが、丁寧すぎて時間がかかりすぎてしまう。


 そして、マリーさんは、というと――、


「どうだ、こんなもんでしょ」


 と、なぜか割と自信満々なのだが。


「ええとね、マリーさん。さすがにもうちょっと丁寧にね。ほら、橋本君を見習って。そう、ゆっくりゆっくり」


 たぶん、一番荒い。

 おかしいなぁ、デザイナーって結構ミリ単位の仕事をしてると思ったんだけど。


 さて、こちらのテーブルも全員が巻きの作業に入ったけど、山崎さん以外は後ろを縫い留めるのは厳しいだろうな。


「先生~、出来ましたぁ~」


 おっと、お隣から呼ばれた。行かなくちゃ。


「山崎さん、すみませんけど」

「大丈夫、任せて。私の方は終わってるから」

「助かります」


 こちらのテーブルはビーズ付けも含めてすべて終了のようだ。

 出来上がったコサージュの形は皆同じでも、選ぶ生地、それからビーズの配置などで全く別の作品に見えてくるのが不思議である。


 近藤さんは、ワインレッドと黒のチェックで作られたバラの中心にパールビーズを3粒。そしてその下にテグスで繋いでチェーンのようにしたパールビーズを2連垂らしている。


「華やかですね。近藤さん、このパールの使い方、さすがです」

「うふふ、ありがとうございますぅ」

「先生、私のも見てください」


 と、佐々木さんが差し出してきたのは、アイボリーのスエードで作ったコサージュである。花弁の上に一粒、ピアスのように、金色の小さなハートビーズが縫い付けられている。


「ああ、これも素敵ですね。バッグのアクセントにも良いんじゃないですか」

「これなら普段も使えるかなって」

「使えますね、これは。この色なら春でも使えそうですしね」

「そうなんですよ」


 それからも、ひとりひとりの作品を見て、感想を述べる。この手芸教室では、生地も自分の好きなものを選べるため(よほど高価なもの以外は値段はサービスで一律)、本当に各々の個性が光るのである。あまりに選択肢が多すぎて選べない、という人もいるので、その場合は、こちらからお勧めの生地を提示したりもする。だいたいの場合、その日に着ている服や小物を見て、これはいかがでしょう、と提案するのだが、意外とウケが良い。こっちとしては本当に気に入ってもらえるだろうかと内心冷や冷やだったりするんだけど。


 しかし、さすがに簡単すぎただろうか。

 というか、今回は得意な人と苦手な人の差が大きすぎたのだ。こちらのテーブルはもう作業がすべて終わってしまったが、あちらの方はまだ巻きが途中だ。


 ううむ、この空いた時間をどうしよう。

 こっちだけ先に解散させてしまって良いものか……。


「先生、もし良かったら、あちらが終わるまでここにいても良いでしょうか」


 そう提案してきたのは、スエードのコサージュを作った佐々木さんだった。


「もちろん、構いませんよ。もし、この後用事ある方は、このまま終わっていただいても良いですし」


 そう返すと、数人は「夕飯の買い出しがあるので」と言って立ち上がった。中には、「次の教室も楽しみにしていますね」なんて嬉しいことを言ってくれた人もいる。


「それではお気をつけて。本日はありがとうございました」


 生徒達を見送って、振り返る。

 難しそうな顔をして必死に巻いている高校生達に混ざって、マリーさんはなぜか口も尖らせていた。それがちょっと可愛かった。

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